#13 告白
それほど大荷物にならないと聞いていた通り、服と水着以外は化粧品などの消耗品だけを買って、俺達はショッピングモールを出た。
俺が付き添っていたおかげか、ストーカーはもちろんナンパの類いも眞矢宮に近付くことなく穏便に済んで良かったと思う。
星夏のアドバイスも大いに役立った。
満足のいく買い物が出来たためか、モールを出てから彼女は機嫌が良さそうに見える。
無論、家に着くまではまだ油断は出来ないのだが、変に警戒心と不安を煽ってせっかくの気分を損なう様な無粋な真似はしない。
そうして一人で警戒をしたまま帰り道での談笑の最中、彼女に伝えたい事があったのを思い出した。
「そういえばウチの学校は来週から中間テストがあるんだ。それで月曜からテスト週間に入るからしばらくバイトは休む事になる。悪いな」
テスト週間の間は校則でバイトが禁止になる。
そのためしばらくバイト終わりの護衛は出来ないのだ。
俺の謝罪に対して眞矢宮は……。
「いえ、テストがあるなら仕方ありませんよ。それに私の学校でも週明けからテスト週間ですので休みは同じですから」
「そっか、なら良かった」
理解を示してくれた上に、同じ期間にテストがあるのでどっちみち同じことだったと知らされた。
その事に安堵しつつ、話題はそのままテスト関連に移り変わっていく。
「眞矢宮は学年一位なんだろ? 進学校で噂の女子校でそれだけの点数が取れるなんて凄いよな」
「そんな。普段から予習復習を欠かしていないだけですよ」
「その『だけ』で学年一位を取るのは難しいんだけどな……」
とはいえ全くの天才肌というわけでなく、バイトの休憩中に勉強をしている姿を何度か見掛けた事はあるので、当人の努力が結果として表れているのだろう。
「そう言う荷科君だって、成績は良い方じゃないですか」
「一桁台に乗ったことは一度も無いけど……まぁそう言って貰えてありがたいよ」
元不良とはいえ勉強を欠かした事は一度も無いが、一桁台の壁は中々高い。
学校は違えど学年一位の眞矢宮に褒められて、不思議と悪い気はしなかった。
もし差し支えなければ、彼女に教わって見るのも良いかもしれない。
そんな事を考えながら話をしていると、眞矢宮の家の前に着いた。
「……楽しい時が過ぎるのはあっという間ですね」
「あぁ。でも護衛が必要ならまた呼んでくれたら付き合うよ」
「ふふっ、ありがとうございます」
自宅に着くや寂しそうに呟いた彼女をそう励ますと、上品に微笑みながら礼を返してくれた。
俺が付き添いでも楽しいと明言してくれて嬉しく思えたし、次に行く時はストーカーの件が片付いていて欲しいモノだ。
「荷科君」
そろそろ行こうかとした時、不意に眞矢宮から呼び掛けられた。
何だろうかと顔を合わせると、彼女はどこか不安げな面持ちを浮かべている。
どうしてそんな表情をしているのかと尋ねるより先に、眞矢宮の口が開かれた。
「聞きたい事があるのですが、良いでしょうか?」
「あぁ。別に良いけど……」
その言葉に何の気なしに返す。
どんな質問なのかと疑問を浮かべる俺の耳に入って来たのは……。
「荷科君は……付き合っている女性がいるんですか?」
「……え?」
そんな思いにもよらない内容だった。
どうして眞矢宮が俺の恋人の有無を知りたがるんだ?
まさか、星夏の言った様に本当に俺に好意を懐いている?
いや、まだ断定するには早い。
「いや、いないけど……なんでそう思ったんだ?」
思わぬ状況に焦る心を落ち着かせながら冷静を装いながら問い返す。
「えぇっと、その……付き添ってくれた荷科君の行動が、なんだか慣れた様子でしたので、既に交際している方がいるのかと思いまして……」
「あ~……」
眞矢宮が顔を伏せながら答えてくれた内容に、納得しながら右手で目を覆い隠す。
おぉ~い。
アドバイス通りにしたら
不満を懐かせない振る舞いによって、逆に疑問を持たせてしまったようだ。
いや、これは察しの良い眞矢宮だからこそ気付いたのかもしれない。
そう思えばある程度仕方の無い事なのだろう。
確証に至っていない朧気な疑問ならまだ誤魔化す余地はある。
「そう思わせたのなら悪い。でももう一度言うけど俺は今まで彼女が出来た事は一度も無いよ」
「えっ!? 荷科君ならモテモテだと思っていたんですが……見る目の無い人が多いんですね……」
嘘偽り無い恋愛歴を明かしたら、何故か無駄に高い評価が返って来た。
彼女がいないって言っただけでそんなに驚かれるなんて、眞矢宮の中で俺はどういう位置にいるんだよ。
そこが引っ掛かるものの、星夏以外の女子にモテたいと思った事はないし、積極的に関わった事もないからモテないのも当然だ。
そう考えると眞矢宮と
ふと自分の人間関係を思い返している最中だったからこそ、次の言葉に対する心構えが出来なかった。
「──それなら、私が荷科君の彼女になっても良いですか?」
「──……ぇ?」
──……今、なんて言った?
