#11 手繋ぎと服選び


 最寄り駅から電車に乗ること三十分、目的地であるショッピングモールに辿り着いた。

 スタートこそ若干気恥ずかしい空気が漂っていたが、電車内で雑談をしていたら元の距離感に戻れたのでホッとしている。

 あのままで無くて良かった……。


 広々とした店内は休日であるためか多くの人が行き交っていて、その喧噪は隣にいる人でも声を張らないと会話もままならない程だ。

 

 それにしても、前々から思っていたが眞矢宮まやみやは本当に人目を集める。

 今もすれ違う人達が彼女を見ており、特に男達は分かりやすい程に目を奪われていた。

 隣にいる俺は果たしてどう映ってるやら……せめてボディガードとして見てくれれば、護衛の役目もこなせて楽なんだがな。

  

「さて。買い物をしたいとは聴いてるけど、具体的には何を買う予定なんだ?」

「服を買おうと思っています。そろそろ暑くなって来ますから夏物を揃えようと」

「なるほど。確かに来月にはもう夏なんだよな」


 五月の中旬を過ぎて下旬に差し掛かろうとしているので、眞矢宮の様に女子としては流行の先取りは重要なのだろう。

 星夏も夏物が欲しいとぼやいていたし、女子のファッションに対する意識の高さには尊敬の念を懐いてしまいそうだった。


 個人的な心象はさておき、目的を定めたのなら後は単純明快だ。


「んじゃ行こうか。ほら」

「え……?」

 

 俺が手を差し出すと、眞矢宮が桃色の瞳を驚いた様に丸くした。  


「この人混みだとはぐれるかもしれないだろ? 護衛として付き添ってるから眞矢宮を一人に出来ないし、ストーカーもそうだがナンパも沸いて来たら大変だ。そうならない様に手を繋いでおこうと思ったんだが……図々しかったか?」

「い、いえっ! お気遣いありがとうございます! で、では失礼します!」


 手を差し出した理由を伝えた所、納得してくれた眞矢宮はお礼を言いつつ俺の手を両手で握って来た。

 星夏とは違った柔らかな手に包まれ、思わず動揺してしまったが何とか平然を装う。

 というか片手で良いんだが……。

 そう言おうとした矢先、彼女は真っ赤な顔を向けて恥ずかしそうにしながらもゆっくりと口を開き……。


「絶対に……離さないで下さいね?」

「──もちろん」


 言われるでも無いお願いに、堪らず笑みを零しながらも頷く。

 すると眞矢宮は嬉しそうに微笑むのだった。


 =======


 店内を歩くこと十五分後、一つ目の店に着いた眞矢宮は早速服を手に取って選び出していた。


「う~ん……こちらのブラウスか、それともチュニックにしましょうか……」


 口では悩まし気だがその表情はとても楽しそうで、ストーカーの事など頭から抜け落ちているようだ。

 まぁ誰だって嫌なことは忘れて、楽しいことを考えている方が良いに決まっている。

 そうして好奇心旺盛な子供の様に服を見て回る眞矢宮を微笑ましく見守っていると、両手に色違いの同じ服を持って俺に見せて来た。


 この後に彼女が何を言うのかは容易に予測出来る。


「荷科君! どちらのブラウスが良いと思いますか?」


 ほらやっぱり。

 星夏からの指導でも言われていたが、服を買いたいと言った時からこの質問が出る事は予測していた。

 指導者本人も、彼氏とデートに行く時の服装に悩んで俺に聴いた事があるしな。

 ……別に俺が一度も行った事の無い、星夏とのデートを助ける事は悔しくなんかねぇよ。


 ともかく先生星夏曰く、ここでの返答は女子的にポイントが高いらしい。

 そのため尋ねられたら注意せよと教わっている。

 

 そして肝心の返答だが、実はどっちか好きな方を選べという何とも投げ遣りなモノだった。

 聴いた時は『オイ』と思ってしまったが、それも複雑な乙女心故だという。

 何せこの問いの真髄は相手の好みを知るためなんだとか。

 

 だが良い例として良く聴く『どっちも似合う』と返すのは地雷になる。

 何故かと言うとそれは男子的には褒めていても、女子的には『自分に興味は無いのか』と印象が悪くなるから。

 少しでも好印象を残すのなら、完全に自分の好みで選んだ方が良いという訳だ。


 人によっては既にどちらか決めた上で聴いてくる場合もあるそうだが、眞矢宮の性格を考えればそれは無いだろう。

 

 さて、彼女が選んで欲しいと尋ねたブラウスは二つ。

 右手のブラウスは白を基調として胸元と袖にフリルがあしらわれていて、清楚な眞矢宮にぴったりだと思える。

 対して左手のブラウスはというと、淡い水色で装飾が少ないシンプルなものだ。

 

 どちらも眞矢宮に似合いそうで悩ましいが、俺の感性で選ぶとしたら……。


「……左の方だと思う」

「そうですか! ではこちらの方にしますね」


 ほとんど直感の選択に対し、眞矢宮は少しだけ笑みを綻ばせながら選ばれなかった方のブラウスを戻し、会計のためにレジへ歩いて行った。

 その笑顔とは対照的に、俺の心には沸々とが沸き上がっていく。

 だが今は彼女のエスコートとボディガードに集中しろと思考を逸らし、表面上は平静を装うことに徹する。


 やがて眞矢宮はニコニコと綺麗な顔を輝かせながら戻って来た。


「お待たせしました。次のお店に行きましょう!」

「あぁ……服、持つよ」

「え、でもたった一着ですからそんなに重くありませんよ?」

「隣に手持ち無沙汰の男がいたら眞矢宮の印象が悪くなる。別に恩を着せるつもりはないし、楽が出来て良かったくらいに思えば良いだけだから」

「えぇっと……では、お願いします」


 護衛なのに片手を塞ぐのはタブーだろうが、手ぶらで女子の隣を歩ける程薄情なつもりはない。

 おずおずと購入したブラウスが入った袋を受け取り、空いている手で眞矢宮と手を繋ぎながら店内を歩く。

 

「次は何を買うんだ?」

「あの……わ、笑わないで下さいね?」


 俺の問いに眞矢宮は顔を赤らめながらそう前置きする。

 聴く前から笑うなとは中々難しいお願いだが、変に言及して気まずくなるのは避けたい。

 なので無言で頷くと、彼女は深呼吸を挟んでから告げた。


 






「──水着を……買おうと思っています」

「……」 

 

 あまりに予想外な内容に言葉が出てこなかった。

   

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