#25 苦手な協力者へ報告


 海森が起こしたレイプ未遂騒動の翌日。

 関わるなと脅しはしたが、念のために一日中警戒した結果、どうやらヤツは大人しくしているらしい。

 このまま星夏を諦めて欲しいものだ。


 とりあえず危機が去った事に安堵しつつ、今度は別の不安が押し寄せて憂鬱な気分になる。

 今回はあれだけ手を貸してもらった以上、放課後にはお礼と報告も兼ねてあの人の元へ向かわなければならない。

 眞矢宮の件もあるし正直行きたくないのだが、行かなかった場合の報復を想像すれば、行った方がまだマシだと自ら鼓舞する。


 そうして考えている内に、俺は目的の場所に着いていた。

 

 ──生徒会室。


 この中にいるのは尚也から聴いている。

 現にこうして一人で来ているのも、向こうから呼び出しがあったからだ。

 

 深呼吸をして、ノックをしてから生徒会室のドアを開ける。


「失礼します」


 挨拶をしながら入室して、部屋の奥にいる人物へ視線を向ける。


 その人には一人の女子生徒が生徒会長の机に腰を掛けていた。

 青みがかった長い黒髪を後頭部に束ねてポニーテールにし、黄緑の瞳は切れ長でありながら美麗さを感じさせられる。

 端正な顔立ちと女性らしい体付きを持ちながら、星夏と違って男女共に人望溢れるカリスマから絶大な人気を持つ。

 

 八津鹿やつしか高校の生徒会生徒会長、雨羽あまはね霧慧きりえ


 三年生の先輩で俺と星夏の関係を知る数少ない人物で、海森を脅した時の写真を含めて様々な形で俺に協力してくれているのだ。

 ついでに言うと、尚也の彼女でもある。


「こんにちわ。こうして顔を合わせるのは久しぶりね、康太郎君」

「俺は出来れば会いたくなかったですよ、雨羽会長」

「あら、つれないのね」


 さも寂しかった様に告げられ、ついイラッとしながら嫌味で返せば、ノリが悪いと言わんばかりの面持ちで肩を竦められる。

  

「私を前にして会いたくないなんて、キミって本当に星夏ちゃんに惚れ込んでるのね」

「そんな分かり切ったこと、改めて言う必要あります?」

「動揺もしない。ホント、そこまで好きなのにどうして告白しないのか謎だわ」

「それも改めて言う必要は無いですよね」


 客観的に見て雨羽会長の容姿がずば抜けているとは思っている。

 だが俺からすれば星夏が一番であり、何よりこの人が苦手なのだ。


「俺に報せるまでもなく、会長なら助けられたでしょうに」

「あら、私だってか弱い乙女なのよ? それにどうせ頼るならポッと出の彼氏なんかより、絶対に星夏ちゃんのために動くキミなら助けに行くと信じて伝えたんだから。だから──」

「その件に関しては一応感謝してますよ。海森はあの後どうしました?」


 さりげなく誘導を躱しつつ、本題の一つを切り出す。

 さっさと話を終えないと鬱陶しいことこの上ない。

 そんな態度をしている俺に、雨羽会長からジト目を向けられるが無視する。


 やがてため息を吐いてから、にっこりと笑みを浮かべ出す。


「海森には強制性交等罪未遂及び脅迫罪で訴えられた場合、それによって発生する慰謝料の金額を提示して、改めて星夏ちゃんに関わらないと約束させたわ。もちろん反故した際の違約金の話も解説済みよ」


 と、笑顔でそんな恐ろしいことを言ってのけた。

 俺より酷い脅し方に頬が引き攣りながらも、今度こそ騒動が片付いたことに安堵する。


 雨羽会長は母親が検事で父親が弁護士のサラブレッドで、彼女自身も司法に関わる仕事に就くために司法試験の予備試験を合格した傑物だ。

 卓越した情報収集力と交渉力で以て、学校のトラブルを幾つも解決して来た。

 生徒会長というポストに就いてからは、その手腕はより手広く振るわれている。


 俺に協力してくれているのもその一環だ。

 

「それと星夏ちゃんを見捨てた元カレの男子生徒も、きっちりと釘を刺しておいたわ」

「そっちはどうでも良かったんですが……」


 星夏も特に引き摺っていなかったから、今言われるまで忘れてた。

 意味があるか分からないアフターケアに戸惑いを隠せずにいると、雨羽会長は机から腰を離し、ゆっくりと俺の元に歩み寄って来る。


「ここ最近、星夏ちゃんに言い寄る男の質は酷い有様だわ。このままじゃあの子の望みから遠退くばかり……だからね、康太郎君」


 そこで彼女は言葉を句切り、俺の顎に人差し指を添える。

 

「いい加減、星夏ちゃんのパートナーになるために告白しなさい。でないと、そう遠くない内に手遅れになってしまうわよ」

「……」


 その言葉に俺は隠すこと無く、不満から顔を歪ませる。

 

 俺がこの人を苦手としている理由は、こうして事ある毎に星夏へ告白することを勧めて来るからだ。

 初めて会った頃から雨羽会長には、星夏の恋人に俺が相応しいと思われている。

 そう言われて嬉しくない訳では無いが、鬱陶しさの方が勝るのが実情だ。


「……それ、返事が変わらないって分かってて言ってますか?」

「可能性がゼロじゃなければいくらでも言うわよ。今回の件だって、キミが星夏ちゃんの恋人になっていればすぐ傍で守れたじゃない。また同じことが起こらないとは限らないでしょう?」

