#63 電車の中で小競り合い


「ねぇこーた。本っっっっ当に雨羽会長とは何でも無いの?」

「友達の彼女以上の関係は無い」

「じ、実は秘めてる想いがあるとか──」

「人の彼女に横恋慕する趣味はねぇっての」


 海まで向かう電車に揺られながら、俺は星夏に会長との関係について問い質された。

 まさか星夏の事で協力して貰っていると言えるはずもなく、ただ客観的事実を言うほか無い。


 そもそも俺が好きなのは星夏だ。

 雨羽会長は美人だとは思うが尚也の彼女で無くとも恋人になりたいと思った事は無い。

 

 それにしても、なんで星夏はここまで会長との関係を訝しむのだろうか。

 眞矢宮の時は不満どころか、仲を推奨して来たくらいなのに。

 この態度の変わり様はなんなんだ。


 ……まさか趣味を疑われてる訳じゃないよな?

 だとしたら泣きたくなるんだが……。


「星夏さん。荷科君も困ってますからその辺りにしましょう」

「うぅ……うん。ゴメン、こーた」

「いや、説明していなかった俺が悪いだけだから……」 


 そんな俺の内心を悟ったのか眞矢宮から追及を止める様に制止され、星夏はまだ納得していない面持ちを浮かべながらも謝った。

 まるで接点が見えないから疑問を持つのも仕方が無いし、むしろ言われるがまま黙っていた自分に非があったと伝える。


 とりあえず場を納める事は出来た。


 ちなみに特急電車に乗っているのだが席順は……。

  

 俺  眞矢宮

 星夏 空席

   

 会長 空席

 尚也 智則


 となっている。

 カップルの前の席となった智則の殺意の眼差しが凄い。

 目前の二人──というか尚也に──向ける視線もそうだが、特に俺に対する僻みがえげつないんだ。


 厳密には違うが恐らく、星夏と眞矢宮に挟まれる形になっているからだろう。

 そんな視線を飛ばされても、席順を決めたのは会長だから俺にだってどうしようもない。


 何度も言うがこの旅行の目的地や日程、泊まるホテルも全て雨羽会長が主導で決められている。

 その間に発生する諸々の料金に関しても、彼女のポケットマネーから出されているのだ。

 信じられるか?

 これって、たかが一高校生間の恋愛を後押しするために用意されたんだぞ?

 本気過ぎて引くわ。


「はい、ナオ君。あ~ん♡」

「あむ……美味しいよ霧慧ちゃん。こっちもどうぞ」

「あ~ん! ふふっ、とっても美味しいわ」


 そしてその元凶は彼氏とイチャついている。

 市販のグミをさも手作りしたかの様に振る舞うのはおかしくないか?

 性関連に耐性は無いクセに、人前でイチャつける度胸はあるんだよなぁこの人。


 尚也も彼女には甘いのでそこを指摘する事無く、むしろ嬉々として食べさせ合いに発展させている。

 一番距離がある俺でさえ口の中が甘く感じているのだから、目の前で見せつけられている智則の心情は計り知れない。


「は、荷科君! 実はクッキーを焼いて来たのですが、一つどうでしょうか?」

「ん? あぁそれなら頂くよ」


 不意に眞矢宮に呼び掛けられて顔を向ければ、彼女の手には小さな袋が握られていた。

 その中身はクッキーの様で、俺と星夏以外の旅行のメンバーに馴染もうと作って来たのだろう。


 特に断る理由もなかったから軽く受け取る事にしたのだが……。


「わかりました。では……あ、あ~ん……」

「眞矢宮っ!?」


 向こうのバカップルに対抗意識を燃やしたのか、眞矢宮が恥ずかしそうに顔を赤くしながらクッキーを差し出して来た。

 あっちと違って恋人でも無い自分がそうされるのは、普通に食べるよりよっぽど食べ辛い。

 驚きを露わに身を後ろに下げるが、背もたれが障害になってすぐに動けなくなってしまう。


「そ、そんなにイヤでしたか……?」

 

 そしてそんなあからさまな反応をした事で、眞矢宮を落ち込ませてしまった。

 彼女からすれば羞恥心を堪えて勇気を振り絞った行動だ。

 それを恥ずかしがって台無しにするのはどうにも気が引けた。


 だから、引いた身体を前に出して彼女の手にあるクッキーを食べる。

 勢い余って指を少しだけ舐めてしまったが、そこに意識を向けるより先に咀嚼して味わう。


 バターの風味とミルクの甘さが程よく絡まっていて、堅過ぎず柔らか過ぎずの絶妙な焼き加減もアクセントになっている。

  

