#7 好きな子に別の女子との仲を応援される苦しみ
「ただいま~」
「おかえり~こーた」
眞矢宮を送り届けてから帰宅すると、星夏から挨拶が返って来た。
相も変わらず人のベッドを占領している彼女はもう入浴を済ませた後の様で、白とピンクのチェック柄のパジャマ姿だ。
アイスを食べながら漫画を読むのは行儀が悪いと思うが、意外にも汚した事はないのでそこまで不満はない。
「今日もバイトお疲れ様」
「サンキュ。……あのさ、今度の休日は出掛ける事になった」
「ほぇ~珍しいじゃん」
労いの言葉に礼を返したついでに、外出の件を伝えると意外そうな反応が返って来た。
珍しい……というのは、休日はバイトか家でゴロゴロして過ごしているからで、家にいれば星夏といられるという何とも自分勝手な理由なのだ。
尤も彼女とどこかに出掛ける事も無いが。
たまに
何せ、星夏が使う歯ブラシとかコップとか普通に置いてあるから、見つかった時に色々追及されるのは目に見えている。
そんな俺が人と外に出掛けるというのだから、珍しいと言われるのも仕方ないのだろう。
しかし何か誤解されている様子だが、ひとまず用件を告げることにした。
「バイト終わりに家まで送ってる同僚がいるって話しただろ? 休日に買い物に行きたいそうなんだが親と友達の予定が合わないらしくてな。代わりに俺が護衛兼荷物持ちとして付き添う事になったんだ」
「ほほぉ……」
事実をありのままに話しただけなのに、やけに星夏は面白そうな話を聞いたという風に関心して……。
「いいじゃん、付いてってあげなよ。というかそれ完全にデートじゃん!」
「……はぁ?」
案の定というか、あらぬ誤解をする星夏に思わず眉を顰める。
いや確かに相手が女子だと知っているとはいえ、ただ買い物に付いて行くだけでデートに結び付けるのは些か失礼だと思うぞ。
「俺、護衛を兼ねて付き添うって言ったよな?」
「うん。でも向こうはデートのつもりでこーたを誘ったんじゃないかな?」
「何の根拠でそう思うんだよ」
そう問い詰めると、星夏はやたらと自信満々な面持ちを浮かべて……。
「女の勘!」
「……」
「……ってだけじゃ納得しなさそうだね」
無言の圧から俺の言いたい事を察した星夏が改める。
最初から普通に言えよ。
「その子とこーたは学校が違うからバイト先でしか会えないでしょ? でも休日にわざわざ買い物に付き合ってなんて、好意が無いと中々言わないよ。その理由だってでっち上げくさいし」
「でっち上げって……ストーカーの事で一人じゃ外出しづらいってのがそうとは思えないんだが……」
「ちーがーうーのー。ただ買い物に付き合ってほしいだけなら、家族とか友達の都合が悪いって説明はいらないの。それが遠回しにこーたをデートに誘うための口実にしか聞こえないって意味!」
「そっちか……でも眞矢宮がそんな嘘を付く必要あるのか? 普通に誘ってくれればいいのに──」
「その普通に誘うのが恥ずかしいから遠回しに言ったんでしょーが! この誘い文句が一番の根拠ってわけ!」
「あ、あぁ~……なるほど?」
ここまで力説されると、そういうことなのかと頷きそうになる。
異性の俺には分からない、同性だからこその共感というべきか……流石としか言い様がない。
「せっかく多少なりとも意識して貰えてるんだから、チャンスはモノにしないとダメだよ? ……こーたの鈍感!」
「鈍感って……」
そもそも俺はお前の事が好きなんだが?
到底言えない反論を喉の奥で噤みながらも、改めてこの状況を俯瞰して考えて見る。
……俺、もしかして好きな子に別の女子とのデートを推奨されてるのか?
そう理解するや否や、心に拭い切れないやるせなさが込み上げて来た。
ちょっとでも気を緩めたら、目から悲哀の帯びた何かが出て来そうだ。
久々にキツいのもらったなぁ~……。
何がキツいって、星夏は意地悪で言っているのではなく、本気で俺に春が来たと思って応援してくれていることだ。
ありがた迷惑とはまさにこの事か。
もう二年以上も一つ屋根の下で一緒に暮らしているんだから、ちょっとでも寂しく思ってくれても良いんじゃないのか?
そう思われないのは、やはり俺が恋愛対象として見られてない故なのだろう。
我ながら女々しい限りの寂寥感を懐いている間にも、星夏の勢いは止まらない。
「よぉ~し! それならこーたがデートで失敗しない様に、アタシが色々とレクチャーしてあげる! 向こうにとって思い出になる様な素敵なデートにしようね!」
見ろよ、この爛々とした曇り無き眼……。
可愛いだろ?
俺の初恋相手なんですよ……欠片も意識されてない上に、違う相手とのデートをご指導ご鞭撻して下さるんですよちくしょう。
けれども好意を明かせない都合と、少しでも星夏に笑顔でいて欲しい想いから、俺の返答はたった一つしか無い。
「アーウンココロヅヨイナァ~」
心頭滅却……心を無にしてダメージを最小限に抑えること。
今日教わったことを教えた本人に実践出来る日が来ることを祈りつつ、ありがたい講義を終えた俺は枕を濡らしながら夜を明かすのだった……。
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