#55 ささやかでも確かな変化
二日後。
無事に風邪が治ったアタシは、二日振りに学校へ登校していた。
天気は快晴、実に晴れやかな気分だ。
昨日、バイト先でこーたが風邪の事を話したのか、眞矢宮さんから体調を心配するメッセージが送られたのは驚いたなぁ。
その内容は『自分の家でシャワーを貸したのに、風邪を引かせてごめんなさい』って謝罪の内容だった。
タイミング的に眞矢宮さんが誤解するのも無理も無いか……。
結局こーたにも、あの風邪はお母さんから移ったモノだとは明かしていない。
ともかく心配を掛けてしまった罪悪感を懐きつつも、もう元気になったから謝らなくて良いよって返事を送っておいた。
まぁそのやり取りを向こうで見てたらしいこーたは、アタシと眞矢宮さんが友達になった事にビックリしてたみたいだけど。
そういえば言ってなかった、てへっ。
何はともあれ、昨日は平和的に過ごす事が出来たというワケです。
学校に着くとたった二日休んでただけなのに、なんだか久しぶりに感じてしまう。
それに身体が凄く軽い気がする。
ただ風邪が治ったからじゃなくて、多分気持ちの持ちようが変わったからかもしれない。
二日前にこーたから告げられた言葉のおかげだ。
恩返しでも約束でもなく、アタシ個人が大切だから優しくするんだって。
こーたのそれは下心がまるでない、純粋な気持ちだって伝わったからこそあんなに嬉しかったんだと思う。
不思議とカバンの中にある合鍵の存在が、前よりもっと大事になった気がする。
あそこまで言われたら、もう返さないよって言ってやったもんね。
アイツもそれで良いって言ってたし、例え眞矢宮さんが欲しいって言っても絶対にあげない。
この合鍵はとっても大事な宝物なんだから。
そんな事を考えながら下駄箱を開けると、上履き以外のモノが入っているのに気付いた。
アタシ宛ての白い封筒……ラブレターだ。
前の彼氏と別れたの三日前なんだけど……相変わらずどこから嗅ぎ付けて来るんだか。
もう専属の探偵かストーカーがいると思えて来た。
呆れながらも、一応中身に目を通す。
ふむふむ……放課後に体育館裏で待ってます、か。
名前と学年も書いてあるし、少なくとも遊びではなさそうかな?
二日振りの授業をこなしてあっという間に訪れた放課後。
手紙にあった通りに体育館裏に行くと、既に先客がいた。
「初めまして咲里之さん。三年の向居です」
手紙に書かれていた学年と名前とは一致してる。
パっと見は誠実そうだけど、まぁ第一印象としてはそれだけ。
「ども。一応聴きますけど、先輩の要件は告白ってことで良いですか?」
「うん。噂のことは知ってるけど、それでも咲里之さんと付き合いたいと思ってる。不誠実な事はしないつもりだよ」
「ふ~ん……」
先輩にとってどのラインが不誠実に当たるかは判らないけど、周りに出歯亀を企む人の気配も無いし割と本気の告白っぽい。
「えっと、返事はどうかな?」
「ん~っと……ごめんなさい」
「え……」
先が気になっている先輩の促しに、ここに来るまでに決まってた答えを口にする。
成功率が高いと踏んでいたのか、先輩はフラれた事実を飲み込めない表情を浮かべた。
断ったのは先輩が悪いわけじゃない。
むしろいつもなら受け入れてたと思える。
そうしない理由は、こーたに言われた様に交際を休む事にしたから。
まぁそれをそのまま先輩に言っても納得されないだろうから、表向きの理由もちゃんと考えてある。
「──アタシ、気になってる人がいるんです。だから、今はその人以外と付き合う気がありません」
「……そっか。分かったよ」
先輩は全く疑わずに聞き入れてくれて、足早に去って行った。
その切なげな後ろ姿を見送りながら、変に粘られなくて良かったと内心で安堵する。
ビッチのクセに選り好みするなーって逆ギレされる事があったから、先輩みたいに引き下がってくれると悪い事したかなって、申し訳なく思ってしまう。
あるいは、今まで使った事の無かった断り文句が関係しているのかも。
なんで使わなかったのかというと、単に告白の場で嘘を付きたくなかったっていう意地からだったりする。
