#21 元カレの襲撃
【星夏視点】
「隙を衝いて~……ぶっ飛ばしー!」
「うわ、やられたー!」
放課後の教室で運動部の掛け声をBGMに、アタシは付き合いたての彼氏とゲームで遊んでいた。
こーたの家でたまにやるから、デート代わりにゲームをするのは嫌いじゃない。
出掛けたりするのもいいけども、こうやって一緒に過ごす時が一番気持ちが落ち着く。
「咲里之さんって強いね」
「たまにやるくらいだけどね~。それとも弱い方が良かった?」
「ううん。張り合いがあって楽しいよ」
新しい彼氏の
噂でアタシの事を聞いて、実際に顔を見て一目惚れしたらしい。
告白の時に噂は本当だって知って、失望したと思いきやそんなの気にしないって言われたのは純粋に嬉しかった。
生憎と付き合った時期がテスト期間前だったから、今日まであまり一緒にいられなかったけど、その鬱憤を晴らすようにこうして遊んでいる。
それにしても、ゲームに熱中してていつの間にか教室にはアタシ達二人しか残ってないや。
夕方の教室で二人きり……うん、シチュエーションとしては悪くない。
河瀬君はキスも躊躇うくらいの奥手だけど、アタシとしてはがっつかれるよりゆっくりの方が良い。
その点だけでも、海森より全然付き合いやすい。
まぁ、その海森が今の悩みの元なんだけれど。
アイツは別れたのに未練があるのかずっとやり直そうって言い寄って来て鬱陶しい。
一回付き合ってダメだったのに、二回目なら上手くいく確証があったのかな?
どっちにしろ同じ相手と付き合う気は無いし、今のアタシの彼氏は河瀬君だ。
もう放っておいて欲しい。
「咲里之さん? 何か考え事?」
「あ、ごめんね。元カレがしつこいって話したでしょ? 今日はまだ何もして来てないけど、それがなんか不安でね……」
思考に耽っていたら河瀬君に心配を掛けちゃった。
慌ててその事を謝りつつ、胸の内にある不安を打ち明ける。
すると、河瀬君が真剣な面持ちでアタシの手を取りながら言ってくれた。
「大丈夫。いざとなったら僕が盾になるから」
「あははっカッコつけて怪我をされるのはちょっとイヤかな~?」
「うっ……」
「でも、ありがと」
「……」
頼りないながらも精一杯頑張ろうとする姿は良いと思う。
願わくば、彼も元カレ達と同じようにアタシの身体だけを求めるようにならないで欲しい。
そう密かに願った時だった。
──ガララッ!
唐突に教室のドアが開かれて、反射的にそっちへ顔を向けて……表情が強張った。
「よぉ~……星夏。迎えに来たぞ~?」
「……何の用なの、海森」
やって来たのは背中に細長い袋を背負いながら、ニタニタと妖しい笑みを浮かべる海森だった。
復縁を認めた記憶は無いのに、彼氏面で迎え来たなんて宣う彼を睨みながら用件を訊ねる。
「なんだよ、一緒に帰ろうってだけじゃねぇか」
「はぁ? アタシとアンタの家は正反対でしょ? そんなの無理に決まってるじゃん」
「おいおいつれないこと言うなって」
思い切り拒絶されたにも関わらず、海森は手の掛かる彼女を持って大変みたいな事を口走る。
あぁもう本当にしつこい、日本語で喋ってるのに話が通じなくてイライラするなぁ……。
そんなアタシの心情も知らず、海森が徐々に近付いて来る。
「や、止めて下さい……咲里之さんが嫌がってるのが、わわ、分からないんですか?」
「は? 何お前?」
にじり寄って来る海森に対して、河瀬君が怖がりながらも呼び止めた。
対して向こうは、今になって彼の存在に気付いたみたい。
呆れた……どんだけ自分の都合でしか物事を見てないの?
