#60 店長との語らいとお誘い


 他のお客さんがあまり居ないとはいえ、夕方の喫茶店で店長である真犂ますきれいさんが、注文した飲み物とケーキを配膳してくれた。

 いきなりの店長さんの登場に、アタシは驚きを隠せず呆然としてしまう。 


「で、海涼。この子とはどんな流れで友達になったんだ?」

「えぇっと彼女は咲里之星夏さんと言いまして……。星夏さん、少し席を外しますね」

「? うん、良いけど……」


 真犂さんにアタシを紹介してくれた海涼ちゃんだけど、何か気まずそうな表情を浮かべたと思ったら、二人でカウンターの方に入って行っちゃった。

 何かアタシが聴いたらいけない秘密でもあるのかな?

 それともこーたとの中学時代の事を話してたり?


 特に口止めはしてないけど、海涼ちゃんは変に言いふらしたりしないだろうから違うかも。


「星夏さんは荷科君の……でして……」

「ほ~ん。あの子がねぇ~……」


 距離があるから話の内容も全く聞こえない。

 なんだかモヤモヤするなぁ……。 


 ぼんやりと眺めながら待っていたら、二人は特に変わった様子も無く戻って来た。

 ……と思ったんだけど、よく見ると真犂さんの表情がなんだか面白いモノを見た様なにやけ顔になってる。

 一体何の話をしたのかな?


「すみません、お待たせしました」

「そんなに待ってなかったから良いけど……何の話をしてたの?」

「星夏さんが荷科君と腐れ縁の仲だと伝えただけですよ」

「そう? なら良いけど……」


 こっちの問い掛けに対して、海涼ちゃんから簡潔に返された。

 ただアタシとこーたが腐れ縁って教えただけで、あんなニヤニヤされるのかな?

  

 よく分かんないけど、それくらいなら知られても全然気にならないと思う事にした。


「いや~海涼だけに飽き足らず、こんなスタイルの良い腐れ縁がいるなんて、康太郎のヤツも中々侮れないな~」

「えぇっと、ありがとうございます……」


 そんな意図は無いだろうけど、こーたと仲が良いと言われて悪い気はしなかった。

 少し照れくさくて、視線を逸らしながら反射的にお礼の言葉を返す。

 アタシの反応を見たからか、真犂さんは顎に手を当てて少し逡巡する素振りを見せる。

 

「ふ~ん……」

「な、なんですか?」

「いんや。海涼に語れるくらい男を知ってるっぽいのに、康太郎のどこに惹かれてるのかと思ってな。ぶっちゃけアイツよりイケメンと付き合った事ってあるのか?」

「まぁ顔だけの人なら何人かは。でも中身ってなると元カレ達よりこーたの方がずば抜けてる、感じ……です」


 真犂さんの質問に素直に答えてる途中で、自分が恥ずかしい返事をしている事に気付いて、語尾に行くにつれて尻窄しりすぼみしてしまう。

 いつから会話を聞いてたのか分からないけど、少なくともアタシがこーたを好きになってる事は知られてるみたい。

 

 それにその質問と答え方……恥ずかしいんだけど。

 だってこれ今まで付き合った彼氏より、こーたの方が好感的に思いますって自白してる様なもんだよ?

 そんなの恥ずかしいに決まってる。

 軽く拷問じゃないかな……。


「こーた……あぁ康太郎のあだ名か。確かに康太郎は性格に関してはかなり優良物件だろうな」

「ですよね! 口振りは荒っぽいですが言葉の端々に相手への気遣い窺えますし、自分の頭で物事を考えてるから信念があって頼り甲斐がありますし、あんなに優しい人は滅多に居ませんよね!」