「それは……」


 指摘された内容に言い返せず、視線を逸らす。

 こうやって人の矛盾をチクチク刺して来るのが不快だ。

 

 星夏を想っているなら行動しろというのは正論だし、俺だって出来るならそうしたい。

 けれど……。


「俺は……星夏の恋人には相応しくありませんから」

 

 恋愛対象として見られてない以上、どれだけ俺の気持ちが強くなったところで一方通行では意味が無い。

 意識されようと試みた時期はあったが成果が実った試しは無いし、もし意識されているならセフレの関係になっていないだろう。


「平行線ね。キミ、好きな子と肉体関係の現状に満足しているのかしら?」

「してる訳じゃないですけど、してないって言っても嘘になりますかね。星夏といられる時間は何をしても幸せなんで」

「そこはハッキリと言い切るのね……全く、関係の複雑さからどうにかしないとダメなのかしら」


 雨羽会長は手の掛かる子供を見るような眼差しを向けて来るが、俺としては本当にそうだとしか言い様がない。

 好きな子と一緒にいられる……その間に何を話そうが何をしようが、その事実以上に得られる幸せは無いと思う。


「その気持ち自体は分からなくも無いけど、私としてはキミと星夏ちゃんには恋人になって欲しいわ。そうすればすぐにでもあんな下劣な噂を払拭してやるわよ」

「出来たら俺が星夏と付き合わなくてもそうして欲しいですけどね」

「出来たら、ね。少なくとも星夏ちゃんが理想の相手を見つけない限りは、どんなに消しても沸き上がって来るから無理と言わなかったかしら?」

「……」


 半ば俺を不甲斐ないと責め立てつつ、噂の払拭が困難であることを指摘される。

 

 雨羽会長は個人的に星夏を好意的に想っていて、本音では友達になりたいと言ったこともあった。

 だが生徒会長の彼女が悪評の尽きない星夏と交友関係を結んだら、星夏にさらなるやっかみが飛ぶ可能性が高い。

 それを避けるために意図的に距離を取っているのだ。


 厄介な噂を消す算段は幾つか付いているようだが、いずれも実行に移すためには星夏自身が素行を改める必要があった。

 理想が叶うか、理想を諦めるか……現状では後者は望めそうにないが。

 なので前者を最も綺麗に納めようと、俺を恋人役として推しているのかもしれない。


 そう考えていたら、雨羽会長が生徒会長の席に座り直す。

 机に肘を付いてどこかで見たことのあるポーズのまま、俺をジッと見つめる。


「後はそうね……眞矢宮まやみや海涼みすず。随分と熱心に好かれてるみたいね~?」

「うっ……」


 う~わ、ここで来るかぁ~……。

 絶対に訊かれるとは思ってたけど、このタイミングだとは思わなかった。

 

 言外に込められた圧に肩身狭い思いをしながら、先の言葉に耳を傾ける。


「私立の女子校に通う二年生で、校内では優等生として多くの生徒の憧れの的になっている。康太郎君とはバイト先の同僚で、約一ヶ月前にストーカー被害に遭った時にキミに助けられて以来好意を懐かれている……調査結果を端的に纏めるとこんなところね」

「……」


 ……やべぇ、開いた口が塞がらない。

 

 学校のこととかはともかく、報道されていないストーカーのことや、好意を向けられてることも知られてるし。

 幸い告白の件は知られて無いが、積極的になっている眞矢宮のアプローチが明らかになれば、それも芋づる方式にバレる可能性が高い。

 彼女の存在がここで言及されたのは、テスト明けの打ち上げで智則から尚也に知られたためだ。

 

 情報収集のために彼氏すら利用するのはどうかと思うが、その彼氏がノリノリで協力しているので質が悪い。

 だからイヤだったんだよ……。


「他校の女子高生の情報も集めたんですか」

「当然よ。まぁ、正直頭を抱えたくなるわね……」

「雨羽会長でもそんな気持ちになるんですね」

「当事者のキミ程じゃないけれど……えぇ、





 そんな少女漫画みたいな展開をされて、どっちを応援すれば良いのか悩んでしまうわ」

「オイ」


 本当に俺の気持ち程じゃねぇのな。


 察しているだけでもまだ良い方だろうが、筋違いの恋愛脳振りに苛立ちが沸いてしまう。

 思わず怒気を含んだツッコミで返したものの、彼女は肩を竦めておどけてみせる。


「冗談よ。星夏ちゃんを応援するに決まってるじゃない。だから早く告白しなさい」

「だからその気はありませんって。……もののついでに訊きたいんですか、眞矢宮を狙ってるストーカーについて何か知りませんか?」

「ついでとは酷いわね。ストーカーの方も探ってみたけれど、残念ながら有益な情報は無いわ。厄介な慎重振りで警察の捜査も難航しているみたいよ」

「クソッ……」


 眞矢宮のことを探られたなら、ストーカーを放っておかないだろうと思ったが、会長の情報網にも引っ掛からなかったようだ。

 厄介極まりない厄介さに舌打ちしてしまう。


「はぁ……キミも大概お人好しよね。片手間になってしまうけれどストーカーの情報には目を光らせておくから、先に対価の方を支払ってもらって良いかしら」

「……ありがとうございます」


 俺の反応から、眞矢宮のために動いてくれるらしい。

 こちらから言わせて貰えば、雨羽会長も中々のお人好しだ。

 そんな心情を察したのかは分からないが、彼女は改めて俺に視線を向け……。


「それじゃ話して貰おうかしら。ふふっ今日も期待しているわよ」


 そう笑う雨羽会長は、実に楽しそうだった。

 

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