#23 一緒に帰ろう


 間一髪のところで間に合って良かった。

 バイト先から学校まで徒歩十五分くらいの距離があったが、体育の授業でも滅多にしない全力疾走で走った結果、五分で駆けつける事が出来たのだ。

 なんだかんだで不良時代で培ったモノが活きてるのは皮肉だが、それで星夏を助けられるならいくらでも使ってやるさ。

 

 そんな内心はさておくとして、星夏に鞄を預けながらさっき殴り飛ばしたばかりの海森を見やる。

 

 ヤツは俺の存在を認識するや否や、立ち上がって威嚇する様に金属バットを右手で構えた。

 空いている方の手には、星夏が持っていたはずの俺の家の合鍵がある。

 を思い返しても、海森が鍵を盾に星夏を脅迫していたのは明らかだ。


 ──なら、躊躇う必要は無いな。


「お前……今『こーた』って呼ばれたよな……? あぁそうか。テメェがか……」

「……」


 邪魔をされたからか、海森は怒りを露わにして俺を睨み付ける。

 一度、屋上で顔を合わせたことがあったはずだが覚えていないらしい。

 まぁどっちだろうと今は関係ないが。


 武器を持って優位に立っているつもりだろうが、こっちはバットなんてケンカで飽きるくらい見てきたんだ、恐れる理由はどこにも無い。


「良くもオレの星夏を誑かしてくれたな? こんな鍵まで渡して……せこい真似して星夏の気を引こうって魂胆が見え見えなんだよ」


 せこいのはどっちなんだか。

 確かに鍵を渡したのは星夏に対する好意あってだが、それは寂しがり屋なアイツが笑える場所を作りたかったのが一番の本音だ。 

 それに……星夏は誰のモノでも無い、強いて言うなら彼女自身のモノだろう。

 尤も、それを教えてやる気と義理は微塵もないが。

 

「お前みたいな童貞が星夏を抱くなんて百年早いんだよ。一生縁の無いクソ陰キャに、俺が星夏をどれだけ喘がせてたか教えてやろうかぁ?」


 二回半擦っただけで終わるような早漏が何言ってんだ。

 あぁそういえばコイツは、星夏が喘いでたのが演技って知らないんだったか。

 

 なるほど、確かにこれは自分の事しか考えてないのが分かる。

 むしろよく一度でも星夏と付き合えたなと思えるくらい滑稽だ。


「後な、お前と星夏が釣り合うわけねぇだろ。もっと常識的に考えろや」


 そんなことは俺が一番理解しているし、言われるまでも無い。

 でもそれはお前だって同じだ。

 

 特に……星夏を傷付けて泣かす様なヤツは。


「おい何とか言えよ。ビビってんのか?」


 一方的に話し掛けていた海森だが、俺が全く返事をしない事に訝しみ出した。

 ビビってる?

 まさか、そんな訳ないだろ。

 そもそもコイツはとんだ思い違いをしている。


 ──俺は今、お前と言葉を交わす余裕すら無いくらいにキレてるだけなんだよ。


 その勘違いが可笑しくて、思わず口端が笑みを作り出していた。


「っ、何笑ってんだクソが! スカしてんじゃねぇぞ!!」


 それが逆鱗に触れたらしい。

 海森はバットを振り上げて俺に殴り掛かって来た。


 ──遅い。


 真っ先に頭に浮かんだ感想がそれだった。

 大きく踏み込んでからバットを持っている右の手首を掴んで動きを止め、動揺した隙に無防備な鳩尾に向けて渾身のボディブローを放つ。


「ご、ぁ……っ!?」


 たったそれだけで海森は合鍵とバットを落として、両手で腹を抱えながらその場に蹲った。

 運動部で鍛えてるだけあって、嘔吐を耐えるくらいには頑丈らしい。

 どうでもいい感心をしながら鍵を回収して、ついでに拾ったバットを海森に向ける。


「ぃ……ひっ!」


 武器のバットと盾の鍵を無くした海森は、全身を震わせながら怯えていた。

 さっきまでの威勢はもうどこにもない……典型的な見掛け倒しだったな。


「ひ、ひ……」


 自分が歯牙にも掛けられていないと知り、海森は言葉すら発せず怖じ気付いていた。

 しかしこれだけではまだ足りない。

 徹底的に叩き潰さないと、星夏に何かしら報復する可能性がある。

 

