#57 噂の変化


 あと数日後には夏休みが近付いて来た七月中旬。

 本格的に訪れた夏の陽射しが厄介な暑さを齎して来るが、冷房の効いた教室で過ごしている内は蚊帳の外でしかない。

 昼休みになって学食に行くクラスメイトは少ないため、教室は普段より多くの人で賑わいを見せていた。


「おっす康太郎。メシ食おうぜ!」

「おう。二人とも今日は早いんだな」

「購買は空いてたから楽に買えたんだ」


 机に弁当箱を広げて食べようとしていた俺の元に、友人である吉田智則と枦崎尚也の二人がやって来た。

 二人はいつも購買で弁当かパンを買っているのだが、今日は人集りの蒸し暑さを避けるために、あまり並んだ人が少なかった様だ。


「康太郎は今日も弁当なんだね」

「今でも意外に思えるわぁ……」

「まぁ一人暮らしを続けてたら自然にな。身に付けておいて損は無いぞ」


 星夏との同棲における食事当番は、手が空いてる方が担う事になっている。

 今日は俺が早く起きたので、朝食と弁当の担当した訳だ。

 

 うん、この卵焼きは上手く焼けて良かった。

 自分で作った料理の味に舌鼓を打ちながら咀嚼する。


「にしても来週には夏休みだなぁ~結局彼女出来なかったし……」

「先週のアレは告白して振られたというより、自ら赴いた死地から心を壊しながらも生還した様なもんだろ」

「だって『なんで女の私に告白した!? どうしてその言葉を枦崎君か荷科君に伝えなかったの!?』って責められると思わないじゃん!!?」

「三年の草付くさふ先輩だったっけ。霧慧ちゃんから聴いてたけど、まさかボーイズラブ趣向を現実にまで強要するなんてビックリだよね」

「目の前で微塵も興味ない同性との交際を、女神みたいな笑顔で推奨される事に比べれば軽いもんだろ」


 話の通り、どうしても夏休み前に彼女が欲しい智則が玉砕覚悟で告白に臨んだのだが、結果はものの見事に惨敗。

 それどころか相手はLGBTに大変理解のある人だった様で、智則に同性の恋人を作る様に説得死体蹴りし出したのだ。

 花百合の件といい、どうしてコイツの告白はただ振られるだけで終われないのか不思議でならない。


「康太郎は例の子とはどうなんだよ?」

「どうもねぇよ。普通だ」 

「いいなぁ~! どうせ海にでも行って水着でキャッキャうふふでアハァ~ンな事するんだろうなぁぁぁぁ!」

「まるで確定事項みたいに言うなよ……」


 つい最近刻まれたトラウマを掘り返されたためか、俺と眞矢宮に対する邪推に強烈な僻みが滲んでいた。

 いつまで経ってもこの調子だと、いずれ道行く女子を襲いかねない。

 もういっそ、眞矢宮の学校から誰か紹介してもらおうか。


 女子校だからある意味で共学校より警戒心は高いだろうが、そこは智則自身で乗り越えてもらうしかない。

 まぁその当人のがっついた振る舞いを正さない事には、余程物好きな相手でない限り厳しいだろうが。


 それからも三人で談笑しながら食べていると……。


「ねぇそういえば聴いた? ビッチのヤツ、また告白を振ったらしいよ」

「えぇマジ?」

「最近ずっとそんな感じだよねぇ」

「!」


 不意にそんな声が耳に入って来た。

 あからさまな嘲りを含んだ話し声の主は、俺達とは数メートル離れた席で集まっていた女子達だった。

 その内容がここ最近の星夏に関する事だったため、反射的に聞き耳を立ててしまうのは仕方のない事だろう。


「もう十人目じゃなかった? なんで急に断り出したんだろ?」

「確か気になる人がいるって振ってるんだよね。だからじゃない?」

「いやいやあのビッチに限ってそれはないって。どうせウチの学校の男子に飽きたから体よく言ってるだけで、他校の男子か金持ってる男に乗り換えただけでしょ?」

「あ~言えてる! だとしたら今まで振られた男子達が可哀想~」


 何が面白いのか理解出来ないのにケラケラと甲高い声で交わされた会話は、一部の事実を含んでいるものの九割が嘘偽りでしかない内容だった。

 星夏が食堂に行ってて良かったと安堵した反面、今すぐ飛び出しかねない苛立ちを感じてしまう。


 風邪を引いた日に理想の相手探しを休んで良いと伝えた通り、星夏は今までとは一転して誰とも付き合わなくなった。

 ビッチの悪評で有名な彼女の態度の変化は、クラスで話題に挙げられるまでそう時間は掛からず、何より周囲が驚きを隠せなかったのは星夏が告白を振る際に『気になる人がいる』と答えたことだ。

 

 その断り文句もあってか、彼女への告白は以前より激減している。

 元々の数の多さは、星夏が誰の告白も断らないなんて勝手な想像による低いハードルがあったからだ。

 しかし当人が特定の個人に関心を向けているのであれば、壇上に上がる条件は必然的に高くなる。


 欲を言えばゼロになって欲しかったが、それは流石に希望観測が過ぎるだろう。

 何を考えたのか、もしや自分ではと思い上がった阿呆がまだまだ後を絶たない。


 一方で女子側は言わずもがな。

 星夏の気になる人発言を勘繰っては、話の肴にするというある意味で男子以上に質が悪い事をしている。

 

 ここ一ヶ月の環境の変化を思い返していると、智則が大きく息を吐いた。


「ほぇ~咲里之ってまた告白を振ったんだなぁ。噂はともかく、アイツが気になる人ってどんな感じのヤツなんだろうな」

「……さぁな」

「ど、どーした康太郎? なんか機嫌が悪くねぇか?」

「っ、別に……なんでもねぇよ」


 何気ない問いに知らないと返すも、智則は俺の機嫌が悪いと思ったらしい。

 事実良い気分ではなかったが顔に出ていた様で、星夏との関係を邪推される訳にいかないので咄嗟に否定する。


「いやいや、めちゃくちゃ眉間に皺が寄ってたし……」

「智則。康太郎は多分、勝手な憶測で人の好意を貶してるのが許せないんだと思うよ」

「咲里之の事も気に掛けるなんて、お前イイヤツだな!」

「……おう」


 尚也の言葉を真に受けた智則から、何とも軽い称賛を送られる。

 とはいえ尚也のフォローには助かった。


 雨羽会長の恋人である彼には当然ながら、俺の星夏に対する気持ちが知られている。

 だから彼女を欲しがってる智則に星夏を奨める真似はしないし、会長程しつこく告白させようとしないから付き合いやすい。

 眞矢宮の事を教えたりする事もあるが、基本的には俺のフォローに回ってくれる。


 だがたった一つだけ訂正というか、俺が不機嫌になっている理由は違っているんだ。

 いや、確かに星夏が本当に誰とも付き合う気が無いのに、他校の男子に狙いを変えたとか言われたのは腹立たしい。

 尚也が言った事は一応間違ってはいないんだ。


 じゃあなんで機嫌が悪いのかっていうと……。









 ──星夏の気になる人って、誰?


 そう……実を言うと俺も知らなかったりする。


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 次回は4月18日の夜8時に更新です!

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