#27 忘れ物が起こした邂逅


 会長を宥めるのに時間を取られて、学校を出た頃には午後五時半過ぎになっていた。

 陽はもう沈みだしていて、夕陽が少し目に痛いと感じてしまう。


 もうすぐ六月……夏の季節になる。

 去年と全く同じ、とは行かないだろう。

 眞矢宮が色々と仕掛けて来るのは明白だ。

 

 星夏への気持ちは緩む気はしないが、楽しむ気概も持たないと気が滅入ってしまう。

 どうせなら、眞矢宮を紹介する形で友達として三人で行くのも悪くないかもしれない。


 まぁ、眞矢宮は恋敵的な意味で星夏を敵視しそうだが、そこはなるようになるしかないか。


 ──ピリリリリッ!


「っと、誰からだ? ……真犂ますきさんか」


 そんなことを考えていたらスマホが鳴り出した。

 取り出して着信画面にある名前に、思わず苦笑を浮かべる。

 今の時間はまだ喫茶店の最中……このタイミングで電話を掛けて来るってことは、今日も暇らしい。


 内容に関しては、十中八九昨日の早退の罰だろうか。

 星夏を助けるためとはいえ、唐突なのに変わりないしなぁ。

 どれだけ怒っているかハラハラしつつ、電話に出る。


「こんにちわ。真犂さん」

『おう。元気そうだな、康太郎』

「は、はい……」


 電話越しでも怒ってるのが判る……ちょっと恐い。


『早退するとは、よっぽど仕事より大事な用事があったみたいだなぁ?』

「ま、まぁ……早く出たおかげで用事には間に合いました、はい」

『そうかそうか、それは良かった』


 圧が凄い。

 開店時間中に客がいない場合は私語を許してくれるけど、仕事を放り出したりすると途端に怒るんだよなぁ、この人。

 サボりや早退はよほどの理由が無い限り減給の対象となる。

 

 この電話もそれを伝えるために掛けて来たのだろう。


「すみません。減給なら甘んじて受け入れます」

『おう。そうしてくれ……と言いたいところだが、今回はお咎めナシで済ましてやるよ』

「え、どうしてですか?」


 謝罪をしながら罰を受け入れると返すも、真犂さんから無罪放免を言い渡される。

 完全な私情を優先して早退したのに何故と問い返すと、電話の向こうで笑いながら答えられた。


『お前が飛び出して行った後、早退を報せて来た海涼みすずが減給は許してくれって言ったんだよ。荷科はすか君はとても大事な用があるから早退するしかなかっただけで、決してサボりたかった訳じゃないってそれはもう必死にな』

「眞矢宮が……」


 真犂さんから教えられた眞矢宮の擁護に、心の奥に仄かな暖かさが過る。

 あんな話をした後でも裏で助けられるなんて、考えもしなかった。


 俺は眞矢宮の心にある好意を、理解し切れていなかったのかもしれない。 

 形だけ見れば敵に塩を送っている様なモノなのに、自分の有利より俺の心を慮って庇ってくれたんだ。


 彼女の方がよっぽど一途に思えて、自分の気持ちから逃げている俺はなんだか情けなく思えて来た。

 いや、そんなのは分かり切っていたことだ。

 それでも、星夏から振り向かせて見せると公言した眞矢宮は、どうしたって眩しく見えてしまう。


 っと、待てよ。

 昨日俺が早退したんだから……。


「そういえば、昨日は眞矢宮はどうやって帰ったんですか?」

『昨日は客足も全然無かったし、陽が沈んだ頃にあたしが車で送ったよ。だから安心しろ』


 そう聴いて胸を撫で下ろす。

 星夏を助けに行くことばかり神経を向けてて、眞矢宮の護衛の件を失念していた。

 そりゃ真犂さんが怒るのも無理もない。


 とにかくお礼は言うべきだ。


「すみません、ありがとうございます」

『おうおう。海涼のやつ、車の中でずっと康太郎の話ばっかしてたぞ』

「そ、そうですか……」


 改めて彼女の想い強さを突き付けられた気分だった。

 文句というよりは、俺に答えを急かすような感じだ。


『ドキってしたか? したなら早く付き合ってやれよ。じゃないと後悔しちゃうぞ~?』

「付き合いませんって。勝手に人の片想いを終わらせないで下さいよ」


 雨羽会長よりマシとはいえ、真犂さんも結構眞矢宮との交際を推してくるな……。

 何事もそんな簡単に決められたら、今頃星夏への片想いを拗らせてない。

 全くままならない現状に嘆息するばかりだ。 


『……なぁ康太郎。お前って今外にいるのか?』

「え? はい。用があって、ついさっきまで学校に居ましたよ」


 唐突に現在位置を尋ねられ、特に誤魔化す必要も無かったので正直に答えた。

 すると真犂さんが『あちゃ~』と何かをやらかした様な声を漏らす。


 なんなんだ? 


「俺が外にいると何かまずいんですか?」

『いやな? お前、昨日早退した時に学生証を落としたろ?』

「えっ!? あ……本当に無い」


 慌てて制服の胸ポケットを探ると、確かにいつも入っているはずの学生証が無かった。

 真犂さんの言う通り、慌てて荷物を取り出した時に落としたんだろう。


『今気付いたのかよ』

「不用心でした……」


 電話越しなのに呆れた表情をされているのが目に浮かぶ。

 いや本当に不用心だった。


「それじゃ、明日のバイトの時に受け取ればいいんですね」

『いやそうじゃなくてさ、実はその学生証をな、











 。だから康太郎が外にいるってなら入れ違いになってるな~と』

「──え?」


 真犂さんの言葉を聞いた瞬間、俺は心臓が止まったかの様な衝撃を受けた。

 

 眞矢宮が……俺の家に?