付き合ってた時と何も変わらない海森に、別れて正解だったかもと感じた。
尤も、この現状に限っては裏目に出ちゃってるんだけども。
「ぼぼ、僕は咲里之さんの彼氏だ! 彼女を守るのは彼氏として当然だ!」
「ぶっはは! マジかよコイツ。星夏がお前みたいなのと付き合うわけねぇだろ」
「それはアンタの方だっての……」
何が面白いのか、海森は笑い声をあげながら河瀬君を侮辱する。
あまりにも失礼な言い草に、堪らず反論を飛ばす。
けれども海森は表情を戻すどころか、より笑い声を強めてより不気味に嗤う。
何が可笑しいのか訝しんでいると、背負っていた細長い袋を開けて……。
「星夏はオレのだ。陰キャは大人しく日陰で過ごしてろよ」
「「──っ」」
中から金属バットを取り出して、高圧的に脅しを掛けて来た。
ちょっとコイツ本気……!?
たかが元カノと寄りを戻したいだけで、金属バットを持ち出すとか正気の沙汰じゃない……。
本気で海森の考えてる事が分からなくて、まるで人の姿をした怪物みたいに見えて仕方が無かった。
あまりの恐怖に、鞄を持ったまま後退りをする。
このまま後ろに下がっても黒板の前で行き止まりだから、タイミングを見計らって入り口の方へ走らないといけない。
同じ事を考えているのか、河瀬君も並んで後退していた。
横目で見れば、彼も顔を青ざめさせてる。
それもそうだよね、こんなヤバいヤツは恐いに決まってるよ……。
「……さ、咲里之さん」
河瀬君に呼ばれて、何って返すより先にそれは早かった。
「──ごめん」
「ぇ……」
気付けばアタシは入り口とは反対の方へ突き飛ばされていた。
誰に?
……河瀬君にだった。
自分の事なのに、視界は何故だかスロー再生みたいにゆっくりと動いていく。
それは本当に一瞬の事で、一目散に逃げる彼の背を見ることすら叶わなかった。
「──っ、あぅっ!?」
バランスを崩して倒れたせいで、両腕で抱えていた鞄を落としちゃった。
ジッパーも閉められてなかったから、中の教科書とか化粧品が床に散らばってる。
でも動揺しているアタシには、それを拾う余裕が無い。
だけど何が起きたのかはハッキリと理解している。
守るなんて言っておいて、あっさりと見捨てられた。
ただそれだけ。
付き合いが短いせいか、思っていたよりショックは大きくない。
けれども、アタシの心は確かに傷付いていた。
「ッハ。逃げるくらいなら最初から人の女に手ぇ出すんじゃねぇよ」
「──っ!」
「おっと逃がすわけねぇだろ? 久しぶりにヤろうぜ星夏」
「っ、ヤダ、放して!!」
目を離した隙に立ち上がって逃げようとしたけど、海森に腕を掴まれてしまう。
振り払おうと腕に力を込めても、男子の力──ましてや運動部相手──には無力だった。
自分の非力さに怒りすら沸いてきそうだ。
「せっかく邪魔者がいなくなったんだから大人しくしろって……ん? なんだこれ?」
それでも諦めず抵抗するけれど、海森がアタシの鞄から落ちたモノを踏んだみたいで、手を掴まえたままそれを拾い上げた。
何勝手に人の物を漁ってんの……そんな不満は拾われた物を見た瞬間、言葉にならず霧散する。
何も財布とかスマホが拾われた訳じゃない。
むしろ個人的にはそっちの方がマシに思えるくらい、コイツが拾ったのはアタシにとって大事な宝物なのだから。
それは何の装飾も無い至ってシンプルなデザインで、使い込んでるから銀色のメッキが少し剥げて不格好になっている小さな鍵だ。
ただしその鍵はアタシの家の鍵じゃなくて、かと言って金庫の鍵でも無い。
でも他の鍵と間違えないように、その鍵には百均店で買った名札で印を付けていた。
「鍵……? しかも『こーた』って誰のだ?」
「ぁ……」
海森が拾ったのは、よりにもよってこーたの家の合鍵だった。
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