「……美味い」

「ほっ……そう言って頂けて嬉しいです」


 素直な感想を伝えると、眞矢宮は安堵の表情を浮かべる。

 泣かせる事は回避出来たと胸を撫で下ろす。


「……」


 しかし、眞矢宮が自分の人差し指をジッと見ているのに気付いた。

 確かさっき舐めてしまった場所だ、なら早く拭いて綺麗にしないといけないな。

 

 そう思って声を掛けようとした瞬間……。


「……パクッ」

「──っ」


 なんと、眞矢宮は自分の指を咥えたのだ。

 その行動を見てようやく俺は真意を悟る。


 ──眞矢宮が間接キスをしたことに。


 指が触れたのは事故だが、それを拭きもせずに咥えたのは明らかに故意だ。

 実行に移した本人の顔は赤いので、内心では恥ずかしいのだろう。

 それでもチャンスを不意にすまいと行動して見せた胆力は感服する他ない。


 一方で目撃した俺も顔に熱が集まるのが分かる。

 真犂さんの言う通り、確かに眞矢宮は強かな性分みたいだ。

 そのことを実感するのが間接キスというのは、何とも言えない状況だが……。


「むぅ……こーた」

「どうしたせ──」


 今度は星夏に呼び掛けられたので顔を向けた瞬間……。


「んっ」

「ん”っ!?」


 星夏の顔との距離がゼロになった。

 つまり俺は彼女にキスをされたのだ。


 しかもただ触れるだけじゃなく、口の中に舌を入れるディープタイプのを。

 

 お前何考えてんだ!?

 眞矢宮が見てる前だし、隣の座席には会長や智則達がいるんだぞ!?

 

 うわ、眞矢宮の目が見開いてる。

 女子がしちゃダメな顔になってるぞ。

 しかも会長と尚也はニヤニヤと笑ってやがる。

 いや、よく見ると会長は手で目を覆ってるな……指の隙間から見てるけど。


 智則に至っては血の涙流してるし。

 それって意識的に流せるモノだったの?

 だとしたらお前の身体構造はどうなってるんだよ。


 色々と言いたいのは山々だが、俺が星夏を引き剥がすことなんて出来るはずもなく、為すがまま舌を絡まされるしかなかった。

 ん?

 今何か流し込まれたか?


 口の中に舌とは違う弾力のある何かが入って来たと気付くと同時に、星夏が顔を離した。

 ……名残り惜しく思うな、二人きりならまだしも人前だぞ、俺。


 動悸が治まらない身体にそう訴え掛けつつ、口の中に入れられたモノの正体を探る。

 この触感……。


「グミ、か?」

「うん、イチゴ味のだよ。おいしーでしょ?」

「あ、あぁ……」


 キスをしたというのにあっけらかんと笑う星夏に戸惑いながらも、投げ掛けられた問いに頷く。

 

 ちなみに嘘だ。

 アレで味わう余裕なんかあるわけないだろ。

 むしろお前の唾液の味しかしなかったわ。

 

「だったらシェアするなら普通に渡せば良かっただろ。なんでわざわざ口移しなんだ? 眞矢宮とかみんながいるのに……」

「……だって負けたくないんだもん」

「あ? 今なんて──」

「そっちのがなんか面白いかなーって思っただけ!」


 そもそもの疑問を尋ねるが、星夏は何か小声で呟くだけだった。

 走行音やアナウンスが流れる電車の中でそれを聞き取れるはずもなく、聞き返そうとするも何故か却下されてしまう。

 

「なんで怒ってんだよ……」

「怒ってない!」


 理由を訊こうにも。星夏には顔を合わせようとせずに突っぱねられる。

 経験上、こうなった彼女からは何も訊けないだろう。


 どうにも腑に落ちないが、なんだかんだで星夏とキスが出来た嬉しさはあった。


「星夏さん……やりますね」

「公衆の面前であんなキキキ、キスをするなんて……」

「あははっなんだか面白くなりそうだね」

「ギィィィィなんだよあれぇぇぇぇ! なんで康太郎にモテ期が来てるんだよぉぉぉぉっ!」


 ……尤も、この状況では手放しに喜べないが。

 

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次回は5月6日の夜8時に更新します!

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