#53 情けは人の為ならず


 ──こーたが自分の幸せを見つけられるまで傍に居る。

 

 この約束通り中学を卒業して高校生になった今でも、彼氏が出来たとしてもこーたの傍に居続けた。

 その間にセフレになったから拗れてしまったけれど、眞矢宮さんとなら絶対に良い恋人になれると思う。

 そうなった時、アタシが居たら邪魔にしかならない。

 

 だから、こーたを縛り続けていた約束をナシにしようって決めた。


 本音を言えば寂しい。

 小学校からずっと同じクラスの腐れ縁で、夜の家で独りにならない様に合鍵と寝床を貸してくれたり、セフレとはいえエッチまでした仲なんだもん。

 どうでもいいはずがない。

 

「ゴメンね」

「え?」

「ずっとずっと、こーたを縛り付けてゴメンなさい」


 頭を何度も下げていくら謝っても足りない。

 それだけアタシはこーたの自由を奪っていたんだから。


「──なんで、星夏が謝るんだよ。むしろ悪いのは俺の方だろ。約束を終わらせたくなるくらい怒らせたんだから、尚更だ」


 唐突にこんな事を言い出したから、こーたを凄く困らせている。

 けれどもアタシは悪くないみたいに言ってくれる優しさに、嬉しいと同時に申し訳無く思ってしまう。

 だから、これ以上迷惑を掛けたくなかった。


「こーたとの約束がイヤになったワケじゃないよ。むしろ逆かな」

「……逆?」

「うん……。こーたはイイヤツだから、アタシなんかとの約束を二年間も破らないでくれたよね。でもそれを良い事に甘え過ぎてたから」


 あの時、死ぬつもりだったこーたを何とか引き留めたくて交わした約束。

 あれから二年も経つのに、アタシは理想の相手を見つけるどころか孤立して、目標から遠ざかってしまった。

 

 このままだとこーたにもずっと迷惑が掛かる。

 ううん、違うか……もうとっくの昔から掛けっぱなしだった。

 今さら気付いたところで謝ったって許して貰えるはずがない。

 

 だったらアタシに出来るのは、一秒でも早くこーたを縛った約束から自由にする事だ。


「なんで俺に甘える事が束縛してる事になるんだよ。意味わかんねぇ……」

「こーたの体は一つだけなんだから、アタシが独り占めしてたら他の人と関われないじゃん」

「そんなの誰だって同じことだろ」

「同じじゃないよ。アタシとこーたの時間の価値は全然違う」

「え……?」


 そう言うとこーたは本当に訳が分からないって表情を浮かべる。

 時間の価値なんて考えもしなかったみたい。

 

 アタシはずっと気にしていたんだけどなぁ。

 あの日から立ち直ったこーたは中学時代の頃とは結び付かない。

 そうしたのは他でもない彼自身の努力の結果で、アタシがしたことなんて傍に居ただけだ。


 支えるつもりだったのがいつの間にか支えられていたけれど、もう今日で終わりにしよう。

 

「だって、こーたはもう友達が居て好きになってくれた子が居るんだから、アタシが居なくても大丈夫だもん」

「……」


 一方的な約束の終わりに、こーたは何も言わないままだ。

 呆れられたか失望されたか……そう思われるのも当然だよね。

 それだけアタシは身勝手にこーたの事を振り回し続けたんだから。


 散々迷惑を掛けて今になって約束は終わりなんてふざけるなって怒るのかな?

 それとも無言で殴ったり襲ったり?

 二つ目はこーたの性格なら絶対にしないか。

 そこだけは妙に確信出来た。

 

 明日になったらセフレでも友達でもない、正真正銘の赤の他人になるのに未練がましいなぁ。

 寂しい……でも、この寂しさを捨てないとこーたが幸せになれない。

 

 そうして孤独を恐れる自分を引っ込めようとした時……。

 

「なぁ星夏」

「うん?」

「俺が今まで星夏に迷惑を掛けるなって言った事があったか?」

「え……?」


 鍵を握った手を押し返しながら不意に告げられた言葉に、戸惑いを隠せなかった。

 

「な、何言ってんの? あんな風に入り浸ってたら迷惑に決まって──」

「あったかって訊いてるんだよ。よく思い出してみろ」


 それ以外の返答を聴く気が無い。

 有無を言わさない語調からそう感じ取って、アタシはこーたと過ごした日々を思い返してからゆっくりと答える。


「な、無い……けど……」

「あぁそうだ。言ってないし思った事もない。精々が心配掛けさせんなってくらいだよ」

「や、やっぱ迷惑なんじゃ──」

「違ぇよ。心配掛けてるから迷惑なんだって決め付けんな。そもそもそれ、心配させる側の思い上がりだからな。本当に迷惑だったら、お前の母親みたいに心配すらせずに放り出してるだろうが」

「……」


 こーたの少し怒ったかの様な言い分に、何も言い返せず黙り込んでしまう。

 どんなに甘えても見捨てないこーたの優しさは、確かにお母さんとは違うかもしれないけど……。

 迷惑じゃないって言われても、はいそうですかなんて頷ける程アタシは楽観的になれない。


「それに、俺はまだ星夏に胸を張れる程幸せになってないぞ」

「えっ……? な、何言ってんの? 友達が居て好きになってくれた子がいるのに、なんで……」

「そんな簡単な事も分からないのか?」

「わ、分かんないよ……」


 それだけ恵まれてるのに、どうしてまだ幸せになってないって言い切れるの?

