#59 海涼への謝罪と相談
【星夏視点】
「お待たせしました、星夏さん」
「ううん。アタシも今来たところだから、全然待ってないよ」
放課後、アタシは海涼ちゃんに相談したい事があってカフェで待ち合わせていた。
場所は『ハーフムーン』……そう、こーたと海涼ちゃんのバイト先だ。
店内はシックで大人っぽい感じで、一目見てオシャレだなって感想が浮かんで来る。
昼間は喫茶店として経営されているけれど、夜になるとバーとして店長さんがお酒を振る舞うんだとか。
こーたと海涼ちゃんが働いている時間は喫茶店の時だけで、夜の方は彼女も詳しくは知らないんだって。
それでもこーたからの聞きかじりで、店長さんが作るカクテルはとっても美味しいらしい。
個人的な心象になるけど、お酒には全く良いイメージが無いんだよねぇ。
お父さんだったあの人が浮気をしたのだって、酔っ払って羽目を外したのが発端だったし、お母さんもお仕事の都合でよく飲むんだけど、酔うと普段より攻撃的になって意味も無く怒鳴られたりと碌な事が無かった。
そんな訳で、成人しても自ら進んで飲みたいとは思えないのだ。
まぁお酒の話は閑話休題にするとして、アタシ達は窓際の席で向かい合う様に腰を下ろした。
平日の夕方だからか、席はまばらで人はそんなに多くない。
ふと、対面に座る海涼ちゃんに視線を向ける。
海涼ちゃんの学校は私立の女子校に通っていて、白を基調としたセーラー服姿は彼女の清楚な雰囲気を一層駆り立てていて、よく友達になれたなぁという明確な品格の差があった。
メッセージのやり取りをしていく内に互いを名前で呼び合うくらいに仲良くなれたけど、別の世界の住人の様にどうにも気後れを感じてしまう。
改めてギャル扱いされる事もあるアタシとは正反対だなぁと思いつつ、飲み物とケーキを注文してから早速本題に入る事にした。
「海涼ちゃん。まず最初に謝らせて欲しい事があるの」
「はい、なんでしょうか?」
「ゴメン。アタシ、海涼ちゃんとこーたの仲を応援出来なくなっちゃった」
「……!」
「こーたのことが好きになったの。だから、海涼ちゃんとはライバルになる」
頭を下げながら告げたアタシの謝罪に、海涼ちゃんが小さく息を呑んだ気がした。
始めに言うべき事がこんな内容で申し訳ないし、一月前から言うべきだと自覚している。
今日にまでもつれ込んだのはこの事を会って直接謝りたかったのと、期末テストがあったからお互いに顔を合わせるタイミングが無かったという、二つの要因が重なったせいだった。
自分の間の悪さを呪いたくなったけれど、今こうして伝えられただけでも良かったと思う。
当然、こんな感傷は自己満足以外何物でも無いけれど。
そんな事を考えながら、頭を下げた姿勢のまま海涼ちゃんの返答を静かに待つ。
どのくらいの時間が経ったんだろう。
緊張から正確な時間経過を感じられない静寂の後に……。
「そんなに萎縮しなくても、私としてはあれだけ身近に居たのにやっと荷科君の魅力に気付いたのか、なんて感想しか浮かびませんよ」
「えっ……お、怒ってないの?」
「何も寝取られた訳じゃないんですから怒りませんよ。仮に怒るとしたらそれは私が荷科君と交際していた場合です」
「そ、そっか……」
海涼ちゃんの物言いに若干の引っ掛かりを感じながらも、許されたアタシは頭を上げてから肩の力を抜いて一息付く。
肝心の彼女の表情は少しだけ切なそうだったけれど、壇上に上がったライバルを向かう合う様な強気な眼差しを浮かべていた。
「荷科君から星夏さんが誰とも付き合わなくなったと聴いて心配だったのですが……そういう事なら他の男性と付き合うなんて出来ませんよね」
「うん……あ、ついでってワケじゃないんだけども、訊きたい事があるんだよね」
「はい。遠慮せずにどうぞ言って下さい」
朗らかに微笑みを浮かべる海涼ちゃんに促される。
その気遣いに感謝しながらアタシは口を開く。
「えっとね、こーたってどんな女の子がタイプなのか知らない?」
「──はぁ?」
「ヒィッ!?」
でも問い口にした途端、女神の微笑を浮かべていた海涼ちゃんから凄まじい威圧が放たれた。
こっっっわ!?
