#8 純愛の対極にある裏切り
【星夏視点】
「
金曜の放課後、アタシ──咲里之星夏は手紙で呼び出された場所で告白をされていた。
今日は学校が終わったら、明日こーたが着ていくデート服を決める予定だったのに、何とも間が悪い話だなって考えが頭を過って仕方が無い。
でも結果がどうであれ、相手からの告白を聞くのはアタシの信条だ。
そんなわけで呼び出して来た相手は、隣のA組で一番のイケメンだと言われている男子だった。
確か名前は
孤立してるアタシでも噂で知った通り、顔は女子なら目を奪われそうなイケメンだ。
だからって彼の告白を受けるかどうかは別の話。
人付き合いにしろ恋愛にしろ、中身の相性が良くないと長続きしないので、見掛けに目が眩んでいたらアタシは自分の夢には到底辿り着けない。
で、肝心の中身だけれども、それも女子の間で評判になっている。
バレー部に所属している次期キャプテンで、チームメイトからの信頼も厚いとか。
加えて勉強も出来るの優等生で、プラスのエピソードにも事欠かないので問題は無い……。
──と、思いきや実は名前を聞いた時点で今回は断ると決まっている。
だってねぇ……。
「あの津根君。告白の返事の前に聞きたい事があるんだけど良いかな?」
「うん? もちろん良いよ」
「ありがと。じゃあさ……」
話を遮られた事に不快感を出す事無く、こちらの言葉を聞き入れてくれた。
相手のテンポに合わせられる証なんだけど、だからこそこの質問はとても重要なモノになる。
それは……。
「津根君って、確か女子バレー部のエースと付き合ってるはずだよね? 彼女がいるのにアタシに告白ってどういうことなのかなぁ~?」
そう、これまた女子の間で、彼には既に付き合っている相手がいると話題に挙がっているのだ。
自分の目でハッキリと見た訳じゃ無いけど、これが事実なら津根君はアタシを浮気相手に選んだということになる。
いくらビッチと呼ばれていても、理想とは対局にある浮気に付き合う気はさらさら無い。
そんなアタシの問いに津根君は……。
「……確かにいたよ。でもお互いに部活の練習で忙しくしていたら段々と距離が開いていって、気付いたら自然消滅しちゃったんだ」
「あ~それは残念だったね」
なるほど、今はフリーと言いたいわけか。
内心で訝し続けながらも、彼の言葉の先に耳を傾ける。
「それでふと咲里之さんを見て気になって……しばらく遠目で見ていたら、噂で聞いたより全然普通の子らしくて判って……惹かれていたんだ」
「あははっ。百聞は一見に如かずって言うもんね」
さりげない口説き文句に肯定も否定もせず返す。
仮に津根君の言った通りなら、今付き合っても浮気にはならない。
「えぇっと、それで返事はどうかな?」
「ん~~……」
けれども、それは彼が嘘を付いていなければの話。
あまり警戒し過ぎると何も信じられなくなっちゃうとはいえ、真偽の見極めを怠って痛手を被るのは回避したい。
でもこの状況じゃ本当の事を知っている人に訊きに行けないし、そもそもアタシに人の恋愛事情を話してくれる人もいないんだよねぇ。
津根君に聴いても同じ答えしか返ってこないだろうし、本当に別れている可能性も否定出来ない。
一見難しい局面に思えるけれど、実は浮気かどうかを判断するための質問がある。
前とは違ってちゃんと成長してる……出来るだけ相手を刺激しないように言葉を選んでからアタシは口を開く。
「じゃあ、
津根君のRINEの履歴を見せてくれたら付き合うよ」
「……え?」
想像もしていなかった返事に、津根君は目を丸くして呆けた。
少ししてから彼はハッと意識を戻す。
「な、何言ってるんだよ? そんなの無理に決まってるだろ?」
アタシが告げた交際条件に、津根君は狼狽しながら拒否する。
そりゃそうだよね、スマホの中身はプライバシーの塊……ましてや浮気をしようとしていたら、自分が嘘を付いていた事に他ならないからね。
