#62 旅行一日目の朝


 夏休みに入ってからの一週間、星夏と家でダラダラと過ごしたり、バイト先で眞矢宮と談笑するなど普通の日常を過ごしていた。


 もちろん課題も出されているが、俺は毎日コツコツと片付ける派なので旅行にも持って行くつもりだ。

 星夏はいつもなら後半になってから着手するのだが、今年は積極的に済ませようとしている。

 その変化に引っ掛かりを覚えながらも、ついに二泊三日の旅行の日が訪れた。


 目的地までは電車で向かうため、朝八時頃に駅に集合する事になっている。

 俺と星夏は集合時間の十分前に着ける様に家を出た。


 星夏は肩に結び目がある白いノースリーブのブラウスと水色のミニスカート姿という、二の腕や太ももを大胆に露出した夏らしい装いだ。

 当人の性格も相まって、エロさよりも爽やかさが際立っている様に思える。


 が、何故だか旅行当日にも関わらず星夏の表情が妙に暗い。


「何か不安でもあるのか?」

「うん……海涼ちゃんも一緒だけど、こーたの友達の旅行にアタシも行って良いのかなって」

「アーホ。ダメだったらそもそも誘ってない。このやり取り、誘った日から毎日やってないか?」

「だ、だってぇ……」


 この期に及んでまだ尻込みしているのかと呆れてしまう。

 俺が噂によって孤立している彼女と交流があると智則達に知られたら、友情崩壊が起きないかと不安らしい。

 まぁ俺と眞矢宮以外には殆ど面識が無いからなぁ。


 雨羽会長と尚也は彼女を一方的に知っているものの、初対面の振りをすると聞かされていた。


 そうなると完全に初見なのは智則だけという事になる。

 眞矢宮の時の様に俺が女子と知り合いである事に嫉妬するか、星夏が危惧している様にこんなビッチと旅行に行きたくないと拒絶するか……。

 ハッキリ言って前者の方が可能性が高そうなのは、日頃の行いによる結果としか言い様がない。


 そもそも智則は星夏の参加すら知らないのだ。

 アイツには眞矢宮と会長以外に、女子がもう一人来るとしか伝えていない。

 クラスメイトではあるが直接関わるのは今日が初めてなので、気にするなと言っても星夏が緊張するのも仕方がないか。


 逆に星夏には会長が参加するとは言っていない。

 あんなのでも俺達の通う高校のカリスマ生徒会長なので、孤立している星夏でも顔と名前は知っている。

 そんな有名人と同じ旅行に行くと聴けば、どう考えても遠慮して不参加を決め込むのは明白だった。


 なので現状伝えているのは、精々が尚也の彼女が来るというくらいだ。

 

 それらの事実を俺は伝えた方が良いと思ったのだが、企画主である雨羽会長から伏せておけと言われている。

 事前に伝える事で誤解を避けると言っていたものの、どう考えても嫌がらせだろう。

    

 少なくとも最悪な事にはならないと思うが、実際に顔を合わせない限り何も分からない。

 彼女が欲しいと言いながら手っ取り早く星夏に告白しなかったし、変に誤解される心配もないだろう。


「俺と眞矢宮でフォローするから気にし過ぎるなよ」

「うん……」


 そうして怖じ気づく星夏を励ましながら歩いて行く内に、集合場所である駅に辿り着いた。

 学生が夏休みでも平日の駅では多くの社会人が忙しなく行き交っている。

 いずれは自分もあそこの仲間入りをするのだろうかと、若干憂鬱な気分が過るがすぐに振り払う。

 

「確か時計台に集まるんだったよね?」

「あぁ。あそこに……ってもう智則がいるし」


 星夏と時計台の方へ目を向けると、見慣れた小太りな友人の姿があった。

 白いポロシャツに黒のハーフパンツと、如何にも夏を満喫する気満々な装いが妙に目立つ。

 

 正直、旅行が楽しみ過ぎて寝坊しそうだと予想していた分、智則が一番最初に来ていたのには驚かされた。

 そんな些細な衝撃を受けていると、向こうも俺達の姿に気付いた様で顔を向けて来る。


「よっ。こうたろ──んんっ!? なんで咲里之がいるんだ!?」

「っ!」


 案の定というか、俺の隣にいる星夏に気付いた途端に驚愕を露わにした。

 悪気がないのは分かっているが、まるで居てはいけない様な言い草に、星夏が肩を小さく揺らしながら俺の背に身を隠す。


 よし、一発叩くか。

 そう即決して慌てる智則の頭に手刀を落とした。


「コラ、朝から大声出すなよ。星夏が怖がってるだろ」

「痛いよチョップ止めて! いやいや誰だって驚くわこんなん! もう一人の女子が咲里之とか全く考えなかったんだが!? しかも名前呼び合うとか……もしや浅からぬ関係?」

「小学校から同じクラスの腐れ縁だよ。学校で話さないだけで外だと普通に話したりするぞ。今日の旅行に誘ったのは暇そうだったからだ。以上」

「そ、そうだったのか……」


 頭を抑えながら星夏との関係を問う智則に、一部の事実と参加理由を簡潔に伝えて説明した。

 納得した様だが、噂の人物である星夏が身近に居る事に違和感が隠せていない。

 それは俺にはどうしようも無いので、智則と星夏に委ねるしかないだろう。


 その事は星夏も自覚していたのか、一歩前に出て智則と目を合わせる。


「えっと、驚かせてゴメンね、吉田君」

「お、おぉ。な、名前覚えてたんだな……」

「あははっ。クラスメイトなんだから当たり前だよ~」

「康太郎。咲里之ってイイヤツだな」

「否定しないがお前はお前で絆されるのが早いな」


 流石星夏というべきか、持ち前の社交性の高さで気まずい空気を乗り切った。

 名前を覚えていただけで良い人判定を出した智則に呆れながらも、内心で安堵したのは秘密だ。

 

