#15 週明けと報告


 週が明けた月曜日の昼休み。

 クラスメイト達が各々で昼食を摂る中、俺は机から動かず呆然としていた。

  

『──好きです。一ヶ月前に助けてもらった時から、荷科君の事が好きなんです。初恋なんです。私を、あなたの恋人に……してくれますか……?』

 

 休日の付き添い終わりに眞矢宮からされた告白が頭から離れない。

 星夏への好意があったから断ったが、時間が経つ程に偉そうな態度だったかと罪悪感に苛まれていた。

 断ったことではなく、眞矢宮を傷付けてしまったことにだ。

 

 もちろん恋愛事で避けられないことだとは解っている。

 だからって簡単に割り切れる程、俺の中で眞矢宮の存在は小さくない。

 

 星夏には告白の件を伏せたまま何も無かったと伝えている。

 詳細を語るのは眞矢宮に失礼だし、星夏は俺と彼女の仲を応援していた方だ。

 もし振った事を知られたら、ただでさえややこしい問題が余計に拗れそうだしなぁ……。


 ちなみに星夏の体調は日曜には完全に回復しており、その事だけが唯一の救いと言えるだろう。

 とりあえず眞矢宮の事は何とか飲み込むとして、そろそろ昼食の弁当を食べようとした時だった。

 

「康太郎ー! 飯食うついででいいから勉強を教えてくれ!!」

「いきなりだな智則とものり


 友人である智則が大慌てでやって来た。

 口ぶりからいつも通りというか、テストが近いのに勉強をサボっていたようだ。


「別に俺じゃ無くても、尚也に教えて貰えよ」

「アイツは今日彼女と一緒なんだよ! 俺に独り身の苦しみを味わえって言うのか!?」


 呆れながらもそう返すと、今にも泣きそうな悲鳴を上げられた。

 理由はともかく、カップルの邪魔をしない心掛けは殊勝と言える。

 それに尚也の彼女は俺もあまり得意じゃ無いし、仮に智則と同じ立ち位置なら避けるだろうなぁ。


「まぁ良いけどよ」

「恩に着る!」

「で、どこが解らないんだ?」

「全部だ」

「帰れ」


 昼休みの間なら教えようと思ったが、全部なんて短時間で教えられる訳がない。


「そんなぁっ!?」


 我ながら辛辣な返答に、智則が蜘蛛の糸を切られた様にショックを受けた。

 手の平返しの様になっているが、大前提としてお前が勉強をしていないのが悪い。

 

「期末で赤点を回避出来たら補習は無いから安心しろ」

「いやそれ何の解決にもなってねぇよ!?」


 それが解ってるなら勉強しろよ……。

 いつも泣き付かれる方の事も考えて欲しいと内心愚痴る。 

 

「……明日、テスト範囲で出そうな問題を出すからそれを参考に自習しておけ」

「うおおおおありがてぇありがてぇ!!」


 仕方なく救いの手を差し伸べれば、大袈裟な感謝の言葉で返される。

 神に拝むように繰り返される礼を苦笑しながら流す。


 そもそも人に勉強を教えるのは苦じゃない。

 自分の復習になるし、智則もやる気にムラがあるだけでキチンと教えた事は吸収してくれる。

 なんて思っていた時だった。


「そういえば聞きたい事あるんだけどさ」

「なんだ? テスト範囲で一番不安な教科があるのか?」

「いやそっちじゃなくて……」


 不意に智則から質問をされた。

 話の流れからテストの事かと思ったが、首を振って否定される。

 じゃあなんだと訝しんだ俺の耳に投げ掛けられたのは……。






「康太郎。土曜日にショッピングモールで一緒にいた美少女は誰だ?」

「……は?」


 ついさっきまで頭を悩ませていた事が起きた日に関連することだったから。

 質問の内容を飲み込んで……これは全く言い逃れ出来ないと悟る。

 場所と相手の性別が特定されてる時点でどうしようもねぇよ。


 というかだ。


「……なんで智則が知ってるんだ?」

「親とモールに行ってたんだよ。そんでフードコートでラーメンを食べてたらめちゃくちゃ綺麗な女子がいてさ? 無意識に目で追ってたらその先にお前がいてびっくりしたわ」

「あそこに居たのかよ……」


 確かに俺と眞矢宮も昼食はフードコートで摂った。

 改めて人が多い中でも彼女は目立つんだなと感心する。

 ……これで告白された上に断ったなんて智則に知られたら、俺殺されるんじゃないか?