 俺はポケットからスマホを取り出し、ある画像を開いてから海森に突き付けた。


 それは……ヤツが星夏を脅して、今にも咥えさせようとしていた写真だ。

 これならいくらビッチの噂がある星夏でも、海森の方が加害者として認識されるだろう。


 全く、あの人は本当に抜け目が無い。

 仮に俺が間に合わなかったとしても、何かしらの手段で星夏を助けていたかもしれないな。

 まぁこの写真が無かったら、きっと海森を半殺しにするまでボコボコにしてただろうし、星夏が見てる前でそんな事はしたくなかったから結果的には手間が省けた。

 

 写真を見た海森が明らかにビビってるから、脅しは効いているようだ。

 

「これをバラ撒かれたく無かったら、今後二度と星夏に近付くな」

「わ、わかっ……た……」

「ならさっさと消えろ」


 バットを降ろしながら顎で指図すると、海森は未だ痛むらしい腹を抱えたまま教室を出て行った。


 後はあの人に任せて良いだろうと肩の力を抜き、ジッとしていた星夏に向かって鍵を投げ渡す。


「わ、ちょ、投げないでよ」

「キャッチ出来たんだから良いだろ」


 鍵一つで海森の言いなりになろうとしたなんて、どれだけ大事にしてくれているのか伝わって、正直嬉しくて仕方がない。

 そんな気持ちは口にせず、星夏に預けていた鞄を受け取ろうと歩み寄った時だった。


「──っと……?」


 星夏が抱き着いて来た。

 突然どうしたと一瞬慌てるが、よく見ると全身を小さく震えさせている事に気付く。

  

 それもそうだ、星夏は海森に脅されてイヤな思いをたくさんしたんだ。

 脅威が去ってようやく安堵したんだろう。

 彼女の心情を察して、俺は何も言わず少しでも気持ちが楽になる様に頭を撫でながら、落ち着くのをジッと待つのだった。


 ======


 星夏が落ち着いた時には陽は沈んでいて、間もなく部活動も終わる頃合いだった。

 学校を出て家まで並んで歩く中、彼女は俺に顔を向けて口を開く。


「助けてくれてありがとね、こーた」

「あれくらいどうってことねぇよ」


 感謝の言葉に気にするなと返す。

 星夏が無事なら、俺自身の疲労なんて気にしない。

 

「それで? 一人で逃げた彼氏はどうするんだ?」

「さっきバイバイってメッセージ送ったよ。見捨てられても付き合えるほど、アタシも甘くないし」

「まぁそりゃそうだよな」


 バットを持った運動部相手に立ち向かえなんて、自分を盾にされても言わない辺りが精一杯の情けってところか。

 普通なら罵倒の一つや二つ言うだろうに……。

 まぁ星夏自身、逃げても仕方のない状況だと認識しているのもあるのかもな。


「こーたこそ、バイトの途中で抜けて来たっぽいけど大丈夫なの?」

「あー……早退するって言ってあるけど、多分減給されるだけでクビにはならないから大丈夫だと思う」

「ふぅ~ん……それにしても、アタシが海森に襲われてるってどうやって分かったの?」

「……気になるか?」

「気にならない方がおかしくない?」

「だよなぁ……」


 我ながらよくあんな漫画的な間に合い方をしたなと思うが、それは星夏も同様みたいだ。

 

 むしろ自分に都合が良すぎて疑っている。

 そんなある意味で持って当然の疑問に俺は……。 


「念のために掛けておいた保険が利いたんだよ」

「何ソレ。思いっきり誤魔化す気じゃん」

「悪いが秘密にするのが助力を得るための条件なんだ。少なくとも星夏の味方なのは保証するよ」

「う~ん……じゃあ、そういう事にしておく」


 渋々と言った感じだが、追及を止めてくれた。

 本当は話してあげたいけど、星夏には内緒にしてくれって言われてるんだよなぁ。

 

 多分、名前を教えただけでも、彼女には盛大に驚かれるだろう。

 それだけうちの高校では有名な人なので、悪評が纏わり付いている星夏とは立場上、表立って関われないのだ。

 

 その代わり、身近にいる俺に色んな情報を回してくれている。

 今回間に合ったり、海森を牽制する写真もその一環というわけだ。

 ……もちろん対価を支払う必要はあるので、それだけが唯一の不安だったりする。


「じゃあさ、今度その人にお礼を伝えてくれる?」

「あぁ。それくらい構わねぇよ」


 ともかく、今はこうやって星夏と一緒に帰られる機会に感謝しよう。

 そうして談笑をしながら、俺達は帰路を歩いて行くのだった……。






























「──荷科君と……あの人は誰でしょうか……?」


 

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