#4 屋上でのひと時
──思えば彼女と一緒に昼飯を食べたのはアレが最初だった。
中学二年生の頃、学校の内外問わず暴力沙汰を繰り返していた俺は周囲に避けられて孤立していた。
それはそうだ、誰が好き好んで素行不良のヤツと仲良くしようと思うんだ。
クラスメイトや別の学年の先輩後輩も、教師だって俺を怖がってまともに関わろうとしない。
けれども特にその事で寂しいと思ったこともなかった。
誰かと居ても煩わしいだけで、この先もずっと一人で良いと思っていたからだ。
だというのに、アイツだけは違った。
「ねぇこーた。こんな広い屋上で一人でご飯を食べて退屈じゃない?」
「あぁ?」
コンビニで買ったおにぎりを屋上で食べる習慣がついていた俺にそう問い掛けたのは、咲里之星夏だった。
当時はビッチの噂はなく、人当たりの良い美少女として男女共に人気があったのだ。
その人当たりの良さは孤立していた俺に対しても発揮され、今の様に積極的に話し掛けて来ていた。
たかが小学校の時から同じクラスだっただけの腐れ縁の俺に、どうして彼女が屋上まで付いて来るのか全く理解出来ず、煩わしく思っていたのが懐かしい。
ともかく、無神経な質問をされて苛立ったのは覚えている。
その怒りをぶつけるべく星夏を睨んだものの、まるで怖がる素振りを見せず笑って見せた。
「……別に俺がどこで昼飯を食べようが関係ねぇだろ」
「まぁそうなんだけどさ、お喋りしながら食べると楽しいよ~」
「知るか。俺のことなんて放っておけよ」
本気で鬱陶しいと告げるも、星夏は全く応えない。
それどころか……。
「よいしょ」
「……オイ。なんで俺の横に座った?」
「ん~? こーたのことは放っておいて良いんでしょ? だからアタシの好きにしてるだけだよ~」
「……ッチ」
思い切り拒絶されたにも関わらず、屁理屈をこねて俺の隣に腰を下ろしたのだ。
これ以上話しても無駄だと決め、一人でおにぎりを食べる。
その横で星夏は自分で作った弁当を美味しそうに食べていく。
それが俺と星夏が初めて二人きりで昼飯を食べた時の思い出だ。
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「こーた。ぼーっとしてどーしたの?」
「ん? 何でもねぇよ。早く食おうぜ」
少し思い返していたら、星夏に心配を掛けてしまっていたようだ。
今と比べると随分と丸くなったなぁと思う。
その代わりと言わんばかりに、高校では星夏が孤立しているのだが。
かつて彼女に救われた俺に出来るのは、部屋の合鍵を渡して寝床を貸すのが限界だった。
払拭するには噂はあまりにも学校中に浸透してしまっている。
それこそ、星夏が一生の相手を見つける時まで無くなりそうにない。
一体、いつになるのか先行きが見えない不安と寂しさを抱えつつ、昼飯を食べ始めようと促す。
「うん。今日も腕によりを掛けて作ったから、しっかり味わってね~」
「おう、サンキュ」
目の前で感想を聞けるのが楽しみなのか、朗らかに微笑む彼女を愛おしく思いつつ礼を伝えた。
一応同居とも言える俺達の食生活は、手が空いてる方が作るようになっている。
今日は星夏が早く起きたので、弁当を作ったというわけだ。
いつか添い遂げる人のために賢明な努力を重ねた彼女の料理は、人に振る舞っても不満が無い素晴らしい腕を持つに至っている。
その腕を存分に振るって作られた弁当の料理はどれも冷めているのに美味しく、一つ一つ感想を伝える度に星夏は嬉しそうに笑ってくれた。
そうしてあっという間に弁当を食べ終えてしまった……楽しい時間って過ぎるのが早いよなぁ……。
勿体ない気持ちに心の中で項垂れていると、不意に肩に重みが掛かった。
「……星夏?」
視線を向けると、星夏が俺の肩に寄り掛かっていた。
戸惑いながらもどうしたのか尋ねる。
「あのさ、こーた。周りに誰もいないし……チューしない?」
「え……?」
……今、なんて言った?