「にしても智則が一番に来ているなんて意外だな」

「女子と旅行だぜ? 寝坊なんてして置いてかれる訳にいかねぇからな!」

「動機はともかく心掛けは感心するよ」

「おう。朝四時から待ってた甲斐があったぜ」

「早過ぎるわ。プレ○テ5の発売日じゃねぇんだぞ」


 たかが二泊三日の海の旅行にそこまでするか?

 よく熱中症にならなかったな。

 海に行きたいというより、女子の水着目当てなのが言わずとも伝わってくる。

 その欲を微塵も隠そうとしないからモテないんだと思うぞ。

 

「あははっ。吉田君って面白いね~」

「トゥンク……。康太郎、咲里之が俺の事を面白いってよ」

「今のどこに深読みする要素があったんだ?」


 あまりに早い到着時間に星夏が堪らずといった風に笑みを零すと、智則はやけに嬉しそうな反応をした。

 モテ無さ過ぎて、消しゴム拾って貰っただけで好きになる非モテ思考になってんじゃねぇか。

 星夏からすれば言葉以上の意味は無いからな?

 

 何ともチョロ過ぎる友人に呆れを隠せないでいると……。


「おはようございます。荷科君、星夏さん」

「あ、おはよー海涼ちゃん!」

「おはよう、眞矢宮」


 旅行に参加したメンバーの中では、唯一学校が違う眞矢宮がやって来た。

 パステルブルーのフリルワンピースという非常にシンプルな装いだが、それが一層彼女の清楚な雰囲気を後押ししていて非常に似合っている。

 朝であっても日焼け避けのために差している白い日傘が、佇まいをより優雅に演出しているのだろう。


 眞矢宮は俺と星夏に挨拶をしてから、彼女の登場で黙り込んだ智則に微笑み掛ける。


「初めまして。荷科君とは同じバイト先で働いている眞矢宮海涼と申します。二泊三日という短い間ですがよろしくお願いしますね」

「お、あ……吉田智則……です」


 借りて来た猫の様な緊張をしながらも、智則は眞矢宮に自己紹介をする。

 星夏の事は学校で見掛けるから慣れていた様だが、間近で彼女の美貌を目の当たりにしてガチガチになってしまっていた。


 逆に眞矢宮の方は、接客中に連絡先を聴いて来た客に向ける営業用スマイルを浮かべている。

 判別が着いている理由は、家まで送る最中の会話で浮かべる笑い方と全然違っているからだ。

 それだけ智則に対して壁を作っている事になる。


 まぁストーカーの一件もあるから、初対面の男子に警戒するのも無理も無いだろう。

 会長の情報網にも中々引っ掛からない様で、警察も足取りが掴めていないままだ。

 もう事件から三ヶ月が過ぎている……ストーカーが諦めたと見ても良いかもしれないが、一番の安心材料である犯人の逮捕が報されない限り油断は出来ない。


 もどかしさはあるが、俺に出来るのは眞矢宮の傍に居て守る事だけだ。

 海では彼女だけで無く、星夏にもナンパの類いが寄って来るだろうから、遊びにかまけて警戒を怠らないでおこう。


「えっと……眞矢宮さんも咲里之と仲が良いんですか?」

「はい、荷科君を通して知り合ってから友達付き合いをしていますよ」


 未だに緊張の抜け切らないからか同い年なのに敬語で問う智則に、眞矢宮はクスリと微笑みながら返す。

 彼女には俺と星夏の関係を伏せる様に伝えてある。

 尤も当人から言われずともそのつもりだと返されたし、なんなら俺達の過去を真犂さんにすら話していないので、その点に関しては心配していない。


「おはよう。康太郎、智則」

「おす、尚也」

「待ちくたびれたぞー尚也!」


 集合時間まで五分を切ったところで、尚也がやって来た。

 水色と白のストライプ柄シャツとグレーのスラックスという爽やかな装いだ。


 ところで智則、待ちくたびれたなんて言ってるがお前の場合は来るのが早過ぎただけだぞ。

 内心でそんなツッコミを浮かべる。


「よし、みんな揃ったわね。今日は私の企画した旅行に参加してくれて嬉しく思っているわ」


 その尚也に続いて、旅行の企画主である雨羽会長が呼び掛けて来た。

 白いシャツと黒のキャミソールを重ね着してジーンズ姿は、如何にも出来る女感を醸し出している。


 人の彼女をじっと見てるのも失礼だと思い、星夏と眞矢宮の方へ顔を向けると二人はは絶句したまま呆然としていた。

 多分だが、前者は同じ学校の生徒なら誰もが知っている生徒会長が現れた事に、後者は話に聴いていた尚也の恋人が想像よりも美人だった事に驚いているのだろう。


 これは電車内で説明を要求されそうだ。

 未だに呆気に取られている二人を見ながら、内心でそうぼやく。 


 ともかく、旅行に参加するメンバーは全員揃ったため、いよいよ二泊三日の海旅行が幕を開けるのだった……。

 

=======


次回は5月3日の夜8時に更新します!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る