#44 セフレでも良いから
星夏に恋をして約束を交わしてからの中学校生活で、俺はケンカをしなくなった。
不良グループは先日のリンチで俺を標的から外したためで、俺自身も心に余裕が出来たから手を出す行為をやめたからだ。
とは言っても周りがそれを知るはずもなく、依然孤立した状態に変わりは無い。
わざわざ自分からケンカをしないと言っても信じられないだろうし、信じてくれているヤツがいるから然程気にならないのが本音だ。
俺の変化は祖父母にも察せられた様で、定期連絡の電話を入れた時に前より声が明るくなったと指摘された。
巧く誤魔化せていたつもりだったが、どうやら見破られていたらしい。
心配させた事を謝りつつ、今度こそ大丈夫だと伝える。
あの夜、星夏に止められず自殺をしていたら、こうして話す事も出来なかった。
改めて彼女に助けられた事柄の大きさを実感させられる。
その際に星夏が振った大木だが、あれから彼女と寄りを戻そうと試みるも玉砕したという。
あまりのしつこさにキレた星夏が俺を呼ぶと脅した程らしい。
勝手に人の名前を使うなとか、変な誤解をされて自分まで避けられたらどうするんだとか、色々と言いたかったがそれで星夏を守る約束を守れるなら良いかと口を噤む。
それに大木はあの夜に俺を突き飛ばした事があったため、その報復を恐れて引き下がったと聞かされた。
そんなつもりは微塵も無いが、結果オーライという事で良いだろう。
一方で俺の恋愛状況だが、あれから一応進展はしていた。
強いて挙げるなら、星夏と同棲している点だろうか。
合鍵を渡してから星夏はかなりの頻度で俺の家に来る様になり、気付けば同棲生活みたいになっている。
学校だけでなく家でも、星夏といられる生活はかなり充実していた。
人気者である彼女と暴力沙汰を起こして孤立している俺が、恋人さながらの同棲生活をしているなんてクラスメイト達は微塵も思わないだろう。
助けられる前の自分に言っても、到底信じてもらえなさそうな事実だ。
名実共に同棲する恋人になろうと、星夏にアプローチを仕掛けるものの思うように行かない。
それもそうだろう。
初恋である事を抜きにしても元から人付き合いが得意じゃないのだから、いきなり上手くいく方がおかしいというものだ。
だが焦る必要は無い。
約束があるとはいえ合鍵を受け取ってくれたんだ。
多少なりとも好感があるのは間違いない……と思う。
ゆっくり時間を掛ければ良いと思いながら、受験勉強が本格化する十二月に入った時だった。
「アタシね、新しい彼氏が出来たの」
「は……?」
俺の家で勉強をしている際、突如として星夏の口からそんな報告を聞かされた。
嬉しそうに告げた星夏とは対照的に、俺は開いた口が塞がらない程に愕然とする。
受験を早くとも二ヶ月後、卒業を三ヶ月後に控えたこの時期に新しい恋人が出来るとは思わなかったのだ。
いや、確かによく考えれば星夏は容姿と性格でモテる。
家以外では一緒にいるわけでは無いから、人気者の彼女が俺以外の男と交流するのは何もおかしくない。
むしろ遠距離恋愛も覚悟で告白したソイツは、告白よりも距離を詰める事を優先している俺より勇気を出したんだと尊敬したい。
それが好きな子を取った相手だとしてもだ。
去年に大木と付き合ったと聞いた時より、精神的なダメージはかなり深い。
一人で泣きたい気分だが、惨い事にここは俺の家で星夏も泊まりが確定している。
つまり泣くに泣けない。
今この場で涙を流さなかっただけでも褒めて欲しいと思う。
というかそろそろ神を恨んでもバチは当たらない気がしてきた。
「あ、大丈夫だよ。約束通りこーたが幸せを見つけるまで傍にいるからね!」
「お、おぅ……」
俺が一向に返事をしなかったためか、星夏は安心させる様な口振りでそう言った。
その優しさが、どんな言葉よりも心にエグい傷を作り出す。
だが俺は星夏を責めない。
どんな形であれ、彼女と一緒に居られる事に変わりはないのだから。
そう思っていたのだが……。
「彼氏に浮気された。別れた」
バレンタインを過ぎた二月下旬、帰って来た星夏の様子がおかしかったので尋ねてみたら、隠しきれない怒りを孕んだ別れ話を告げられた。
なんでも、放課後になってから彼氏を探して校内を歩き回っていたら、自分とは違う女子とキスをしている瞬間を目撃したという。
激情のままに彼氏を振って、今に至る。
率直に言おう。
星夏がフリーになった喜びより、彼女を傷付けたヤツへの怒りが遙かに上回った。
今すぐ殴り込みに行きたかったが、最も忌み嫌う浮気をされた事で星夏の心はかなり疲弊している。
そんな彼女を放って置くなんて出来るわけが無い。
「星夏は悪くねぇよ。見る目の無い向こうが悪い」
「……」
ひとまず落ち込んでいる星夏をそう励ますが、全く効果が無かった。
対人経験の少なさから、どう言葉を紡げば良いのか分からない。
禄に人と関わらず、ケンカに明け暮れていた自分の至らなさに嫌気が差す。
いや、今はそんな事で嘆いている暇は無い。
何とか星夏を元気付けられないだろうかと思案する。
すると……。
「こーた」
「ん?」
「今からアタシとエッチしてくれない?」
「え……?」
星夏から予想もしなかった提案を投げ掛けられた。
どうして急にそんな事を言うのか、困惑して聞き返せない。
「ヤケになってるのは分かってる。でもお願い……それでイヤな事は忘れられるから」
「でも……」
「今だけ彼女だと思ってなんて言わない。こーたの幸せを見つける邪魔になっちゃうもん。だから、どうしても理由が欲しいならセフレとしてアタシを抱いて。こーた……」
それでも震えた声で懇願する星夏を、突っぱねる事なんて出来なかった。
別に好きな子と合法的にセックスが出来る関係に惹かれた訳じゃない。
俺の身体を使う程度で、星夏がまた笑ってくれるなら安いモノだ。
そんな経緯で俺と星夏はセックスフレンドという、歪かつ微妙な関係を築く。
ふと振り返って見れば、腐れ縁でも友達でも片付けられない近い距離なのに、親友でも恋人でもない遠い立ち位置で止まっていた。
加えてセックスフレンドの定義に当て嵌めてみれば、星夏に好意を懐いている俺はセフレ失格だろう。
それでも踏み込んだ一線を後戻りする事は出来ない。
後悔しないかと聴かれれば、どう答えればいいのかは分からない。
ただ星夏が望むならそれで良いと思っている。
そうして実に
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