 あまりに予想外な出来事に、脳の処理が追い付かない。 


「ま、真犂さん……それ、本当なんですか?」

『おう。あ、でも安心しろよ。ストーカーに襲われないように、人目の多い道順を通れって言い聞かせてるからな』

「いやそれもそうですけど……あぁもう! すぐに行きます!」

『お、おぉ。気を付けて帰れよ?』


 紛れもない真実だと把握し、電話を切って一気に駆け出す。

 ここから家まで徒歩三十分くらい……今走ったところで十分は掛かる。

 放課後になってから二時間が経とうとしている現状、もう間に合わないかもしれないが、それでも俺はアスファルトを蹴って駆け出す。 


 俺と星夏が同棲していることを知っているのは、雨羽会長と尚也だけだ。

 二人以外には言ってないのだから、真犂さんが知らないのも無理もない。


 そして眞矢宮も。

 今まで悩むだけで済んでたのは、星夏と眞矢宮の互いに面識が無かったからだ。

 おおよその人物像だけは俺の口から教えたことがあるが、それでも実際に会う可能性はほぼ無いと思っていた。


 その可能性が、今潰れようとしている。

 眞矢宮が俺に告白したことを言ってしまえば、どう考えても星夏は遠慮して身を引く。

 少なくとも今までみたいに、俺の家に入り浸ることは無くなる。


 そうなったら……星夏の傍に居られなくなってしまう。

 

 イヤだ。

 そんなの、絶対にイヤに決まっている。

 まだ俺は……星夏と離れたくないんだ。 


 心の奥底から溢れる恐怖と孤独感が、体力の消耗と合わさって心臓に痛みを与えていく。

 それでも俺は、がむしゃらに家まで走るのだった……。


 =======


 【星夏視点】


 ──およそ一時間前。


「ふんふ~ん。ふ~ん」


 学校帰りに夕食の食材を抱えながら、アタシはこーたの家まで歩いていた。

 昨日はお風呂場で、我ながら大胆なことをしたなぁ~と思ってる。


 でもそうでもしないと、こーたに助けてもらったお礼を返せそうになかったもん。

 意外と可愛いお願いをされて、思わず笑っちゃった。 

 その後にアタシもムラムラしちゃって、結局最後までシちゃったけどね。


 それにしても、こーたは一向に彼女を作らないなぁ。

 確かに目付きはちょっと悪いけど顔はクールな雰囲気で整ってると思うし、無愛想だけど冗談を言い合えたりして付き合いやすいし、結構良い男なはずなんだけど……。


「アタシと一緒にいるのは勿体ないよねぇ……」


 原因があるとしたら、もしかしたらアタシなのかな?

 そりゃ約束があるから簡単に離れるつもりはないけど、こーたはあまり恋愛に積極的になろうとしない。

 

 それともアタシのことが好き?

 ううん、それはないか。

 身体の相性は良いけれど、こっちの我が儘でエッチしてるだけだし、アイツにとってアタシは命の恩人でセフレでしかない。


 じゃあ好かれたいかって言われるとどうなんだろ?

 まぁアタシみたいな色んな男子とエッチした女子なんて、恋愛対象になるわけないか。

 

 最近になって、こーたのことが好きっぽい子の話をきくし、その子と良い感じになれば大丈夫だよね。


 うん……こーたが自分の幸せを見つけられたなら、アタシが傍にいる必要もなくなる。

 寂しくなるけど、そういう約束なんだから仕方がない。


 そこまで考えていたら、家が見えてきた。

 鞄から鍵を取り出して開ける準備をして……部屋の前に知らない女の子が立っていることに気付く。

 中に入るならどいて貰わないと行けないから、アタシは声を掛けることにした。 


「あの~家に何か用ですか?」

「え、あ……申し訳ございません。実は落とし物を届けに……」


 質問に反応した女の子がこっちに顔を向けて……目を大きく見開いた。

 それはアタシも同じだ。

 だって目の前の彼女は、テレビでも見たことのないくらい綺麗な子でビックリしたんだから。


 腰まで届いた黒い髪に白いリボンを着けていて、桃色の眼はピンクパールみたいに透き通っている。

 顔立ちはもちろん、佇まいからして育ちが良いと判った。

 着ているセーラー服は確か、私立の女子校の制服だったはず……可愛い制服だったからすぐに思い出せた。


 こんな綺麗な子が、どうして家の前に立ってるんだろう……。

 

 訳の分からない状況に戸惑いを隠せないでいると、女の子は一度深呼吸をしてからジッとアタシを見つめる。

 その眼差しを見た瞬間、否応なしに緊張してしまう。

 何だか敵意を向けられている様な気がして、余計に困惑しているのもある。


 どうしたら良いのか分からないまま、女の子は口を開く。


「初めまして。私は眞矢宮海涼と申します。バイト先での同僚の荷科康太郎君が忘れ物をしていたので、それを届けにこちらまで来ました」


 ======


 第一章、完。

 

 次章に続く。

 

 ======

 

 ※後書き※


 どうも、青野です。

 この度は本作【セフ甘】を一章の最後まで読んで下さってありがとうございます!

 早速二章公開……と行きたいのですが、生憎とストックが心許ないんです。


 なので、二章の開始は少し時間を置く必要がありまして、しばらくお待たせすることになりました。

 ごめんなさい(´-ω-)人

 

 早くて三月中くらいは公開出来る様に頑張りますので、引き続き応援の程よろしくお願いします!

 以上後書きでしたー。

 ではでは~。

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