#46 眞矢宮家にて


 咲里之さんを自宅に招き、早速シャワーを浴びて頂きました。

 濡れていた制服も既に乾燥機に入れていますので、大体二時間もあれば十分に乾くでしょう。


 部屋で集中出来なかった授業の復習をしている内に、咲里之さんがおずおずと入って来ました。

 制服が乾くまでの着替えとして用意した簡素なTシャツとショートパンツは、無事に着用出来た様で何よりです。

 シャワーを浴びて温まった直後なので、頬は仄かに赤く上気していて同性から見ても色っぽく見えました。

 

 少しばかり元気が戻った様に見える空色の瞳には、未だに遠慮の色が窺えますがそこは指摘しないでおきましょう。


「えっと……シャワーと着替えありがとう」

「いえ。あのまま放って風邪を引かれては夢見が悪いですから。着替えもサイズは問題ありませんか?」

「うん。ちょっと胸がキツいけどだいじょ──イィッタァッッ!? なんでおっぱい叩いたの!?」


 狙ってるのか天然なのかは分かりませんが、気付けば私は咲里之さんの胸をはたいていました。

 突然の行動に彼女は驚愕を隠せないまま、自らの身体を庇うように手で大きな胸を覆い隠します。

 なのに全く隠しきれていないので余計に大きさが際立ち、よく見ればTシャツにプリントされている犬の顔が横に広がっていて、私の無い胸の内に一層敗北感が募りました。


「すみません。つい手が出てしまいました」

「そ、そんな憎々しげに謝られても余計に怖いんだけど……」

「どうせ私が羨ましいと言っても『肩が凝る』とか『視界が悪い』なんて、こちらに一生縁の無い不満点を挙げるんですよね? だったら繕うだけ無駄ですから」

「アタシだって好きで大きくなったワケじゃないのに……って、もう一発かまそうと構えないでよ!? 激しく揺れると痛いんだから!!」


 意地でも大きくしたい女子に対する禁句を口にした咲里之巨乳さんに、再度ビンタを放とうと構えた右手を押さえられます。

 そのまま慌てた様子で放たれた言葉が、煮えた腸にさらなる燃料となって投下されました。


「そんな未知の痛覚の話をされて、どうして止められると思ったんですか?」

「ちょ、眞矢宮さん、ストップストップ! その巨乳に対する恨みが怖い!!」


 閑話休題。


 なんだか止め処ない憎悪に身を焼かれてしまいました。

 個人の成長差はどうしようもないのは分かっていますが、やはり羨ましい事に変わりはありません。 

 落ち着いた私の謝罪を咲里之さんは苦笑しながら受け入れてくれたので、胸の話には触れない事にしました。


「えぇっと……なんで、アタシとこーたがセフレってことを知ってるの?」


 一旦の仕切り直しを経て、咲里之さんが躊躇いがちに質問を投げ掛けて来ます。

 彼女を自宅に招こうと説き伏せた際に告げた際に、お二人の本来の関係に言及した事を不思議に思われたみたいでした。

 

「──お二人の中学時代の事を荷科君から聴いたからです」

「えっ!? ってことは……」

「はい。彼が自殺を考えていた事も咲里之さんの家庭の事情も、約束の件についても把握していますよ」

「う~わぁ。なんで話すかなぁアイツ……」


 おおよそは知られていると認識した咲里之さんは、この場にいない荷科君に呆れた様な呟きを漏らします。

 

 咲里之さんからすれば私が好きな荷科君と肉体関係にある事は、極力隠したい要素であるのは容易に想像出来ます。

 実際、彼女はとても申し訳なさそうな面持ちを浮かべていますので、気まずさを感じているのは間違いないでしょう。

 

 ですが……。


「私が無理を言って話して貰ったんです。荷科君を責めないで下さい」

「いや、好きな人の事を知りたいって思うのは当然なんだから仕方ないけどさぁ……正直引いたでしょ?」


 咲里之さんは視線を外しながら怖じ気づいた様に聞き返します。

 きっと自身の行動が非難を浴びるモノだと思っているからでしょうか。

 だとしたら勘違いが過ぎます。


「自殺を考えていた人を止めるなんて生半可な行動では難しいはずですよ。行動の是非はどうあれ咲里之さんが荷科君を助けたからこそ、私は彼と出会えたのですから驚きはしても引くだなんて行為は出来ません」

「……」


 ありのままの感想を伝えると、咲里之さんは目を丸くして言葉を失くしていました。

 中学時代の荷科君がそのまま自殺を敢行していれば、私は彼と出会わずストーカーの好きなようにされていたかもしれないのです。

 そう考えると咲里之さんの行動を、不純だと非難出来るはずがありません。

 

 それに……。


「自分の行いを卑下しては、それで救われた荷科君に対して失礼ですよ」

「あ……」


 話を聞いただけの私ですら思い至る事に、咲里之さんは目から鱗と言った様子で愕然としました。

 それから彼女は唇をグッと噛み締めて……。


「そう、だよね。うん……ホント、なんでそんな簡単な事も分かんなくなっちゃんだろ」


 自分に言い聞かせる様にそう小さく呟きました。

 荷科君にとって紛れもなく好意を持つ切っ掛けの一つが、咲里之さんの中で軽んじられているのは我慢なりませんでしたので、自覚して頂けただけでも十分でしょう。

 

 この認識の差は……彼女が荷科君の気持ちに気付いていないのが大きいのかもしれません。

 無論、指摘はしませんが。

 流石にそこまで塩を送っては、元の不利がさらに覆せなくなります。

 それ以上は何も言わず、私はある質問を聴くことにしました。

 

「質問をしてもよろしいでしょうか? お二人の過去を聴いても、どうしても分からない事があります」

「へ、何?」


 突然の質問にも係わらず、咲里之さんは顔を合わせて先を促してくれました。

 内心で感謝をしつつ、その先を口にします。


「咲里之さんは、どうして孤立していた荷科君に接していたのですか?」

「どうしてって……こーたは腐れ縁で友達で……」

「それにしてはあまりに親身ですよね? ただの腐れ縁かつ友人に経験済みとはいえ自分の身体を差し出すなんて、いっそ恋愛感情があると言われた方が信じられるくらいに違和感を覚えましたが?」

「うっ……だよねぇ……」


 荷科君はあまり気にしていませんでしたが、私はどうしてもそこだけが分かりませんでした。

 偶然とはいえ咲里之さんと話す機会を得た今だからこそ、その疑問を投げ掛ける事にしたのです。

 

 疑念を懐いた理由に、彼女は誤魔化せないと悟ったのか肩を落としました。

 それも束の間で、顔を上げて照れくさそうな面持ちを浮かべます。


「こーたの事だから覚えていないだろうし、言ったところで大した事じゃないって言うかもだから内緒にしてね?」


 口元に人差し指を立てる何ともあざとい仕草と共にそんな前置きをして、咲里之さんは口を開きました。


「実はさ、小学生の頃に一回こーたに助けられた事があるんだよ」


 そう語る咲里之さんの表情は、どこか懐かしげな雰囲気を漂わせていました。


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