#19 女の子の抱き心地の違いを知る
テストが明けた翌日の放課後。
俺はバイト先の喫茶&バー『ハーフムーン』で働いていた。
本当は星夏に付いていたかったが、何かあればすぐに連絡すると言われて仕方なく出勤したのだ。
そこは念に念を押して確約させたので、躊躇うことはないだろう。
心配は尽きないのだが、業務を疎かにするわけにもいかない。
いかない、はずなんだが……。
「ほぉ~? それで? 康太郎は海涼の告白になんて答えたんだ?」
「それがですね? 『眞矢宮の気持ちは受け取れない』『……好きな子がいるんだ。俺なんかには全く芽のない相手だけどな』とフラれてしまいました」
「おいおい、こんな美少女から告白されておいて、望み薄の恋を優先するとか随分と良いご身分だなぁ康太郎よ?」
「……すみません」
告白の件を掘り返され、正しい答えをしたはずなのに針の筵にされていた。
特に
俺の星夏に向ける恋心を望み薄とかぶった切ってるし。
というか、だ。
「えと……真犂さんって、眞矢宮の気持ち知ってたんですか?」
「知ってるどころかどうやったら意識して貰えるか相談されてたぞ。むしろあれだけ好き好きオーラ全開だったのに気付かないとか、お前どんだけその相手が好きなんだよ」
恐る恐る尋ねたらさも当然の様に返された。
てかえぇマジかよ……そんなに?
眞矢宮ってそんなに俺に対して好意振り撒いてたのか?
星夏への好意が依存レベルになってるみたいで、なんかイヤだ……。
「……まぁ、生活の中心と言いますか、強いて言うならそれくらいかな、と」
「なのに意識されてない、か。もう諦めて海涼と付き合えばいいのに。ほら美少女だぞ美少女。めちゃくちゃ自慢出来る彼女候補だぞ?」
「そうですそうです! 私はいつでも待ってますからね!」
「どうしたんだ眞矢宮。なんかキャラ違ってないか……?」
告白して気持ちを知られたことで吹っ切れてない?
俺が気付いてなかったオーラを改めて感知したからなのか?
「まぁ隠す必要がなくなりましたから。一回フラれたくらいでうじうじしている暇があったら、さっさと立ち上がって振り向かせる努力をしようと決めただけです」
「お、おぉ……」
うわぁすげぇ、普通に感心しちゃったよ。
あんなキッパリ振ったのに折れないメンタルの強さは、もしかしなくても見習うべきかもしれない……。
「言っておくがあたしは海涼の味方だ。お前がその子に惚れた理由とか色々あるだろうが、叶わない恋を引き摺るより、向けられる恋を受け入れた方が生きやすいとは思うぞ」
「……解ってますよ、それくらい。だからって捨てられる程、俺の気持ちは軽くもないですから」
真犂さんの言う通り、そうやって賢く生きられたら楽だなんて、とっくの昔に理解している。
眞矢宮とだって、きっと上手くやっていけるかもしれない。
けれども、星夏が幸せになっていないのに俺が幸せになって、それで心から笑えるだろうか?
断言してやる、絶対に無理だ。
俺が彼女に救われた恩は、もう根幹に根付いて抜けられないし変えられない。
そんな俺の答えに、真犂さんは頭を掻きながらため息をつく。
「全く……っま、少なくとも今の言葉は、そっくりそのまま海涼の気持ちだって解ってやれ。大人しそうに見えるが強かな性分だからな?」
「……それも今日で十分に解ってますよ」
俺が星夏を諦められない様に、眞矢宮も俺を諦められない。
交わりはしないが、それだけ強い気持ちを持ち合わせているのは解っている。
「──ってなわけで、早速どーん」
「え、きゃっ!?」
「うおっ!?」
思案している最中に、真犂さんが眞矢宮を俺に向けて突き飛ばす。
突然のことで驚愕したものの、飛んで来た彼女を受け止められた。
そうすると必然的に、俺と眞矢宮は密着することになる。
瞬間、彼女の黒髪からフローラルな香りが鼻を
次いで感じたのは細身ながらも女性らしい柔らかな身体……何というか、少しでも力を込めたら折れてしまいそうなくらいだ。
「す、すみません荷科君!」
「いや、眞矢宮こそ怪我はないか?」
「は、はい……ぁ」
「──っ」
さっきまでの勢いはどこに行ったのか、眞矢宮は慌てた様子で俺に謝罪をする。
元凶は真犂さんなので気にせず、逆に怪我の有無を尋ねれば頬を真っ赤にした彼女と目が合った。
間近で見る眞矢宮の顔はやっぱり綺麗だ。
丸く円らな桃色の瞳、陶器の様に白い肌、ぷっくりと柔らかそうなピンクの唇……そして密着しているが故に伝わる彼女の身体の温度。
星夏で女子の相手に慣れているとはいえ、同じ女子でも抱き心地が全然違っている上に、眞矢宮の様な突出した美人を前では耐性がまるで意味を成さない。
さっきから心臓の音がやけにうるさかった。
これはむしろ、彼女からの好意を知っているがために、俺の中でも否応なしに意識せざるを得ない心境も加わっている点もあるだろう。
人間、自分に好意を向けてくれる相手を気に入るというが、今がその状況だった。
告白された前後で、明らかに眞矢宮に対する印象が変わっていると実感する。
一秒を過ぎる体感が酷くゆっくりに感じる中、どう動けば良いのか逡巡していると、腕の中の眞矢宮が震えている事に気付いた。
「ま、眞矢宮? 大丈夫か?」
やはりどこか痛めたのかと不安になって声を掛けたのだが……。
「は、はしゅかくんにギュッて、しゃれて……きゅぅ」
「ちょ、眞矢宮!? なんで気絶したんだ?!」
呂律が回らない声を発したかと思えば、バッテリーが切れたロボットの様に崩れ落ちてしまった。
顔色を見れば真っ赤なモノの、実に幸せそうな笑顔のまま気を失ったようだ。
攻め攻めな割に耐久が紙レベルだなオイ。
やっぱり無理をしていたんじゃないのか?
「あちゃ~いきなり抱き着かれれば康太郎が狼になると思ったんだが、そっちが先にギブするとはなぁ~」
「真犂さん? 俺、職場で盛る程煩悩に塗れてるわけじゃないんで、そういうの止めてもらって良いですか?」
「うわ、結構マジギレしてんなぁ~。いやホント悪かったって……」
言葉は適当な感じだが、目を逸らしながらでも謝罪をしている辺り、一応罪悪感は持っているようだ。
まぁ二度としないならそれでいい。
今は眞矢宮の介抱をしたいところだ。
「少し早いですけど、眞矢宮と二人で休憩に入りますね」
「あ~い。まぁ詫び代わりに少し多めに取ってもいいからなぁ」
「そこは眞矢宮次第ですかね。じゃ失礼します」
気絶したままの眞矢宮を所謂お姫様抱っこの要領でバックヤードの休憩室に運ぶ。
めちゃくちゃ軽い彼女の身体に驚きつつも、落とさないようにゆっくりと歩いて行くのだった。
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いつもありがとうございます。
次回の更新はお昼の12時。
内容はバレンタインSSとなっておりますので、今回の続きは明後日の夜8時になります。
番外編ではありますが、読んで頂けると一層本編が楽しめると思います。
以上後書きでした。
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