表情は一切変わってないのに、なんかめちゃくちゃドスの利いた声が出てきたんだけど!?
思いも寄らなかった反応に、アタシは完全に慄いてしまう。
「わ、わざとじゃないよ! こんな風に相談出来る相手って海涼ちゃんしか居ないもん!」
「はぁ……交友関係の狭さと内容を考えたらこうなりますよね。……むしろ腐れ縁の星夏さんが知らない方に驚きを隠せないのですが」
慌てて理由を説明すると、納得の行った様に頷きながら圧を消してくれた。
それって自在に出し消し出来るんだとか妙な感心をしていると、尤もな言葉で疑問を返される。
だよね~……でもちゃんと知らない理由もあるんだよ。
「好きになる前に訊いたことはあったけど教えてくれなかったの。今だともしアタシと違うタイプだったらって怖くて訊けなくて……」
「……そりゃ当人が目の前にいるんですから言える訳がありませんよね」
「え? 何か言った?」
「いえ。残念ながら私も知りません」
「そっか~……」
一瞬小声で何か呟いてたみたいだけど、続けて首を横に振られたので期待した答えは得られず肩を落としてしまう。
まぁ海涼ちゃんが知ってたら振られて無いよね。
自分でもかなり惨い質問をしてしまったと反省する。
「こーたの事は、性格から食事の好みとかエッチの巧さは良く知ってるけど、恋愛方面は全然知らないんだよねぇ。近くに居たのに全然知ろうとしてなかったんだなぁって後悔してる」
「それはこれから知れば良いだけだと思いますが……荷科君ってそんなにテクニシャンなんですね……」
……海涼ちゃん、どこに食いついてるんだろう?
それはともかく、十年も同じクラスになって同棲もエッチもしてるのに、好きな人の恋愛関係を全く知らない自分がイヤになる。
なのに……。
「逆にアタシの場合は性癖から生理周期まで知られてるから、もう赤裸々も良いところだよ」
「男性に生理周期まで把握されているんですか……なんだか荷科君がAV女優のマネージャーをさせられてるみたいですね」
いや何その例え。
間違ってはいないだろうけど、そんな失礼な例え方をされたらこーたが可哀想だよ?
まぁ……流石に自分でも酷いなぁとは思う。
でもねぇ、これって仕方の無い事だったりする。
「何も自己管理が面倒だからってワケじゃないよ? セフレとしてエッチを続けるなら一人より二人で周期を知っておいた方が、避妊の確率も上がるでしょ?」
「う~ん……そう言われると合理的ではありますが……。その、避妊の方は……」
「もちろんゴムもピルも準備してるよ。生でしたがる元カレもいたけど、そこは断固拒否してるから大丈夫」
「徹底してますね……」
海涼ちゃんが感心する様にそう零す。
自分を否定するワケじゃないけれど、お母さんが出来婚だったから反面教師にして妊娠しないようにしている。
二の轍を踏まない様に徹底するのは当然でしょ。
なのに元カレ達は、ビッチだから生で良いとか宣う始末……別れた要因にもなってるんだよねぇ。
そうでなくとも、ちゃんと避妊はしておくべきだと思うけど。
「お待たせしました。ご注文のエスプレッソとカフェオレ、ショートケーキ二つです」
「ありがとーございます!」
話の途中で、注文していた飲み物とケーキが運ばれてきた。
運んでくれた店員さんに目を向けると、赤色っぽい茶髪が似合う大人の女性が視界に入る。
うわ、綺麗な人……こんな人が身近にいるのにこーたって全く
アタシだって顔に自信がある方だけれど、この人や海涼ちゃんでも恋愛対象になれないなら、こーたを振り向かせるなんて出来るのかなぁ……。
ちょっぴり自信を失くし掛けた時だった。
「ま、真犂さん!?」
「よっ。海涼」
「え? どういうこと?」
店員さんを見た海涼ちゃんが驚きの声を上げた。
ただの同僚にしては驚き過ぎじゃないかと思って尋ねると……。
「その、真犂さんは……このお店の店長なんです」
「えぇっ!?」
「ちっす」
同僚じゃなくて上司だった事実に驚くアタシに、女の人──真犂さんは軽やかに挨拶をして見せるのだった。
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次回は4月24日の夜8時に更新です!
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