#58 関係は変わらずとも
以前は告白をされる側の礼儀として、星夏は表面上では愛想良くしていた。
しかし、告白を受けなくなった現在ではその仮面すら付けようとしない。
手紙や人伝の呼び出しには応じなくなったものの、直接ならまだ応じるだけでも優しい方だろう。
俺が眞矢宮の告白を断った時、後になって相当な罪悪感に苛まれたモノだ。
とはいえそれは決して浅くない交流があった彼女が相手だからこそ、あそこまで悩まされたと言える。
告白されるまでの関係には、戻りたくても戻れなくなるのだから仕方ないと割り切るしかなかった。
対して星夏に告白する相手は、ほとんどが初対面の人物だ。
だから楽かと訊かれればそうではないと言える。
贅沢な話に聞こえるだろうが、幾度も告白をされてはどうしても辟易して来るのだ。
穏便に済ませるための断り文句に頭を悩まされるし、相手によっては納得せずしつこく問い詰めたり逆ギレされる事もある。
さながら爆弾処理の時に切った電線を間違えた様な感じだろう……ミスをすれば一番身近の自分へ真っ先に被害が及ぶ、という意味で。
それを何度も繰り返し求められては、対応が淡泊になるのも仕方が無い。
特に星夏の場合は噂の存在によってどうにも下に見られがちだ。
人間というのは自らより立場が劣っている相手には、まるで人が変わったかの如く強気になる。
最たる例を挙げるなら、イジメがまさにそうだろう。
長くなってしまったが、どういう事なのかと言うと……。
「『僕を好きになるのも仕方が無いけど、君とは付き合えないよ』って……いつ! 誰が! どこで! 誰に! 気になる人がアンタだって言ったワケ!? 自意識過剰にしても気持ち悪いっての!!」
告白の呼び出しに応じたら何故か振られた……なんて珍事が発生した訳で。
冷房の効かせた我が家で、星夏が笑い話になりそうな今日の告白のハイライトを怒りながら語ったのだ。
俺も影ながら聞き耳を立てていたが、あの星夏を呼び出した相手の『自分は女子に好かれて当然だ』みたいな態度は、痛々しくて頬の引き攣りが抑えられなかった。
あんな失礼な告白は世界中を探しても、見つけられなさそうだ。
その被害者となった星夏が怒るのも当然だろう。
そこからはいつも通りセックスを通してストレスを発散した訳だが、今回の件はそれでも腹の虫が治まらない様だ。
そう……男子との交際は休んでいる星夏だが、俺とのセフレ関係は一切変わっていない。
最初はそれで良いのかと尋ねたら……。
『気が済むまで存分に甘えて良いんだよね~?』
と、風邪を引いていた彼女に甘えて来いと言った手前、そう言われては断れるはずも無く押し切られてしまった。
何も星夏とセックスをしたくない訳では無いし、むしろ俺を信頼して甘えてくれているのだから頷くしかない。
ともあれ、普段ならセックス後にはケロッとしている星夏にしては、ここまで根に持つのも珍しいなと思う。
余程相手の態度に不快な思いをさせられた様だ。
……。
いや、この場合は違うか。
もしかしたら……。
──『気になる人』を勝手に決め付けられたのが許せないのか?
風邪が治ってから星夏が告白を断る際に言い出す様になった『気になる人がいるから付き合えない』という言葉。
俺はその『気になる人』が誰なのかを知らない。
本人に訊いてもはぐらかされるばかりでどうにも個人の特定に至らず、かといって他の男子にアプローチする様子も無いし、雨羽会長に訊いても何故かバカを見る様な眼差しを向けられてから何も掴めてないと返される始末だ。
もはや、実際に存在するかどうかすら把握出来ないでいる。
まるでUMAの捜索だ。
気になって仕方が無いが、あまり考えすぎるのも精神衛生上よくない。
一旦はそう割り切って頭の片隅に追いやる事にした。
それにしても……。
「なぁ星夏」
「ん? なぁに?」
「最近、なんかエロくなってないか?」
「ぶっ!?」
いくら事後とはいえデリカシーに欠けた質問をした自覚はある。
現に星夏が思い切り吹き出したし。
申し訳ないと思うが、これも近頃で気になっていた事柄の一つでもある。
それは風邪が治ってからの事だ。
仲直りするまでおよそ二週間近く空いたため、久しぶりの逢瀬とあって互いに盛り上がったのである。
ただその事に及ぶ前の星夏の様子が変わっていた。
服を脱ぐのをやけに恥ずかしがったり、いつもは気にしなかったのに部屋の明かりを消す様に言ったり、行為中に意識的に目を合わせなかったりと妙によそよそしい。
今までとは明らかに違う反応に戸惑いはある。
が、あけすけだった時より一層色っぽく見えて興奮してしまったのも事実。
『ああっ、ぅん、は……あっ、ひぅっ……こーたぁ、ん、こぉーたぁ……』
