#18 好きな子に頼られたいのに
「ただいま~」
「あ、おかえり~こーた」
ファミレスでの打ち上げを終えて家に帰ると、先に帰っていた星夏から挨拶をされた。
無事でいてくれたと安堵する反面、胸の内に感じているであろう不安を悟らせない姿に不満を覚えてしまう。
好きな子に頼られたいと思うのは男の意地みたいなモノで、決してそれを強要したいわけじゃない。
ただ、星夏は自らに関する重大な事に限って、人を頼ろうとせず独力で解決しようとする性格なのを知っていたのに、まるで気付けなかった自分にムカつくだけだ。
「打ち上げ楽しかった?」
「あぁ。智則が率先してはしゃいでたよ」
「あはは。吉田君って賑やかだもんね」
「素直にウザいって言って良いんだぞ?」
「もう、友達だからってあんまり悪口言っちゃダメだよ?」
「へいへい」
出来るだけ表情を繕って内心を隠しながら星夏と言葉を交わす。
普通に笑っているが、よく見ると少しだけ元気が無い様に見える。
ホント、なんで気付かなかったんだ……。
改めて自分のバカさ加減に呆れそうだった。
だが、今は後悔より星夏の身の安全が最優先だ。
「星夏。彼氏とはどんな感じだ?」
「え、急にどしたの? いつもはそんなこと聞かないのに……」
「いや、テスト中は大して恋人らしい事はしてないみたいだったから、気になっただけだ」
尋ねた質問の珍しさから不審に思われた様だが、咄嗟に作った理由を口にすると、彼女は口をアヒルの様に突き出して来た。
「心配しなくても、明日の放課後は教室でイチャイチャする予定でーす」
「……そっか」
その言葉にとりあえず胸を撫で下す。
彼氏との仲に支障は起きていないみたいで何よりだ。
しかし、その反応が不味かったのか星夏が俺の顔を覗き込んできた。
「どしたの? なんか機嫌悪い?」
「……まぁ、不甲斐ない自分に苛ついてはいる」
「ん? テストで何かミスでもしたの? それとも違う悩み事?」
「……」
こちらの顔色を見ながら心配そうに尋ねる彼女に、何も言い出せず黙り込んでしまう。
あぁもう……どうして自分の不安は見せないクセに、こうも人の不安には敏感なんだ。
そこが星夏の良いところではあるが、心配が尽きないところでもある。
複雑な心境を飲み込みながら、やはり直接聞いた方が早いと思い切ってみることにした。
「なぁ星夏」
「ん?」
「最近海森に迫られてるって、なんで言わなかったんだ?」
「──っ!」
単刀直入というにはあまりにもまっすぐな切り口に、流石の星夏も繕っていた表情が綻んだ。
さしずめ、どうしてこーたが知ってるんだってところか。
「な、何のこと?」
「海森の行動が噂になってるんだよ。誤魔化しても無駄だぞ?」
「っ、あぁ~もう……ホント迷惑……」
しらばっくれようとした星夏を逃すまいと根拠を告げたら、思いの外あっさりと折れた。
苛立ちを隠さずため息をつくあたり、屋上での出来事から相当悩まされていたようだ。
もっと早く話してくれていたら、そんな顔をさせず対処出来たんだが……過ぎたことは仕方が無い。
「……屋上の時から着否もブロックもしたけど、諦めるどころか一人になった時に何度も言い寄って来るようになったの」
「それって二週間前からだよな? なんで隠してたんだよ」
思い切り拒絶されたはずなのに諦めていないという事実に驚きが隠せない。
そんな俺の言葉に星夏は顔を逸らして、肩を縮こませながら理由を告げる。
「だって、こーたに教えたらバイト先の子とのデートとか、テストの事に手が付かなくなって迷惑になりそうだったから……」
「アーホ。直接の手助けは難しくても、相談に乗るくらいのキャパはあるんだよ。勝手に人の限界を決めんな」
「いたっ、ちょ、急におでこ突かないでよ……」
予想通りの理由に苦言を発しつつ、隙だらけの額を人差し指で突く。
突然の攻撃に星夏は驚きながら両手で防御する。
不満げな表情でも可愛いと感じつつ、改めて空色の瞳と目を合わせた。
「で? 今までは言い寄られてるくらいなのか?」
「うん……手を出して来てはいないよ」
「外聞を気にしてるのか、機を伺ってるのかわかんねぇな……彼氏には相談してるのか?」
正直不本意だし不安でしかないのだが、今の星夏を身近で守れるのはソイツだけだ。
その事を尋ねると、彼女は苦笑しながら返答する。
「一応ね。最悪囮にして逃げてくれって言われてる」
何とも頼りない発言だなぁ。
せめて何か体術でも学んでいたら、最低限の不安も取り除けるんだが。
そうでなくとも……。
「前みたいに海森が実力行使に出たとして、本当にそうしてくれると良いんだがな……」
「こーたは心配し過ぎだよ。だから話したくなかったんだけどなぁ……」
零れた愚痴に、星夏が無理に作った笑顔を浮かべてそう返す。
この期に及んでまだ言うか。
思わず苛立ちが募っていく気がして、どうしようもなく焦燥に駆られそうで……。
「──俺、そんなに頼りないか?」
「え……?」
気付けばそんな言葉を口にしていた。
予想だにしていなかった発言に、星夏が目を丸くして驚いているが、一度開けた不満の蓋が閉まってくれそうになくて、俺は続ける。
「そりゃ……あの時にみっともないところ全部曝け出したけどさ、俺は少なくとも付き合い始めた彼氏なんかより、星夏のことをよく知ってるし大切だと思ってる。近くにいるのに頼ってくれないのは……イヤ、だ……」
「……」
言ってる途中で恥ずかしさが勝って、語尾が酷く尻込みしてしまった。
けれども漏れ出た想いは全部聞かれていて、今いる空間が気まずくて落ち着かない。
だけど、撤回する気は起きなかった。
あぁクソ、まだ初夏も過ぎてないのに全身が熱い……。
この辛い沈黙を早く破ってくれ、と切な願いを心に浮かべる。
というかなんで無言?
いつもみたいに笑い流してくれよ。
「──……あ~……あははっ、なんて言えば良いのかなぁ? う~んと、その……」
「……」
ようやく声を発した星夏は、やけに動揺した素振りで次の言葉に迷っていた。
それを聞いた俺の背中はもう冷や汗で寒くなっている。
流石に好意がバレたか……?
そんな恐いような淡い期待は……。
「こーた、
なんか可愛いね?」
「…………」
全く以て嬉しくない褒め言葉で脆くも崩れ去った。
いや、照れながらそう言うお前の方が可愛いんだが。
そう言えたら良かったが、さっきの発言で羞恥心が限界に近くなっていた俺には口に出来なかった。
悪かったなヘタレで。
「ごめん。でも、うん。こんなアタシでも大切って言ってくれてありがとーね? こーたの気持ち、凄く嬉しいよ」
「……おぅ」
おまけに好意は欠片も伝わってないと来た。
はぁ~……男として意識されて無いのがよぉく解るわ……。
気持ちが知られなくて悲しいやら安心やら……どっちが良いのか複雑だ。
まぁそれでも……星夏がこうして笑ってくれるならいいか。
「あはは、照れてるの丸分かりだよ~?」
「うるせ。誰のせいだ誰の」
「え~アタシのせいなの~?」
茶化して来る彼女に素っ気なく返す。
恋人になるのも確かに憧れるが、やっぱりこういう気安い関係も大事だと改めて実感するのだった……。
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