#47 彼女が彼を助けた理由
「一度助けられた……確かお二人が会話する様になったのは小学三年生頃でしたよね?」
「うん。なんか三年連続で同じクラスになるなーって思って声掛けたんだ」
改めて考えると数回のクラス分けを挟んでも、十年も同じクラスになるなんて相当な確率ですね……。
まるで運命を感じさせられそうです。
そういえば小学生の荷科君がどんな感じだったのでしょうか?
気になりますが、話の腰を折るわけにいかないので口を噤みました。
「知っての通り、アタシの両親が離婚したのが一年後の小四の頃でね。その時のアタシってすっごいヤな子だったんだよね~」
「嫌な子?」
あっけらかんと話す咲里之さんからは想像が出来ず、首を傾げて聞き返します。
それを彼女は『まぁそんな複雑な話じゃないけどね』と前置きして続けました。
「ほら、親が離婚したってことは苗字が変わっちゃうでしょ? それで『咲里之』の姓に変わったんだけどさ、突然名前が変わってもつい前のやつと呼び間違えちゃうよね?」
「あぁ確かに……」
意味合いとしては真逆ですが、女性が結婚して夫の姓に変わるのが良い例でしょう。
大人でもよく起こす間違いですから、容易に想像が付きます。
咲里之さんの場合は小学生が相手ですので、突然苗字が変わって混乱する気持ちも分からなくはありません。
苦笑を浮かべている彼女にも、今となっては無理も無いと理解しているが伝わります。
「だからアタシもよく前の苗字で呼ばれたんだけど、それはアタシとお母さんを捨てたお父さんを彷彿とさせる要因でしか無くて、苛ついてわざと無視しちゃったんだ」
「なるほど……」
仮に私のお父様が不倫して離婚して苗字が変わったのに、眞矢宮と呼ばれたらあんな人と一緒にしないで欲しいと反感しそうです。
想像しただけでも眉を顰めてしまうそれを、実際に経験した咲里之さんの不満は計り知れません。
現に、前の苗字と称して以前の姓を頑なに口にしない事から、彼女の父親に対する嫌悪が見て取れます。
「苗字を呼び間違えただけで無視されるのって、誰が見ても嫌な感じしかしないでしょ? 多分そのままだったら間違いなくいじめの標的になったと思うよ」
「多分ということは、そうならなかったんですね?」
「うん。こーたに助けられたのはまさにその時ってワケ。どうやったと思う?」
そこで荷科君が係わってくるのは、話の流れで予想出来ました。
実際の心境は分かりませんが、友達になった咲里之さんの孤立を防ごうとする辺り、幼くとも彼らしいと内心でときめきます。
一体どんな方法で彼女を助けたのでしょうか?
自ずと耳を傾けて続きを待ちます。
「それはね……。
──今まで苗字で呼んでたのに、アイツはいきなり星夏って呼んだの」
……。
「──……え、それだけ……ですか?」
「うん、それだけ」
満を期して語られた方法に、私は肩透かしを食らいながらも聞き返します。
私の反応が予想通りだったのか、咲里之さんは苦笑いを浮かべながら頷きました。
「でも効果は絶大だったよ。苗字が間違えやすいなら、絶対に間違わない名前で呼べば良いってこーたが率先して実行したおかげで、みんなはそれに倣ってくれたしアタシも反発せず話せる様になったの」
「……」
それは本当に小学生がやったことなのでしょうか?
思わずそんな疑問が浮かんでしまいます。
ですが納得の行く話でもありました。
当時の荷科君はクラスの剣呑な雰囲気とその原因を察して、自ら解消方法を実践した事で解決したのです。
「きっとこーたにとってはなんてことないかもだけど、アタシにとっては間違いなく助けられたワケでさ。それでもしこーたが困った事になったら、今度はアタシが助ける番だって密かに恩返しの機会を窺ってたってのが理由だよ」
流石に暴力沙汰を起こして孤立するなんて問題が
恩返しという理由を知ってなお、やはり身体を許すには足りないと感じてしまうのは、私が咲里之さんの心境を理解出来ないからでしょう。
感じた恩に対してどんな形で返そうかなんて、それこそ個人の価値観次第でしかありません。
少なくとも、咲里之さんは彼と身体を重ねて良いと思う程には感じたと思ったのは分かりました。
そして……そんな関係性のお二人に対する羨望が止め処なく溢れて来ます。
同時に、ここまで歪に捻れ拗れてしまった現状に対するやるせなさも。
問題が起きた時に私がいた所で、何が出来たかなんて傲慢な考えはしません。
それでも……何かしたかったという思いはなくならない。
ですが、それはきっと今からでも遅くないのかもしれません。
恋敵を助ける行為は、きっと非効率だと思われるでしょう。
ましてや相手は、荷科君の気持ちに気付かず他の男性と交際を繰り返す咲里之さんです。
好きな人を振り向かせたいなら、彼女の事情なんて無視するべきかもしれませんが、そんな真似をして荷科君に嫌われる方がもっと耐えられない。
その咲里之さんの事情を知ったからこそ、私はもう彼女を嫌いになれないですし、むしろ報われて欲しいとすら思っています。
咲里之さんを助けることで、荷科君の好感を買うという打算は無きにしも非ずですが、結果的に拗れているお二人のためになるのは確かでしょう。
だから私はそのための一歩を、今ここで踏み出す事にします。
「咲里之さん」
「ん?」
不意の呼び掛けに応じた彼女と顔を合わせ、私は紡ぎます。
「──私と友達になってくれませんか?」
眞矢宮海涼に出来る事を。
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