思いもよらない提案に、思考が働かなくなってしまった。
だが、星夏は至って真剣な面持ちを浮かべているので、冗談ではなく本気だと察する。
「なんでだ?」
「さっきのことでまだモヤモヤしててさ。ストレス発散したいの。本当はエッチしたいけど、学校じゃちょっとね」
「そこは自重してくれて助かる……てかいっそのこと放課後まで待てないのか?」
「こーたは今日もバイトでしょ? 学校終わったら夜まで帰って来ないじゃん」
「あー……」
別に星夏とキスをしたくないわけじゃないが、人目が無いとはいえ学校でキスをするのは気が引けてしまう。
しかし述べられた理由に返すと言葉も無く、むしろ納得させられた。
まぁあんな目に遭って傷付いてるのは間違いないだろうし、俺がキスに応じるだけで多少なりとも癒やされるなら断れるはずもないか。
「──いいよ」
「ありがとー。あ、一応言っとくけど舌入れるのはナシね。スイッチ入っちゃうから」
「分かってるって」
お願いを受け入れられた星夏は、可愛らしくはにかみながらも禁止事項を指定する。
それに頷いてから、改めてキスの姿勢に移った。
とは言っても、隣に座っている星夏の身体を抱き寄せただけだ。
けれども華奢な彼女の身体はとても柔らかくて、同じ石鹸を使ってるはずなのに良い匂いがして、否応なしに意識をしてしまう。
「あははっ、学校でこーたとキスするのってなんか新鮮だね」
「……学校では関わるなって言うからな」
「だってアタシのせいでこーたがまた独りになっちゃうのはイヤなんだもん」
「別に気にしてないって」
星夏の言う様に確かに新鮮な気持ちはある。
つい家でいる時のノリで接しているが、学校では俺達はクラスメイト以上の関わりが無い。
別に気にしないのだが、中学時代と違って孤立していない俺の現状を崩したくないという、星夏たっての希望に従ったまでだ。
そうやって気に掛けてくれること自体が嬉しく思う。
「……そろそろ行くぞ」
「うん……」
話も程々にして星夏に呼び掛ける。
身長差があるため、俺から見て若干彼女の顔の位置は低い。
その差を詰めるべく身体を少しだけ下ろして、星夏の唇に自分の唇を重ねる。
「ん……」
いつもなら舌を入れるのだが今日はそこで止まらないといけない。
だけど、心臓の鼓動がやかましいくらいに早まっている。
自然と離したくないという風に星夏を抱き寄せている腕に力が入った。
「──っ」
気付けば星夏の左手が俺の制服のシャツを掴んでいた。
きっとフレンチキスをしたい衝動に駆られているけど、それを抑えようとしているからだろう。
柔らかい星夏の唇からは微かに弁当に入っていたミニハンバーグの味がしていて、多分向こうも同じ感想を抱いているかもしれない。
同じ中身の弁当だし、当然と言えば当然か。
ともかくずっとキスをしていては窒息してしまうので、名残惜しいが呼吸のためにも離さないといけない。
「は……」
「ぁ、ふ……」
どちらからともなく唇を離し、息を整えながらチラリと星夏に目を向ける。
触れるだけのキスだったのに興奮したのか、星夏の顔は火照った様に赤かった。
上気してトロンとした眼差し、鼓膜を揺らすようなか細い吐息、密着しているが故に腹に押し付けられている豊かな胸……先に自分の方がスイッチが入りそうで、慌てて首を振って邪念を払う。
「こーた……もう一回チューして?」
「──っ!」
だというのに落ち着く間もなく、星夏からもう一度と強請られた。
甘ったるい声音でそんなことを囁かれて動揺しないはずもなく、欲情して剥き出しになりそうな本能を理性で押さえつけながら、深呼吸をして再度冷静になるよう心に言い聞かせる。
「……一回だけ、だからな」
「ふふっ」
なんとか絞り出せた同意の一言に、星夏は花が舞う様な笑みを浮かべる。
……正直、彼女が強請る限り何度でも許可してしまいそうだ。
それだけ甘えて来る星夏が可愛い証拠だろう。
「ん……」
そうして再度唇を重ねる。
もし周りに人がいたとしたら、俺達は一体どんな関係に映るんだろうか。
悩むまでも無い、恋人一択だ。
誰も俺と星夏がセフレなんて──ましてや叶わない片想いをしてるだなんて思いもしないだろう。
いっそ時間が止まって欲しいなんて、そんなありふれたポエムみたいな考えが頭を過る。
当然冗談だ。
もし本気で考えていたなら女々しさの極まりだな。
くだらなさ過ぎて自嘲する他ない。
俺という人間は星夏の恋人になれる資格どころか、こうしてキスをすることすら烏滸がましいのに。
頭の中で自虐を繰り返している内に、星夏が唇を離した。
互いにゆっくりと身体を離し、息を整えていると昼休みの終わりを告げる予鈴が響く。
もうそんな時間か……なんて思っていたら星夏が立ち上がって背伸びを始める。
「ん~~スッキリしたぁ!」
「……なら良かったよ」
どうやらストレスは解消したらしい。
元気になって何よりだ。
「こーたのバイトが終わる時間って昨日と同じくらい?」
「あぁ。晩飯はまかないで済ますよ」
「りょーかい。あ、今朝見た時に冷蔵庫の中が少なかったから適当に買い足しとくね」
「悪いな」
「寝泊まりさせてもらってる身だもん。それくらいなんてことないよ」
そんな会話をしてから、俺達は別々になって教室へ戻る。
同行していたら周囲に星夏との関係を怪しまれてしまうからだ。
ただ、願わくばまた今日みたいな昼休みを過ごしたい。
密かにそう祈りつつ、午後の授業に取り掛かるのだった……。
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