#48 友達と羨望
「と、友達……? アタシと?」
「はい。荷科君の事で色々とご協力して頂けるんですよね? でしたら、お友達として力を貸して頂こうかと思った次第です」
「な、なるほど~? でも、え~……」
友達になりたいという私の提案に、咲里之さんは戸惑いを露わにしました。
初対面での険悪ぶりを思えば、そんな反応も仕方がないでしょう。
このくらいは予想の範疇です。
「眞矢宮さんに協力するのは良いけどさ、友達になってもその……」
「学校が違うが故に噂を知らない私と仲良くしていて、同じ学校の人に何か言われないかと?」
「う、うん……」
「気にしませんよ。少なくとも私は噂で人柄を判断する様な人達より、咲里之さんの性格を知っているつもりです」
友達になれない理由を半ば遮る形で告げると、躊躇いがちに首肯されました。
ですが、そんな事は承知の上です。
とはいえ噂に関しては咲里之さんの自業自得な面があるのは否めません。
切っ掛けこそ同情しうるモノですが、その後は彼女自身が噂を裏付けてしまっています。
そこに関しては擁護するつもりはありません。
中学時代は友人に困らなかった彼女ですが、噂によって孤立状態の現在では奇しくも荷科君と立場が入れ替わってしまっています。
数少ない味方であるはずの荷科君も、学校では無関係を装わせている点を考えれば、彼よりも状況は悪いとしか言えるでしょう。
ですが……このままで良いはずがありません。
彼女だって自分の目標を持って生きているのに、男性は性欲の捌け口としか見ておらず、女性は不満の矛先にして無遠慮に傷付け続けている。
そんな状態が続けば、取り返しの付かない事になってしまうのは明白です。
そうなる前に、咲里之さんの痛みを受け止められる味方が一人でも多くなれば良い。
荷科君がまさにその一人と言えます。
友達になれれば……いえ、なれずとも私だって味方でありたい。
「咲里之さんは、私が友達では不服ですか?」
「そんなことない! こんなアタシにシャワーとか貸してくれた眞矢宮さんはいい人だって分かるし、なれるならなりたいけど……」
「それじゃあ良いじゃないですか。私と咲里之さんは今から友達です」
「え、あ、う……うん」
かなり押し売りな感じではありますが、名目上は友達になれたと言えるでしょう。
「さて、それでは連絡先を交換しましょうか」
「うん……」
初対面時に出来なかった事をこなし、ようやく一歩踏み出せた気分です。
自己満足と言われてはそこまでですが、これからの付き合いで信じて貰える様にするしかありません。
明るく社交的に見えて、根っこの後ろ向きな部分は見せないのが咲里之さんの性格です。
そんな彼女が今も耐えられているのは、荷科君が傍にいるおかげでしょう。
約束があるとはいえ、お二人がお互いに支え合っている様子は、ヘタな恋人よりもらしくてどうにも羨ましい限りです。
「ねぇ眞矢宮さん。アタシからも一つ聴いて良い?」
「はい、なんでしょうか?」
連絡先の交換を終えて程なく、咲里之さんからそう尋ねられます。
先を促せば、彼女は少し躊躇いがちに顔を逸らしながら口を開いて……。
「眞矢宮さんは、どんな感じにこーたを好きになったの?」
「え?」
そんなありふれた質問をしたのです。
てっきりもっと重要な話だと思っていただけに、肩透かしを受けた私は素っ頓狂な声を漏らしてしまいました。
「あ、言いたくないなら無理に聴かないよ! ただ気になっただけだし……」
「……いえ、構いませんよ。気持ちも知られている訳ですし、それくらいならお話致します」
「そ、そうなんだ……ありがと」
その反応を見た咲里之さんが慌てながら言葉を重ねます。
驚きこそしましたが嫌では無いと伝えると、彼女は目に見えて安堵の表情を浮かべて感謝を口にしました。
そこから荷科君に恋をした切っ掛けを話し始めます。
無論、ストーカー被害に遭った事も含めて。
流石にフラれた理由は荷科君の気持ちがバレてしまうので、私とは付き合えないという事だけ伝えました。
思えば咲里之さんの過去を一方的に知っているのに、私が荷科君を好きになった経緯を話さないのは不公平です。
何より話した所で、私の想いは変わらないからというのもありました。
そうして一通り話し終えて、聞き届けてくれた咲里之さんの様子を窺うと……。
「良いなぁ……」
空色の瞳がどこか手の届かない、遠い場所を見つめている様な眼差しを浮かべていました。
小さく漏らした呟きから、自分では辿り着けないと感じているのでしょうか?。
それはまるで……恋をしている私が羨ましい様な、そういった風に捉えられます。
ですが咲里之さんは受け身ではありますが、私より恋愛経験は豊富なはず。
普通に考えれば羨望を向けられる理由はないでしょう。
そう、普通に考えれば。
もしかして咲里之さんは、人の好意を信じられなくなっているのかもしれません。
不倫とネグレクトで家庭が崩壊している現状が苦痛なのは、家族として過ごした思い出があるからこそより孤独が強く感じられるのではないでしょうか?
加えて幾人もの男性と破局を繰り返しているのも、決して無関係とは言えないでしょう。
いわば咲里之さんは、人に裏切られ続けていると言っても過言ではありません。
友達になりたいと言った私の言葉にもすぐに頷かなかった事から、疑心暗鬼になっているのが容易に分かります。
そんな彼女が、私の話を通して自身が望む恋が掴めないと感じているなら……思っていた以上に限界が近いのかもしれません。
諦観を含ませている表情を見ていると、無性に胸がざわついて落ち着かない。
「咲里之さん……」
「──制服。もうとっくに乾いてる頃だよね?」
「あ、は、はい……」
「じゃ。着替えたら今度こそ帰るね」
掛ける言葉を探ろうと呼び掛けた瞬間、話題を逸らすためにとってつけた行動を止められず、咲里之さんは部屋を出て行きました。
友達の苦しみを分かち合えない自分の無力さに、心から歯痒い悔しさを感じてしまいます。
唾と共にその無念を飲み込み、長い息を吐いてから咲里之さんの後に続きました。
制服は問題なく乾いていたので、咲里之さんが再び着替えを済ませます。
帰る際に傘を貸す事にはなっていますので、再度雨に濡れる心配はないでしょう。
「色々ありがとーね、眞矢宮さん。今度お礼するよ」
「いえ、あのまま放っておくのは良心が痛みましたから……」
玄関での別れ際に咲里之さんから感謝の言葉が伝えられました。
先程の陰りがあった表情は見られませんが、やはり空元気に見えてしまいます。
だから……。
「咲里之さん」
背を向けて今にも出て行く彼女に、せめて伝えておきたい言葉を投げ掛けたかった。
「──もっと、自分を大切にして下さいね」
「……」
彼女の身も心も、たった一つしか無いのだから。
それが壊れてしまったら、悲しむ人がいるのだということを知って欲しかった。
そんな思いで告げた言葉に、咲里之さんは何も返さないまま私の家を出て行きます。
静寂に包まれた玄関には、シトシトと雨が叩く音しか聞こえませんでした。
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