#20 一方通行な恋心とSOS


 バックヤードの休憩室にあるソファに寝かせていた眞矢宮は、十分くらい経って目を覚ました。

 それまで椅子に座って眺めていたスマホをテーブルの上に置き、容態を見るべく顔を上げる。

 起きて俺と目が合うや否や、彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべて頭を下げられた。


「す、すみません。色々気持ちが昂って気絶してしまいました……」

「後遺症とか無いなら良いんだが……まぁ俺がさっさと離れたら良かったんだけどな」


 気絶する前後の記憶はハッキリと覚えていた様で、肩を小さくして謝られた。

 彼女からすれば好きな異性に抱き締められたのだから、平静でいろという方が難しいだろう。

 それに俺も変に固まって行動が遅れていた。

 星夏一筋だの言っておいて情けないと反省するばかりだ。


「そ、そんなことはありません! むしろ、その……荷科君に抱き締められたと解った途端に、幸せの過供給でパンクしただけですから……」

「へ、へぇ~……」

 

 しかし、眞矢宮は顔を赤くしながらも嬉しかったと口にする。

 たったあれだけで幸せ過ぎると言い切るなら、それ以上だとどうなるかちょっと恐くて聞けない。

 ともかく、大事に至っていなくて何よりだという事にしておこう。


「まぁ早めに多めな休憩が貰えたし、結果オーライってことで」

「ふふっ、少し申し訳ないですがお言葉に甘えさせて頂きましょうか」


 話題の逸らしついでにそう言えば、案外ノリの良い返事で同意された。

 眞矢宮の真面目さは融通が利くタイプだから、付き合い易くて助かる。

 

「眞矢宮はテストの手応えはどうだった?」

「はい。自己採点した限りでは、二問程ミスが発覚して悔しかったです」

「学校が違うから同じとは言えないけど、サラッと凄いこと言うな……」


 配点の大きい問題でなければほぼ満点と言っても良いだろうに、自慢するどころか自らの至らなさを悔やむなんて、中々出来る事じゃないぞ。

 俺が告白を振ったことが後を引いているかもしれないのに、責めずに反省する辺りが彼女の人柄の良さが表れている。

 

「そういう荷科君はどうだったんですか?」

「全教科で八十五点以上はあるかな。二年生になって難易度が上がった事を思えば、まぁ良い方だとは思うぞ」

「それなら良かったです!」


 それに相手の成果と比較する事なく、素直な称賛を送ってくれる。

 本当に優しい性格をしていると思う。

 女子校だから解らないが、共学校だったら間違いなくモテるだろうなぁ。

 

 ……そう思うと、彼女からの告白を断った俺は全男子に殺されそうだ。

 ある意味、眞矢宮が女子校に通っていて良かった……。


 内心でそんな無意味な安堵をしていると……。


「荷科君」

「なんだ?」


 不意に眞矢宮から呼び掛けられた。

 顔を見ると、これから真剣な話をすると察せられる程に神妙な面持ちを浮かべている。

 その口から紡がれるのは……。


「私に、荷科君の好きな人の事を教えて頂けませんか?」

「……」


 告白であの断り方をされたら気になって当然の質問だった。

 眞矢宮はまだ諦めないと言っていたため、ライバルの事を訊ねるだろうとは予測していた……ここで来るとは思わなかったが。

 

 その質問に対して俺は……。


「──小学生の頃から同じクラスの腐れ縁だよ。明確に好きになったのは中三からだけどな」


 予め考えていたどう返答をそのまま口にした。

 流石にセフレである事は明かせないが、それ以外なら知られたところで問題ないだろう。

 何より……眞矢宮の気持ちが本物だからこそ、下手に嘘を付きたくなかったのが大きい。 

 結果はどうあれ、告白されて嬉しかったことに変わりはないのだから。


「腐れ縁……幼馴染みではなく?」

「あぁそんな身近じゃないな。学校で会って軽く話すだけで、特に深い仲じゃなかった」


 仮に幼馴染みだとしたら、俺と星夏はセフレではなかっただろう。

 そっちが良かったかどうかに関しては、考えたところで無駄でしかない。

 俺が星夏を好きでいる理由は、そんなたらればを思う必要がないからだ。 


「……どんなところが好きなんですか?」

「ただの腐れ縁のヤツを誰より気に掛けるお人好しなところ。自分の目標を妥協せず追い求める強いところ。笑ったらすげぇ可愛いところ」


 他にもセックスの時に凄く甘えて来るなんてのもあるが、そこは言わずに飲み込んでおく。

 実際、話してる最中に眞矢宮がどんどん不機嫌になってるし。


「……凄く、惚気て来ますね」

「悪い。中々言う機会が無いからハメ外し過ぎた」

「聞いたのは私ですし、荷科君は悪くありません……そんなに好かれて、羨ましいなとは思いますが」

 

