#64 作為的な部屋割り


 星夏が眞矢宮達の前で俺に口移しでグミを渡すという、明らかに腐れ縁以上の関係を匂わせる行動を起こした。

 俺達の事情を知っている眞矢宮と会長達はまだしも、何も知らない智則に見られたためどう誤魔化そうかと逡巡したものの……。


「咲里之に噂が立った理由がよぉく分かった……。男子に対する距離感がおかしかったんだな……」


 という納得をしていた。

 どうやらアイツの中では、星夏は多少でも仲の良い男にならキスくらいすると結論づけたらしい。

 思うところはあるが、はぐらかす手間が省けたので安心したのだが……。

 

「それはそれとして康太郎がモテるのは納得できん!」


 むしろヘイトは俺に向けられていた。

 図らずも見せつける形になってしまったのは申し訳ないと思う。

 しかし、眞矢宮はともかく星夏の行動には俺も疑問が尽きない。

 本当になんなんだ……気になる人はどうしたんだよ。


 あんま思わせぶりなことされると、もしかしたらなんて期待するだろ……。

 

 その誤解を正そうと真意を訊いたところで、星夏は教えてくれないだろう。

 今も眞矢宮と席を移動して来た雨羽会長の三人でメイクの話で盛り上がっているし、俺の入る余地が全くない。

 

 仕方なく俺も席を移動して男三人で固まって不機嫌になった智則を宥めている内に、途中の駅で別の電車に乗り継ぎ、目的地である岡浜マリンパークに到着した。


 メインの海水浴と海上アスレチックの他にも温泉や小規模ながらもアウトレットモールもある大型施設で、初夏の時期にも大勢の入場者が訪れたことでニュースになった程だ。

 特に今は夏休みシーズンとあって、より多くの人で賑わっているだろうことは容易に想像出来る。

 客観的にこそみているものの、これから自分達もその仲間入りをするのが何とも言えないところだ。


 早速遊びに……と行きたいところだが、まずは併設されているホテルに荷物を置く必要がある。

 なので俺達は真っ先にそこへ向かった。


 ロビーは広々とした豪奢な空間で、大きなガラスの向こうには青々とした綺麗な海も見える。

 事前に確認した公式サイトによると、食事はビュッフェ形式となっていてオーシャンビューでの食事が楽しめるらしい。

 まさに夏にうってつけのホテルと言えるだろう。


「うわぁ~凄いキレー」

「久しぶりに海に来ましたけれど、空と同化しそうなくらい青いですね」

「うん! 早く泳ぎたくなって来るね!」


 同じ光景を目にした星夏と眞矢宮も、感嘆を露わにして海を眺めていた。

 そうしてはしゃぐ様子を見れただけでも、二人が参加してくれて良かったと思える。


「あの浜辺で水も滴る水着姿の美女達が俺を待ってるんだな……」

「僕としては霧慧ちゃんや女子達を狙ったナンパが出てこないか心配だけどね」

「だな……」


 バカなことを口走る智則を余所に、尚也の漏らした心配事に共感を示す。


 旅行に参加している女子三人は、誰も彼もが人目を集めやすい容姿をしている。

 その彼女達が水着姿になれば、普段より一層注目される光景は想像も容易い。

 だからこそ良からぬことを考える輩も出て来るだろう。


 出来れば穏便に済ませたいが、場合によっては実力行使も厭わないつもりだ。

 それで星夏や眞矢宮を守れるなら、いくらでも手を汚す覚悟は出来ている。


 内心で気を引き締めていると、神妙な面持ちの尚也の手が肩に置かれた。


「康太郎。僕が言っておいてなんだけど、一人で背負い込もうとしないでね。キミ程強くなくても、霧慧ちゃんのためならケンカするくらい何でも無いから」

「……そうならない様に善処するよ」


 何とも頼もしい友人の言葉に、少しだけ気持ちに余裕が出来た。

 中学時代とは違って独りじゃないと改めて実感する。

 そう感じられたのも、星夏に命を繋いでもらったおかげだ。

 

 なんで尚也に励まされたはずが星夏への好感度が上がるんだと苦笑していると、パンパンと不意に手拍子が耳に入ってきた。

 

「それじゃ、私はフロントで鍵を受け取って来るわね」


 注意散漫となっていた俺達に雨羽会長はそう言って、フロントの方へ向かって行った。

 こういう時期のホテルの部屋は予約で埋まっていそうだが、二泊三日の六人分は問題なく取れた様だ。

 