「で、だ。あの美少女との関係とスリーサイズと彼氏の有無を教えてほしい」

「下心しか見えない問いは止めろ。だからモテないんだぞお前」

「シャラァップ!! 今は正論よりも真実を訊きたいんだよ!!」


 自分の行動がモテないって正論を認めるなら直せよ。

 己を省みようとしない友人に呆れつつ、どう答えたモノかと思案する。


 告白の件は当然だが、ストーカーの事は伏せておいた方が良いだろう。

 何も智則を信頼していないわけじゃないが、被害者である眞矢宮の許可無く吹聴する真似はしたくない。

 当然だがスリーサイズは論外……第一俺は知らん。


 一通り話す内容を決めてから口を開く。

 

「あの子はバイト先の同僚。通ってる学校は違うけど同じ学年だ。別に恋人じゃないからな?」

「あんな美少女と同じバイトとか何それ羨ましい。俺も行って良い?」

「売り上げに貢献してくれるなら良いけど、店員目当ての客は店長が例外なく出禁にするからな?」

「うぐぅ……ッハ。ならバイトとして行けば……!」

「今はアルバイトを募集してないぞ」

「うがああああっ!!」 


 頭を抱えて項垂れる智則に告げた断り文句は嘘では無く本当の事だ。

 真犂さんは仕事の邪魔をする客はいらんって公言してるし、バイトを増やさなくとも今のままで十分に業務は回っている。

 しかしここまでリアクションするなんて、どんだけ眞矢宮とお近付きになりたんだよ。

 なんか恐いな。

 

「恋人じゃないって言うが、じゃあなんで二人きりで休日に出掛けてるんだよ!?」

「あれはナンパ避けとか荷物持ちみたいなもんだよ。他意は無い」


 なおも続く追及を躱す。

 だが他意は無いというは嘘だ……実際は眞矢宮はデートのつもりだったんだろう。

 服や水着を選んだ意図は俺に見て欲しかったのだと思うと、どれだけ本気だったのかが見て取れる。


 結果として俺は彼女の告白を断ったが……出来れば友達付き合いは続けて行きたいモノだ。

 我ながら虫のいい話ではあるが、向こうも振り向かせてみせると宣言していた。

 あぁそれなら……うじうじ考える必要は無いか。 


 奇しくも悩み事の解決案が見えた気がして、少しだけ心労が軽くなった気がした。


「……いや美少女の方、めっちゃ康太郎を見て嬉しそうにしてたんだけど……おぉ神よ。独り身仲間だと思っていた友人に春を寄越して、何故俺にはくれないんですか……?」

「訳分からんこと言ってないで、さっさと昼飯を食うぞ」


 眞矢宮の好意が初見なはずの智則にバレてる。

 半年も同じバイトで働いていたのに気付かなかったとか、自分がどれだけ星夏に惚れ込んでいるのかと突き付けられているようで、無性に恥ずかしい想いを抱えたまま弁当を食べ進めるのだった。





 そんな事があった放課後、自宅に向かって帰っている途中でRINEに星夏からメッセージが入った。


『放課後に告白して来た男子と付き合うことになりましたー! これからデートに行くから帰りは少し遅くなるよー!』

「……」


 海森元カレと別れて五日後に新しい彼氏か……。

 出来れば俺に対する眞矢宮の様に真剣な人であって欲しいモノだ。

 そう祈りながらも、胸の奥に走った痛みには未だに慣れそうになかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る