 まるでバカにした様な物言いだけど、分からないモノは分からないんだから仕方が無い。

 

 問い掛けの返答に対して、こーたは視線を逸らずに答える。


「じゃあ言ってやる。──星夏が幸せになってないからだ」

「ぇ……」

「隣に居てくれてる星夏が幸せになってなかったら、どれだけ恵まれていようが笑えないんだよ」

  

 嘘を言っている様に聞こえなかった。

 こーたは本気でそう思っているんだって分かる。

 まるでアタシが居ないと幸せになれないみたいな言い草に、嬉しく無いと言えば嘘になってしまう。


 けど、素直に受け取れる程アタシはバカじゃない。

 むしろバカなのはこーたの方だ。


「じ、順番とか決めて無いでしょ?」

「あぁ。でも俺は星夏が幸せになったところを見ないと安心出来ないんだよ」

「誰と付き合っても長続きしないから、いつになるのか分からないのに?」

「あんな噂に釣られる様なヤツじゃそうなるに決まってる」

「うっ……」


 咄嗟に放った言い逃れを許さず、こーたは食らい付いて離そうとしない。

 いよいよ言い返す言葉も無くなって、俯きながら前々からそう言われてたと思い返す。


 そんなの分かってるもん……。

 でもどうしても期待しちゃうんだよ?

 付き合ってる内にアタシ自身を好きになってくれないかなって。


 でも、無理だった。

 最初は順調に付き合えても、結局みんなしてエッチばっか求めるようになっていく。

 ちょっとでも気分じゃないって言ったら、ビッチのくせになんて勝手に怒られる。

 

 そうなって別れる度に、悪いのはアタシだって一方的に責められて……傷付けられてばっかりだった。 


「……じゃあ、どうしたらいいのさ」


 顔を合わせないままこーたに問い掛ける。

 半ば苛立ちをぶつける様な強い語気になった。

 

 間近で見てきたなら、何か良い方法でもあるのかなって縋った言葉に……。


「無理して傷付くくらいなら、いっそやめれば良いだろ」 

「──っ、ここでやめたら……理想の人なんて一生見つからないでしょ!? 簡単に言わないでよ!!」 


 こーたは簡単にそう言ってのけた。

 慰めるでもない他人事の様な口振りに、風邪のしんどさも忘れる程に声を荒げて否定する。 感情任せに叫んだ反動で息苦しくなってむせ込んでしまうけれど、それでも息を整えてこーたを睨み付けながら続ける。


「やめて良い人に巡り会えるなら、とっくにそうしてる! 綺麗で優しい眞矢宮さんに好かれてるこーたと一緒にしないでよ!!」

 

 眞矢宮さんがこーたを好きになった話をしている時、真っ当に恋をしている人ってあんなに幸せそうな顔をするんだって初めて知った。

 対してアタシは身体目当てで告白して来た人でも、付き合っていれば好きになれるかもなんて考えてて……あまりに惨めで愕然としたのは覚えている。

 だから、普通に恋をして振られてもめげない眞矢宮さんが、とても眩しくて綺麗で羨ましかった。


 そんな彼女に好かれているこーたに、一体アタシの何が分かるって言うんだろう。

 

 いろんな人に何度も期待させられて裏切られて、どれだけ傷付いたか絶対に解るはずが無い。

 涙を堪える余裕も無いまま怒号を発する。

 同時に、こんな自分に嫌気が差す。


 寂しがりで弱いクセに強がってばっかで、本当にどうようもないくらい身勝手で面倒な性格をしてる。

 あまりに惨めでしか無いこんな言葉を、看病に来てくれたこーたにぶちまけて、何様のつもりなんだろうか。

 

 どんなにこーたが優しくても、いい加減愛想を尽かされるに決まってる。

 そんな自己嫌悪と諦観で心を暗くするアタシに、こーたは……。


「ハァ~~……アーホ。お前、自分が言った事を自分で実践しないのかよ。自分に厳しく他人に甘くにも程があるだろうが」


 呆れも隠さず盛大にため息をついてから、なおバカにする態度を崩さないままそう言い切った。


 自分で言った事を実践してない?

 こーたの言っている事の意味が分からなくて、不満も沸かないまま呆然と顔を上げて目を合わせる。

 

 表情を見て本気で分かっていないと悟ったのか、こーたは不躾にアタシの頭に手を乗せ始めた。


「な、何……?」

「そうやって自分でも訳が分からなくなるくらい疲れてるんなら、




 

 

 

 一回立ち止まって休め。あの時、死のうとしてた俺にそう言ったのは誰だ?」

「──っ!!」


 横から金槌で殴られたみたいな衝撃に、驚きのあまり息が詰まらされる。

 だってこの言葉は、かつて命を投げ捨て様としたこーたを止めるためにアタシが言ったモノだったから。

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