『はぁっ、あっ……ん、く、ひゃぁっ! こ、れぇ、はげ、し……っの、もっ……と!』
『んんっ……あぁんっ、ふ、ぅ……こー、たぁ……ま、た……イキ、そ……!』
でもって行為中の喘ぎ声も、なんというか快感以上に幸福感を匂わせる様にもなり、それが身体の相性も相まって互いに強い快感を与えていた。
もう本当にヤバいくらいエロい。
俺の性的趣向は星夏色に染められていると言っても過言では無いが、まだ上塗りされるとは思いもしなかった。
なんて考え事をしているウチに星夏はしばしむせ込んでから、真っ赤な顔色のまま空色の目を細めながら睨み出した。
「な、何を根拠に……?」
「伊達に二年もセフレやってないんだ。どうしたら星夏が気持ちよくなってくれるか考えながら相手してるんだから、反応を見れば違いくらい分かるぞ」
「んんっ!?」
根拠を尋ねられたので素直に答えたら、星夏は顔をより赤くしながら目を大きく見開いた。
確かにおかしな事を言っていると認めるが、好きな子に気持ちよくなって欲しいのは当然だろう。
イチャラブを好む星夏の要望に応えるべく、行為中は我欲のまま突っ走らない様にしているので尚の事分かりやすい。
「で、実際のところは?」
「えぇ~っと……こーたのテクが巧くなったからじゃない?」
「そんな実感無いんだが……」
「そうなの! てか女の子にそんなこと訊かないでよ!!」
「あ~……すまん」
まさにその通り過ぎる指摘に反論出来るはずもなく、背中をぺしぺしと叩かれながら素直にそう謝るしかなかった。
俺としてはこんなことを言えるのは星夏しかいないのだが……それを言っては余計に怒らせるだけだろう。
そんな訳で、星夏の変化に対する答えは何一つとして得られないままだった。
だけど彼女にだって隠したい事の一つや二つはある。
彼女を束縛したい訳じゃないし、その内緒事が巡り巡って星夏自身の幸せに繋がるなら暴く必要も無い。
じゃあなんでここまで気にするのか。
そんなのは酷くシンプルな答えでしかない。
……好きな子の事が気にならないヤツはいないって事だ。
「ねぇこーた。夏休みの間に海涼ちゃんと出掛けたりする予定ってあるの?」
「いや、今のところ特に無いな」
不意に星夏から夏休みの予定について尋ねられた。
さっと記憶を探ってみても、バイト以外の用事は思い当たらない。
なので端的に返したのだが……。
「ぁ……そっか」
「っ!」
答えを聴いた星夏が浮かべた安堵の表情に、思わず息を詰まらせてしまう。
どんな気持ちでそんな顔をしているのかは解らない。
少し逡巡してから、俺がいない間に家で一人でいるのが寂しいのだろうと結論付ける。
「星夏の方はどうだ?」
「アタシも特に無いよ。あ、でも明日の放課後に海涼ちゃんと会う約束してるから、帰りが遅くなるかも」
「おう、分かった」
一方で星夏に予定はあるのか問い掛けたところ、眞矢宮と約束をしていると知らされた。
なんでも風邪を引く前日に、彼女とたまたま会って友達になったんだとか。
初対面の時に口論していたのに、なんとも奇妙な着地点だなと思う。
バイト先で眞矢宮自身から聴いた話だが、俺達の過去を聴いて星夏に対する認識を改めてくれた様だ。
噂のせいで同性の友達が居なくなってしまった星夏を、そうやって気に掛けてくれたのには感謝しかない。
今では互いに名前で呼び合うくらいだし、良好な関係を築けている様だ。
そんな事があったからかは解らないが、星夏が俺と眞矢宮を交際させようと推さなくなった。
喧嘩の発端はそもそも眞矢宮との交際を推した彼女を、俺が突っぱねたのが原因だった。
仲直りしたので、掘り返さない様に黙っているのかと思いきや、あれ以来星夏は俺に彼女を作れという旨の発言をしなくなっている。
星夏を想う身としてはありがたいが、急に止められるとそれはそれで不安になってしまう。
かといって邪推しない理由を問い詰める事も出来ず、こっちは完全に意図が読めないままだ。
「それじゃ、シャワー浴びたら夕ご飯の準備するね」
「おう。サンキュ」
話も程々に、星夏はベッドから降りて浴室へと向かった。
去年の夏はバイト以外ではずっと星夏と家で過ごしていたが、今年もそうなるかはまだ解らない。
俺は眞矢宮から好意を寄せられていて、星夏は目標のための恋人作りを休んでいる。
明確な変化が起きたからこそ、少しでも穏便であって欲しいんだが……。
一人で考えても仕方の無い事だと区切り付けて、見えない先行きを憂う様に息を吐くのだった。
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次回は4月21日の夜8時に更新です!
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