#12 水着選び


 昼食を挟んでから、改めて眞矢宮まやみやの水着を買うための店に向かった。

 何だってを連れて水着を買おうと思ったのか困惑するばかりだったが、曰く『友達とプールに行く際に新調したいから』らしい。


 友達……つまり同性ならなおさら男の意見は必要ないのでは?

 そう思ったのだが、異性に変に思われない様にするのも大事なのだとか。

 まぁ眞矢宮だって彼氏が欲しかったりするのだろうと、ひとまず自分に言い聞かせて尽きそうにない疑問を飲み込むことにした。


 それに下着を買うとかでなくて良かったとも思っておこう。

 水着でも相当居心地が悪い予感はするが。


 そんな軽い現実逃避をしていく内に、水着セールを行っている店に着いた。

 当然ながら女性客が多く、最初は男の俺に奇異の視線を向けるものの、隣にいる眞矢宮の存在に気付くや微笑ましいモノを見る目に変わったのが謎だ。

 もしかして、彼女が彼氏に喜んで欲しくて水着選びに連れて来たと思われてるのか?

 

 眞矢宮の名誉のために誤解を解きたいのは山々だが、それで余計に目立つのは避けたい。

 なので大人しくする他無さそうだ。


 俺の内心や周囲の誤解などいざ知らず、肝心の本人は至って真剣に水着を選んでいた。

 またどっちが良いのか訊かれるだろうから、彼女自身を見て答えようと思いつつ見守る。


 三着を選んだタイミングでこちらに顔を向けて来た。

 顔色は赤くやや緊張した面持ちだが、やがて意を決したのか桃色の瞳と目が合う。

 来るか……そう思って次の言葉に耳を傾けて……。


「は、荷科はすか君……、







 今から水着を試着しますので、ど、どれが似合っているか決めて頂いてもよろしいでしょうか!?」

「──……え?」


 半ば勢いで放たれた要望に、一瞬脳が理解出来ず呆けた声を漏らしてしまった。

 そして俺が返事をするより先に彼女に手を引かれ、試着室の前で立ち止まる。 


「で、では試着室の前で待っていて下さいね!」

「ちょ、眞矢宮?!」


 そのまま制止の声も聞かず中に入ってしまい、今さらどうする事も出来ず一人で立ち往生するハメになった。

 程なくして中から布の擦れる音が微かに聞こえて来る。

 それが眞矢宮が本当に水着に着替えてる証拠だと悟り、ようやく理解が追い付くと顔が一気に熱を帯びた。


 いやいや落ち着け俺、女子の着替えくらい星夏せなで見慣れてるだろ!

 ってそれも違う!

 アイツとの距離感は色んな意味で特別だけど、眞矢宮を同じ括りに入れたらそれこそ余計にダメだ。


「お、お待たせしました!」


 そうやって自問自答を繰り返している内に閉められていたカーテンが開かれ、反射的に眞矢宮の方に顔を向ける。


 瞬間、雑念が渦巻いていた思考が一気にクリアになる程に目を奪われた。


 眞矢宮が選んだ水着はトップが肩や鎖骨が露わなビスチェタイプで、純白の色合いと胸下のフリルが可愛らしい印象を与えて来る。

 ボトムは同じく白だがサイドに黒いリボンが付けられていて、総合的に見て可愛さの中にシックな大人っぽさも見え隠れしたデザインだった。


 スレンダーで色白な眞矢宮のスタイルにぴったりで、この場に俺以外の男がいたら目を離せないだろう事は容易に想像出来る。

 流石に同年代の男に水着姿を見せるのは恥ずかしいのか、眞矢宮の顔は今にも噴火しそうな程に真っ赤だ。

 だが時折こちらに視線が飛んで来るので、暗に感想を求めているのは察した。


「あ~……その、似合ってるよ。驚いて何も考えられなかったくらいだ」

「──ぁ……~~っ! そ、それではこれにします!! 荷科君はお店の外で待っていて下さい!!」 

「え、お、おぅ……」 


 羞恥の伝染と言うべきか、妙な気恥ずかしさを感じつつ率直な感想を述べる。

 それを訊いた眞矢宮は桃色の瞳を大きく見開いて呆けたと思ったら、何やら慌ててカーテンを閉めてしまった。

 他の二着を着てみせる前に購入を決めたようだが、果たして俺個人の意見で良かったのだろうか……。

 

 ともかく、一人で考える時間が出来たのは正直ありがたい。

 水着姿の眞矢宮を見た瞬間、普段の奥ゆかしい雰囲気とのギャップから思わず見惚れていた。

 だからこそ素直な感想を口に出来たのだ。


 何せ、さっきのブラウスは星夏が着たら似合いそうだと思って選んだのだから。

 もちろん眞矢宮が着てもぴったりだろうが、自分とは違う女子を想って選んだとは夢にも思わないだろう。

 純粋に喜んでくれた分だけ、騙している様な罪の意識が重みを増すのだが、そんなことは何も知らない彼女に察しろと言う方がおかしい。

 

 星夏への想いが冷めたことは一度も無いが、それでも諦めようかと考えた瞬間はある。

 報われない恋心をいつまでも抱え続ける辛さは、過去にケンカで負った怪我と違って中々痛みが引かない。

 長い針が心臓に刺さって固定されている様な感覚だ。

 例え星夏が夢叶って好きな男と結婚したとして、ずっと残り続けたまま錆び付くだろう。

 

 そうなった時、何を目標に生きていけば良いのか分からなくて、俺はただ無気力な人間になりそうな気がする。

 星夏に救われた手前、そんな未来は受け入れられない。

 だから他の女子と付き合ってみようかと考えて……それは無いなと諦めることを諦めた。

 

 俺は俺を救ってくれた星夏に幸せになって欲しい。

 上手くいかなくて悩んでる彼女を差し置いて幸せになるのは嫌だ。

 

 自分の想いを裏切ってしまったら……星夏が最も忌み嫌う『浮気』をした事と同じで、一生アイツに顔が合わせられなくなる。

 こんなのは俺の心の問題で、星夏と眞矢宮は微塵も悪くない。

 難儀な生き方だろうが、生き地獄と言われようがもうとっくの昔に決めた事だ。


 俺が幸せになる時は……星夏が幸せになった後で良い。

 

「荷科君! お待たせしまし……どうしたんですか? なんだか暗い顔をしていますが……」

「! あ~違うんだ。ストーカーが来た時にどう対処しようか悩んでただけだ。眞矢宮が心配する程の事じゃないさ」


 思考に耽っている内に戻って来た眞矢宮の指摘に、顔色を繕ってひとまずそう返した。

 よく人を見ているなと感心するが、今だけは巧く笑えそうにない。

 

 そんな言葉に彼女は疑問が拭えない様子ながらも、深く息を吐いてから目を向けて来る。


「……荷科君がそう言うのでしたら深くは訊きませんけど、あまり無茶はしないで下さいね?」

「──あぁ。もちろんだ」


 純粋な優しさに嬉しく思う半分、嘘を付いた後ろめたさ半分の複雑な心境を隠したまま、買い物の付き添いは続くのだった。

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