それを今日使った理由は……アタシを大切だって言ってくれたアイツを好きになったから。
こーたに恋をしている今ならハッキリと言える。
この前までのアタシは恋に恋をしていただけで、初恋すらしていなかったって。
もっと言えば自覚の無いまま目標にしていた理想の人に、こーたを当て嵌めて元カレ達と比較していた。
具体的にいつからとは分からないけれど、こーた本人と付き合ってるワケじゃないんだから長続きしないのも当然だよね。
だから、アタシはもうこーた以外の男子と付き合うつもりは無い。
ハッキリと『好きな人』じゃなくて『気になる人』って言ったのは、少しでも周囲の勘繰りを避けるためだ。
もしこーたが好きだって知られたら、絶対に良くないことになる。
だから誰とは言わずにはぐらかしておく。
いずれこーたの耳にも入るだろうけど、それでもこの気持ちは隠すと決めた。
本当は今すぐにでも帰って告白したいけど、めちゃくちゃ恥ずかしいし何より失敗したくないのが本音だ。
今までの腐れ縁でセフレの関係を積み重ねて来た時間の重さが段違いだから、どうしても足踏みしてしまう。
もし告白してフラれたら立ち直れる自信が無い。
そうならないために少しでも成功確率を上げるべく、こーたに一杯アピールするつもりだ。
お
その間にビッチの噂もマシになってくれたら、学校でも堂々とこーたと過ごせる様になると思う。
後は眞矢宮さんとのことも考えないといけない。
あれだけ綺麗で性格の良い彼女ですらフラれたんだから、普通に考えてもアタシにチャンスがあるのかなって躊躇しちゃいそうだ。
でもそうやって油断していたら眞矢宮さんにこーたを取られちゃうかもしれない。
それだけはイヤ……。
やっと芽生えた恋をそんな形で捨てるなんて出来るはずがない。
色々と考える事だらけで大変だけど、それでもアタシの心には今を楽しもうという余裕があった。
「さてと。快復祝いにこーたの好きなビーフシチューでも作ろっかな~」
こーたの家には二週間ぐらい行ってなかったから、久しぶりに二人で揃ってご飯を食べられるのがなんだか嬉しい。
なんだったらご無沙汰だったしエッチもしたい気分だ。
心より先に身体で結ばれてる今の関係は明らかに歪で複雑だけれども、完全に性欲の捌け口にされていないのはこれまでの付き合いで把握済み。
少なくともこーたがアタシ以外の女子とエッチしてないのがその証拠だ。
むしろその事実に優越感すら覚えてしまって、烏滸がましくもこーたに好かれているんじゃないかって勘違いしちゃいそう。
流石にそんな美味しい話は無いって自制しないと。
調子に乗らず慎重に行くのが大事だもんね。
先の見えない不安は確かにある。
けれど不思議と気分は晴れやかなモノで、足取りはとっても軽くスムーズだった。
家に帰ったらこーたとどんな風に過ごそうか、それだけでワクワクしているからかもしれない。
そんな恋心に身を弾ませながら、アタシは帰路を歩むのだった……。
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第二章完
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※後書き※
ども、青野です!
セフ甘第二章を最後まで読んで下さってありがとうございました!
康太郎と星夏の中学時代を軸に、全体的にシリアス色の強い章となりましたがいかがでしたか?
喧嘩をして仲直りした星夏の心境の変化がどう揺れ動いて行くのか……続く第三章もお楽しみ下さい。
例によってまた書き溜めに入るのですが、今回は一週間にするつもりです。
なので、第三章は4月12日の夜8時から開始します!
しかしながら、更新頻度は3日に1話とさせて頂きます。
執筆ペースとの兼ね合いで、この辺りが自分にあってるかなぁと思った次第です。
完結まで書き切る所存ですので、何卒よろしくお願いします!
ではでは~。
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