 そういえば部屋割りはどうなっているのか訊いていなかった。

 二泊分の準備だけする様に言われていて、旅行先やホテルの部屋等は全て会長が用意するとしか聴いていなかったからだ。

 正直に言うと不安でしか無かったが、彼女でなければこんな有名なレジャー施設に早々来ることなんて出来なかったと思えば致し方ない。


 肝心の部屋割りは三人部屋を男女別で分けて二部屋になるか、二人部屋を三部屋という割り振りにするのが妥当か。

 二人部屋の場合だと一部屋は会長と尚也に宛てて、残りは男女別になるから俺と智則、星夏と眞矢宮という形が自然だろう。


 そう逡巡していると雨羽会長が三本の鍵を手に戻って来た。

 どうやら後者の方らしい。


「お待たせ。さぁどうぞ」

「ありがとうございます。部屋割りはどういう風になってるんですか?」

「よくぞ訊いてくれたわね。三人部屋、二人部屋、一人部屋をそれぞれ一部屋ずつ取ってあるわ!」

「おいちょっと待て」


 どうだ見事な采配だろうと言わんばかりに自慢気な会長に、思わずタメ口で待ったの声を掛けてしまう。


 俺の耳はいつの間におかしくなったのだろうか。

 明らかに新手の島流しみたいな所業を暴露された気がする。


 ……ダメだ、何度思い返しても部屋割りがおかしいことしか分からない。


 咄嗟に理解出来ていないのは俺だけでなく、会長と尚也以外の三人も同じ様に目を丸くしていた。

 

「なんで六人で旅行に来たのに一人部屋が一つあるんですか!?」

「だって予定だったのよ? それを急遽一人追加するハメになったから、探してみても一人部屋しか空いていなかったの」

「あ」


 智則の問いに雨羽会長は仕方が無いという風に言い切った。

 その言い草から、俺は一人部屋が誰に割り当てられたのか察してしまう。


 何せ六人目の参加を促したのは俺であり、その六人目というのが……。


「ちなみにそこが吉田君の部屋ね」

「え……?」


 質問をした智則なのだ。

 それを容赦なく突き付けられた彼は、石の様に固まって見えた。

 確かに本来のメンバーでは無いとはいえ、せっかくの旅行に一人部屋は可哀想では?


 あまりの惨い扱いに言葉が出てこない。


 だがいくら哀れんでも智則が一人部屋なのは確定だ。

 そうなると残りの部屋は誰の分なのかはおおよそ分かった気がする。


「じゃあ残りの三人部屋は女子達で、二人部屋は俺と尚也ってことですか?」

「不正解。二人部屋を使うのは私とナオ君よ」

「そっちは予想通りだったか……」


 海に来て彼氏と同室なんて、我欲を剥き出しにし過ぎじゃないか?

 企画主の特権乱用に呆れるしかない。 


 未だに性関連の耐性が付いてないクセに、いっちょ前にサマーナイトフィーバー決めようとしてんじゃねぇよ。

 どうせ本番になったら尚也にされるがままだろ、アンタ。

 

 内心でツッコミを入れてしまう程の横暴振りだった。

 

「ん? 尚也と会長が二人部屋?」


 が、そこでふと気付いたある事実に俺の背中に冷や汗が流れ出す。

 

 待て待て……それじゃ三人部屋に泊まるのって……。


「というわけで、三人部屋は康太郎君と咲里之さんと眞矢宮さんが泊まってちょうだい!」

「「ええっ!?」」


 ドッキリ大成功といった様なハイテンションで投げ掛けられたとんでもない無茶振りに、星夏と眞矢宮が揃って驚愕の声を上げる。

 そりゃそうだ。

 恋人でも無い男女……それも女子の空間に無理矢理男をねじ込んで来たのだから、驚くなと言う方が無理な話だろう。


 くっそ、やられた……。

 旅行を企画した時点でこの組み合わせを狙ってやがったな。

 やっぱり雨羽会長が関わるとロクなことにならねぇ。


 もう次からは絶対に、この人が企画したイベントに参加したくない。


「ちなみに部屋の変更は──」

「無理よ。既に満室だから変更は利かないわ」

「ッチ」


 そして案の定チェンジは無効だった。

 なら説得の仕方を変えるだけだ。


「星夏と眞矢宮は俺と同室なんて無理だろ?」


 星夏はあまり気にしないだろうが、眞矢宮は色々と気まずいはずだ。

 そう思って同意を投げ掛けるが……。


「わ、私は荷科君となら大丈夫です!」

「アタシも! その、男子と同室とか慣れてるから平気だし!」

「おいおい……」


 顔を真っ赤にしながらも、同室でも構わないと返されてしまった。

 予想と違った返答に困惑を隠せない俺を、会長はニヤニヤと意地の悪い笑みで見つめている。


 あぁもう本当に何を考えてんだか……。


 俺と星夏の仲を後押しするだけなら、同室にすればいいというのは間違っていないと思う。

 しかし、眞矢宮も同じ部屋に放り込まれているのがどうにも気掛かりだ。

 

 両手に華を楽しめ、なんて享楽的なことは考えないだろう。

 星夏と同じく一対一の純愛主義者である会長からすれば、二股はもちろんハーレムなんて到底認めないはずだ。

 

 だからこそ彼女の意図が読めない。

 唯一分かるのが、俺達の三角関係に影響を与えるためということ。

 

「さて、荷物を置いたら各自水着に着替えてね。早速遊ぶわよ!」


 こっちの疑念を知らんぷりする会長は、全く裏の表情が窺えない。

 その海でも何か仕掛けて来るのだろうかと思うと辟易するしかないが、こうしてここにいる時点でどうしようもないのだろう。


 そんな諦念と共に、俺達は各々の部屋に向かうのだった……。


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次回は5月9日の夜8時に更新です!

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