#10 デートスタート


 ──翌日。

 

 土曜日の今日はバイト先の同僚である眞矢宮まやみやの買い物に付き添う日だ。

 星夏はあの後のセックスを終えてから朝まで熟睡したため、服のコーデは起きて早々慌てて選ぶハメになってしまった。


 とりあえず眞矢宮を迎えに行く時間には何とか間に合いそうだが……。


「それじゃ行って来るけど、しっかり休んどけよ?」

「う゛ん゛。ごめ゛ん゛ね゛ごー──ゲフゲフッ、うっ……痛い痛い……」

「あ~もう良いから腰に湿布貼って龍〇散舐めとけ」


 昨日の激しいセックスにより、星夏は腰と喉を痛めていた。

 久しぶりに身体を酷使したため腰が筋肉痛に、喉は大声の出し過ぎたためだ。

 いくら本人の希望とはいえ、無茶をさせてしまった事には当然ながら誠心誠意謝った。


 お詫びに看病をすると言ったのだが……。


『それは向こうに申し訳無いし、こーたのおかげでスッキリしたからヘーキだよ。腰と喉だって痛めたのが休日で良かったくらいだし』


 と、眞矢宮を優先してやれと言われた。

 正直星夏を一人残して自分だけが出掛けるのは気が進まなかったが、せっかくデートを取り付けた女の子の勇気を台無しにするなと怒られてしまったのだ。


 ちなみに俺がピンピンしているのは、不良時代の癖で身体を鍛えているからだったりする。 腰が治ったらストレッチでも教えるようかと考えつつ、彼女に見送られながら外に出た。


 待ち合わせ場所は眞矢宮の家の前になっている。

 本人は現地集合で良いと言っていたが、出来るだけ一人になるリスクを減らすためと説得して納得してもらった……かなり渋々って感じだったが。


 なんて思い返しつつ、家から徒歩二十分の距離がある眞矢宮の家の前に着いた。

 少し大きい庭がある一戸建ては、左右に並んでいる家と比べて大きい方で、初めて来た時はお金持ちなのではと思ったモノだ。

 実際のところは一般家庭より多少裕福という感じで、親御さん達も気の良い人だった。

 それは眞矢宮が純真な性格に育つのも当然だろう。


 だからこそ、そんな彼女を汚そうとしたストーカーから守る役目を引き受けた。

 今のところはただ家に送っているだけだが、いつあのクソ野郎が襲って来ても良い様に警戒を解いた事はない。 

 もちろん、今日の付き添いも同じだ。


 ……まぁ、星夏から『そんな堅い気持ちは一旦置いといて、女の子をエスコートする事に集中しなさい』と何とも複雑なお言葉を頂いてしまっているんだが。


 さて、いつまでも考え事に耽っていないで眞矢宮に家の前まで着いた事を知らせよう。

 そう思ってインターホンを押す。


『はい』

「えっと荷科はすかです。眞矢──海涼みすずさんの買い物に付き添う約束をしてるんですが……」

『ふえっ!? あ、あの荷科君、私が海涼です!!』

「あ、そうなのか。準備は済んでるのか?」

『は、はい! 今出ますね!」


 家の人が出たのかと思ったのだが、良く聴けば眞矢宮本人だった。

 モニター付きのインターホンだから向こうは俺だと知っていた分、何だか空回りした気分だ。


 一瞬何か嬉しそうな声が出ていた様だが、まぁ気のせいだろう。


「お、お待たせしました!」


 程なくして開かれた玄関のドアから眞矢宮が出て来た。

 

 フリルスカートが目立つ白いワンピースの上にパステルグリーンのカーディガンを羽織っていて、いつもはストレートにおろしている黒髪は毛先が少しだけカールを巻いている。 

 全体的に爽やかかつ清楚な装いは、彼女の性格と容姿にとても似合っていた。

 どことなく緊張を含んだ挨拶なのは、ストーカーが現れないかという不安からだろうか。


 それにしても……なんか買い物に行くだけなのに気合い入ってない?


 眞矢宮の私服は休日のバイト終わりに何度か見た事があるが、ここまで気合いが入った服装は初めて見る。

 まさか星夏の勘が当たってるのか?

 いや、確証の無いことに頭を悩ませるのは後で良い。


 今は眞矢宮の挨拶に返事をしないと。  


「よっ。今日は荷物持ちとして存分に扱き使ってくれ」

「もう、そんなにたくさん買う予定はありませんよ」


 ジョークを交えた挨拶の返事に、眞矢宮は苦笑を浮かべながら返した。

 っと、そういえば星夏から口酸っぱく言われてた事があったな……。 


「眞矢宮」

「はい?」

「服、似合ってるな。いつもだけど、今日は一層綺麗に見える」

「っ! あ、ありがとう……ございます……」 


 俺の称賛に眞矢宮は顔を赤くして俯きながらも、小さい声で感謝の言葉を発した。

 女子の服は必ず褒めろと言われていたが、多分星夏のアドバイスが無くても彼女の装いを褒めていたと思う。

 現に……。 


「髪もいつもと違って可愛いと思う」

「えっ!? う……ぁ、わ、分かるんですか?」


 素直に髪も褒めた所、何故か意外そうな顔で驚かれた。

 その反応に引っ掛かる気持ちはあるが、そっと飲み込んで気付いた理由を言おう。


「そりゃそうだろ。眞矢宮の髪は綺麗だから印象深いしすぐ分かったよ」

「きゅぅ……っ!?」

「あ、悪い。なんか気持ち悪かったな」

「そそ、そんなことありません! ……気付いてくれて凄く嬉しいです」


 人の髪を記憶するくらい見ていたなんて、ストーカーと同じみたいで怖がらせたと思ったが、眞矢宮は残像が出来そうな勢いで首を横に振って否定した。

 そして消え入りそうな声で礼を返されてから……。

 

「えっと……荷科君も似合っていますよ。とってもカッコいいです」

「ははっ、お世辞でも嬉しいよ」


 俺の服装を褒め返して来た。

 実際に選んだのは星夏なので、あまり誇れるモノでは無いがとりあえずそう返した。

 だが眞矢宮はムスッと口を結んだ。

 

 どうしたのかと思った瞬間……。


「お世辞なんかじゃありません。あの時も今でも荷科君は本当にカッコいいんです。本人でも否定するのは許しません」

「──」


 大人しい眞矢宮にしては随分と強気な言葉に、俺は目を丸くしてしまう。

 しかし何か言おうとする前に彼女はハッとしてから、慌てた様子で咳払いをする。


「コホン。と、とにかく! お世辞だと言わず素直に受け取って下さい」

「あ、あぁ……」


 有無を言わさないと訴える瞳に押され、あれは本音だったと受け取ることにした。

 

 何とも奇妙な形ではあるが、眞矢宮との買い物が始まるのだった……。

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