「海涼が答えるんかい」

「あはは……」


 唐突に始まったコントを愛想笑いで流す。

 真犂さんから見てもこーたの性格は良いみたいで、海涼ちゃんに至っては嬉しそうに褒め出している。

 アイツが褒められるのを見ていると、アタシも頬が緩んでいくのが分かった。


 だってこーたは一度死のうとしていたけれど、今こうして同じ職場の二人から良く思って貰えてるのが嬉しいんだから。

 特に海涼ちゃんなんて、こーたが居たからストーカーから助けて貰えたんだから、好きになったんだよね。

 そしてそれはアタシも同じだと思う。


 風邪を引いた時、こーたが看病に来てくれたから身体以上に心が元気になれた。

 中学の頃、もしあのまま見過ごしてこーたを死なせてたら、アタシも海涼ちゃんも今みたいに笑えなかったと思える。


 情けは人のために為らず。

 巡り巡って自分に返って来るそれを、他でもないアタシ自身が実証するなんて思ってもみなかった。

 もちろん狙ったわけじゃない。

 打算だとか恩を着せようだなんて考えは微塵も無くて、ただこーたに死んで欲しくない一心だった。


 何より大事なのはこーたが前を向いて生きているからであって、アタシ達が助けられたのはアイツ自身が頑張ったからだ。

 そこははき違えちゃダメだって自分を律する。


「こーたって、ここではどんな風に働いてるんですか?」

「勤務態度は至って真面目だし、海涼を筆頭に後輩の指導も巧い」


 おぉ……って感心しちゃったけど、真面目に働かなきゃバイトでも続かないよね。

 ん~交際を休む間でも、アタシもバイトしてみよっかな~?

 お母さんが置いてた生活費をやりくりしてたからお金に困った事は無いけど、やっぱり働いた方が良いよね。

 

 なんて考えていた時だった。 


「後ここだけの話、一昨日も三人くらいの女子に連絡先を聴かれて──」

「「は?」」

「──たけど、アイツは勤務中を理由に断ってたな、うん」


 何かとんでもない事が聞こえて、アタシと海涼ちゃんは声を揃えて聞き返してしまう。

 それで何かを察したのか、真犂さんはそう繕って締め括った。

 

 顔も知らない女子がこーたに狙いを付けるのは……なんかイヤだなぁ。

 海涼ちゃんに関しては見た目も性格も良いからまだ許容出来るけど、赤の他人ってなると無理かもしれない。

 

 見る目あるなぁとは思うよ?

 そりゃあれだけ性格が良いんだから、見る人が見れば好感を持つに決まってる。

 決まってるんだけど……あーモヤモヤが止まらない!


 どう考えても嫉妬だよね、これ。

 もしかしたら自覚以上にこーたに惹かれてるかも。 


 元カレに『ビッチのくせに重い』ってフラれた事がある身としては、好き過ぎて盲目になるのは不安要素でしか無いけど……こーたの懐の深さを考えれば大丈夫なのかな?

 腐れ縁かつセフレの今でさえ、かなり寛大なんだけど……。

 

「さて、そろそろあたしも仕事に戻るわ」

「お仕事中にすみませんでした、真犂さん」

「暇だったから良いさ。まぁ大声で騒いだら追い出すがな」

「あはは……気を付けます」


 真犂さんはそう言って、アタシ達の席から離れて行った。

 何というか、こーたも海涼ちゃんの事もしっかり見てくれている人だ。

 

 もしバイトするなら、案外ここにした方が良いかもしれない。


 なんて考えてた時だった。


 ──ピココンッ。


 不意に軽快な音が耳に入って来た。

 自分のスマホを見てみると、こーたからメッセの着信があったと分かる。

 着信があったのは海涼ちゃんも同じみたいで、なんだか嬉しそうな顔を浮かべていた。


 その反応の意味が気になるけど、とりあえずメッセの方に目を向ける。


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【荷科康太郎】


 いきなりメッセージを送って悪い、星夏。

 夏休みに入った一週間後……つまり七月末に俺の友達と合わせて数人で海に行かないか?

 二泊三日の旅行になるから都合が悪ければ断っても大丈夫だ。


 ちなみに同じ内容を眞矢宮にも送ってるから、返事次第では一緒に行く事になると思う。

 それじゃ。  


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 ……。


 あぁ~……そりゃ海涼ちゃんが嬉しそうにするはずだよ。

 複数人とはいえ、好きな人から旅行に誘われたんだから。

 そういうアタシも、ちょっと頬のニヤつきが抑えられそうにない。


 だってこーたから誘われる事って滅多に無いもん。

 

 その旅行の日程だけど、彼氏作りを控えている今なら余裕で行ける。

 海涼ちゃんの方はどうなんだろう?

 もしあっちも行くなら、その時アタシは……。


「星夏さん……」

「ん?」

「──海、楽しみですね」

「っ! ……うん」


 その言葉で、彼女も旅行に参加すると察した。

 口調は穏やかなのに、桃色の瞳に込められた意志は口に出さずともしっかりと伝わっている。


 ──友達兼恋敵として赴くつもりだと。


 一瞬息を呑んでしまうけれど、アタシは逃げる事なく目を合わせて同意を返す。

 こーたの気持ちがどうであれ、何もせず海涼ちゃんに譲る真似だけはしたくなかったから。


 思いの外早く訪れた対立を前に、アタシ達は静かに闘志を燃やして行くのだった。


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次回は4月27日に更新です。

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