 あからさまに拗ねる彼女の言葉に何も言い返せず、苦笑を浮かべるのが精一杯だった。


 俺の気持ちを知っているのは、眞矢宮を含めて三人しかいない。

 いくら望み薄とはいえ、やっぱり好きな子の事を語るのはどうしようもなく楽しいモノだ。

 とはいえあまり言い過ぎて、眞矢宮の不興を買うのは良くないな。

 久しぶりに話せた高揚感を抑えつつ、次に聞きたいことを促そう。


「次は?」

「あ、えっと……荷科君はその人に告白したいと思ってますか?」

「いいや、しない」

「え……?」


 これも気になって当然の問いを投げ掛けられるが、流石に即答だとは思っていなかった上に、告白しないと返せば眞矢宮に目を丸くして驚かれた。

 ついさっき相手への想いを垣間見せた言葉に続くとは思えない、実に後ろ向きな答えは予想外だったようだ。

 

 だがこれは眞矢宮に関係無く、星夏への好意を自覚した時から決めていることだった。


「ど、どうしてですか?」

「どうしても何も、眞矢宮に言った通り脈が無いからな」

「で、でも荷科君はこんなに好きなのに……」

「どれだけ俺が好きになっても、向こうは俺を意識してないよ」


 好きになった分だけ好きになってくれる様な、そんな優しい恋なら誰も悩んだりしない。


 単に勇気が出ないだけならまだ良いだろう。

 噂のせいで告白が軽んじられるのもそうだが、何より肝心なのは星夏の恋人に……生涯のパートナーに俺が相応しくないこと。

 あれだけ魅力的な彼女には、俺なんかが釣り合うはずないだろ。

 

 他人から言い訳だと言われようが、俺自身が俺と星夏の仲を認められないんだ。

 

「意識していない人間に告白されても迷惑だ。そうやって困らせるくらいなら、黙って押し殺す方を選んだだけだよ」


 何度も身体だけを求めた告白をされて、ストレスを貯めてきた彼女を見て来たからこそ、俺の告白も煩わしいだけだと考えたのだ。

 そんな答えに眞矢宮は悲しげに、でもどこか怒りを含んだ瞳は静かに揺れていた。

 

「……荷科君の好きな人にこう言うのは失礼ですが、私はその人はとっても酷い人だと思います」

「普通は、そうだよな。でも……それでも俺はアイツが好きなんだ」


 声を震わせながらの罵倒とも呼べない、ちっぽけな悪口に半分だけ同意しながらも好意を口にする。

 

 あぁそうだ、眞矢宮は何も間違っていない。

 芽が無いと解っていても、俺に告白してくれた彼女は正しいと思う。

 本気だって伝わったし、心の底から嬉しかった。 


 ただ……星夏への想いは何も変わっていないのに、告白が出来ない関係に拗れただけだ。

 

 その状態を招いて、甘んじている俺がおかしいのだと理解している。

 だがそれで良いと思っているのも事実だ。

 あの時、星夏が幸せになるまでこの命で支えると決めたのは、他の誰でも無い自分自身なのだから。


 そこを曲げてしまったら、もう俺に生きる資格は無い。

 

「お二人がどんな交流を重ねて来たのか、何一つ知らない私が言うべきでないのは解っています。でも、こんなに素敵な荷科君を蔑ろにするなんて……そんな人、嫌いです」

「……眞矢宮」


 目尻に涙を浮かべて、眞矢宮はまだ見ぬ星夏を嫌いだと断言され、そのまま互いに黙り込んだことで沈黙する。

 好きな子が貶されているというのに、俺の胸中に不思議と怒りは沸いてこない。


 嫉妬もあるだろうが、一番は俺を想っているがためなんだろうか。

 自分の好きな子と自分を好きでいてくれる子の板挟みになって、どうすればいいのか分からない。

 

 情けない事だが、この状況で最も混乱しているのは俺なのかもしれないな……。

 そう自嘲している時だった。


 ──ピロン。


「?」


 静寂を破るかのように、テーブルに置いていたスマホの着信音が鳴った。

 半ば無意識にスマホに目を向けると、何とも珍しい人物からメッセージが送られたようだ。

 気にはなるが、今は眞矢宮と話してる最中なので後にしようとしたのだが……。


「どうぞ。見ても構いませんよ」

「……悪い」


 察した彼女に気を遣わせてしまった。

 謝りつつメッセージを開いて……。






「──っっ!!?」


 瞬間、背筋が凍り付きそうな悪寒が走って、衝動的に椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。

 送り主からして、このメッセージに書かれていることが事実なのは疑いようもない。

 胸の内から生じる焦燥感に駆られるがまま、俺はスマホを仕事着のポケットにしまって、更衣室に仕舞っていた荷物を取り出す。


「は、荷科君!? どうしたんですか?」

「悪い眞矢宮、真犂さんには早退するって伝えておいてくれ!」

「えっ?」


 眞矢宮の疑問に早口で返し、返事を聞くより先に裏口から店を出て全力で駆ける。

 既に陽が傾いて夕陽が射しているが、そんなことに気を向ける余裕は無かった。


 何故なら、送られて来たメッセージにはこう綴られていたのだから。




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 ──SOS。

 

 ──咲里之星夏の身に危険あり。


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