あまりに予想外な言葉に思考が真っ白になる。
咄嗟に合わせた眞矢宮の顔は、夕陽に照らされていてもハッキリと分かる程に赤くて、触れたら折れてしまいそうなくらいに切なそうだ。
けれども、一世一代の勇気を振り絞ったかの様に、桃色の瞳は俺をまっすぐに捉えて離さない。
そして彼女は……。
「──好きです。一ヶ月前に助けてもらった時から、荷科君の事が好きなんです。初恋なんです。私を、あなたの恋人に……してくれますか……?」
「──……」
俺に恋の告白をした。
弱々しい声音で告げられた拙い言葉は、一切の誤解も許さないまっすぐな想いが乗せられていて、向けられた俺は息をするのも忘れて呆然とする。
それもそうだ、何せ女の子からの告白は人生で初めてなのだ。
額面通りに受け取るなら向こうも初めての告白になる。
嬉しいか嬉しく無いかで言えば……正直嬉しい。
眞矢宮は綺麗だし性格も良くて、まだ半年だが一緒に過ごして楽しいと思える。
恋人にしたい女の子として、これ程までに理想的な相手は居ないだろう。
けれども……。
『こーた』
こんな時でも、俺の頭と心の中には星夏の顔と声が浮かんで来る。
いつまでも芽の出ない想いを抱えるより、ここで頷けば楽になれるのと理解していても、星夏への恋を捨てられそうに無かった。
だから、俺の答えはこれしかない。
「──ごめん。……眞矢宮の気持ちは受け取れない」
「──っ!」
頭を下げて告げた断りの言葉に、眞矢宮が小さく息を呑んだのが分かった。
勇気を出した告白を拒否する罪悪感で胸が痛むが、こんなのはたった今フラれた彼女とは比べ物にならない小さな傷だ。
それが理解出来るのは、星夏が本当に生涯を過ごす相手を見つけた時だろう。
尤も行動に移した眞矢宮と違って、土俵に上がっていない俺には誰も同情しないかもしれないがな。
「……理由を、聞いても良いでしょうか?」
そんな自嘲を内心で浮かべていると、眞矢宮が声を震わせながら尋ねた。
泣きそうなくらい辛いはずなのに、こんなどうしようもないヘタレで女々しい理由を知りたいなんて、ストーカーから助けられた時にかなり好かれたみたいだ。
それが身に余る光栄なのかたった一度の初恋を奪ってしまった後悔なのか、俺には分からないが、せめて嘘を付くことだけはしたくなかった。
「……好きな子がいるんだ。俺なんかには全く芽のない相手だけどな」
「──っ! そんな、ことありません。荷科君は……とっても素敵な人です」
「……ごめん」
振ったヤツなのに励ましてくれるなんて、本当に眞矢宮は良い子だと思う。
そんな子の初恋相手になってしまった事に、胸を掻き毟りたくなる程の申し訳なさが心に渦巻く。
半ば無意識に謝罪の言葉が漏れ出る。
「謝らないで、下さい……私が勝手に、荷科君を好きになっただけ、ですから……っ」
「……」
それでも眞矢宮は俺を責めず、自分が悪いのだと泣きながら告げた。
また出そうになった『ごめん』を飲み込み、いよいよ掛ける言葉が無くなって立ち尽くすばかりだ。
少し時間が経ってある程度気持ちが落ち着いたのか、眞矢宮は涙で腫れた目を向ける。
「……荷科君の片想いなら、まだチャンスはあるんですよね」
「……どうだろうな? 仮に分かってても、俺には答えられそうにないな」
「簡単に出たら誰も悩みませんよ。……私、諦めませんから」
「え?」
自虐染みた言葉に続けられた眞矢宮の決意に呆然と問い返す。
一体彼女は何を言っているのだろうか?
俺は今、告白を断ったというのに……まだ好きでいるのか?
訳が分からず見つめる眞矢宮の表情は、苦しそうなのに可憐で凜々しくて……。
「たった一回フラれたくらいで諦めると思いましたか? そんなのあり得ません。だって荷科君の事が大好きなんですから。それに顔も名前も知らない片想いの相手なんかに、このまま白旗を揚げるのは嫌です……絶対に負けません」
「……」
とても眩しかった。
自分に無い強さを目の当たりにして、俺は言葉を失くしていた。
星夏にフラれたとして、こんな風に強くいられるだろうか。
「長く引き留めてしまってすみません。ですがもう隠す必要もありませんから全力でいきます……それでは、またお店で会いましょう」
「……あぁ、またな」
告白直後とは思えないやり取りに戸惑いつつ、自宅へ入る眞矢宮と別れた。
次に会えるのはテストが明ける再来週だ。
その時まで彼女はどんな方法で俺を振り向かせるか考えるのだろう。
色んな意味で次回からのバイトは大変かもしれないと、複雑な胸中を抱えるのだった……。
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