ある程度評判のある人なら信頼が無くなりそうではあるけど、元から地に落ちてるも同然のアタシには掠り傷にしかならない。
悪いけれど、もう去年と同じ目に遭いたくない一心でなお続ける。
「そりゃ彼女ですらないアタシが見たらプライバシーの侵害だけど、彼女と別れたのが本当かどうか確かめるにはそれしかないもん」
「ほ、本当だってば。うちのチームに聴けばすぐ判るし……」
はいダウト。
そこで訊きに行く対象に彼女を真っ先に挙げない時点で、まだ別れて無いから知られたら不味いって言ってる様なモノだよ。
「わざわざ人に訊きに行くより、ここでパッとスマホを見せてくれた方が早いよ? それとも、疚しいことがあるから見せたくないとか?」
「えっと……そ、そうなんだよ! ホーム画面がちょっとエロいヤツに設定したままでさ──」
「別にエッチな画像を設定してたって何も言わないよ。それに見たいのはRINEの履歴だからね」
「うっ……さ、咲里之さんはまだ彼女じゃ無いだろ? 付き合ってるならまだしも、恋人じゃ無い人にスマホを見せるはずないって……」
アタシの追及に津根君は挙動不審を露わに、なんとか躱そうと必死になっていた。
けれども否定すればする程に、自分が浮気をしようとしてたって白状してる事に気付いていないみたい。
挙げ句に論点を
もう追及は必要無いけど、この際だからきっぱりとお断りしておこう。
「……そっか。それじゃあ残念だけど告白は受けられないや。ごめんね」
「はぁっ!? 人の告白を勝手に浮気扱いしておいてなんだよそれ!?」
「勝手も何も、彼女と別れてないのにアタシと付き合おうなんて浮気以外考えられないし。そんなのに巻き込まれない様にするのは当然でしょ?」
「~~っ、ふざけんな! じゃあもう良いよ! お前みたいなビッチなんかに告るんじゃなかったよ!!」
あまりに身勝手な捨て台詞を吐きながら、津根君は足早に去って行った。
自分から告白して来ておいて、思い通りにならなかったら願い下げとか……あれじゃ付き合ってる彼女も苦労させられそうだなぁ。
いや、とっくにされてるか。
予定を崩された上に最悪な気分だった。
思わずため息が出そうになる。
「なんで恋人がいるのに浮気なんてするのかなぁ……」
代わりにそんな愚痴を零す。
確かに気持ちが通じ合って付き合ってるはずなのに、別れもせず違う相手と関係を持つ感性が理解出来ない。
あんな噂が立ってるアタシでも、彼氏がいる時は告白の呼び出しすら応じない様にしているのに。
恋人を……家族を裏切ってまでする心と頭が不気味に思えて仕方が無い。
それだけアタシは浮気とか不倫という行為に嫌悪感を懐いている。
だって──。
──お父さんだった人は知らない誰かと浮気をして、家族だったはずのアタシとお母さんを捨てたんだから。
どうして浮気をしたのかとか、なんでアタシ達を選んでくれなかったのとか、そんな疑問はとうの昔に枯れ果ててる。
あの人がいなくなってからお母さんは別人みたいに変わっちゃって、色んな男の人と遊ぶ様になった。
今じゃ家に帰って来るのは生活費を置きに来た時だけで、
朧気な記憶にある家族の時間が嘘みたいにひとりぼっちになった。
家族を壊した浮気なんて……あんな人と同じ事なんて絶対にしたくない。
だからアタシだけを愛してくれて、たった一人だけを愛せる純愛を求めた。
それがあれば、浮気も不倫も無い幸せな家族を作れると思ったから。
その結果がビッチの噂なんて、皮肉にも程があるけれどね。
でもそれだって去年のあの事が無ければマシだったと思う。
そんな過ぎた事を悔やんでも、何も変わらないからどうでもいい。
今アタシの頭にあるのは早くこーたのいる家に行って、心の中のモヤモヤを吐き出したい……ただそれだけだった。
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