第8話 カーマイン

 腐鳥ふちょう――その名の通り、腐った鳥だ。

 死霊術師の初等魔術として知られ、主に烏の遺骸を使って作られる。そんな腐乱しつつも生前同様に飛べる烏たちが、今、美星メイシンの頭上を十数羽も舞い飛んでいた。


「ジジイ! この腐鳥はアンタの手下じゃないのね!?」


「私は魔術師ウィザードであり死霊術師ネクロマンサーではない!」


 そう宣言しつつ乾は再び呪文を唱えてアストラル・パンチを繰り出し、身近に迫った腐鳥を叩き墜とした。


因業いんごうジジイだけど、少なくともあの男が死霊術師ネクロマンサーじゃないことは保証するわ!」


 美波は乾と知り合いなのか嫌悪感たっぷりの顔でそう言い切った。美星はその言葉に頷き、腰のベルトループに結んでいた飾り帯の結び目を引っ張り、それを一気に解きほどいた。

 ほどかれた紐――その太さはパラシュート用コードパラコードほどの細さで、先端には投げ釣り用の六角型錘に似た先が尖ったおもりが結びつけられている。

 美星はそれを身体全体を使って左手で器用に振るい、空中の腐鳥を打ち落とした。


流星錘りゅうせいすいか……。『武術師ウーシュシー巫術師ウーシュシーでもある』とはよくいったものだな」


 美星の絶技を見た乾は、感心したように頷いた。

 その間にも美星は身体を回転させながら流星錘を打ち回す。しかも、美星は美波を護るように彼女の周りを回るように動いていた。

 美波はバッグから蝋燭ろうそくを取り出してそれに火を灯すと、くるくると蝋燭を動かして蝋を溶かし、溶けた蝋を周囲に振りまいていく。

 蝋とともにココナッツオイルの甘い香りが辺りに広がり出すと、腐鳥はその香りを嫌悪するような鳴き声を放ち、動きを鈍らせた。

そこに美星の流星錘が襲いかかる。

 十数羽いた腐鳥は瞬く間に数を減らし、劣勢と見た術士が合図を送ったか、腐肉がついた羽をまき散らしながら引き上げて行った。


「さて、説明してもらえるかしら?」


 美星はいつでも乾の頭に振り下ろせるように流星錘を回転させたまま、彼を睨みつけて促した。


「ふむ。まずは敵ではない証明をしよう」


 そういうが早いか、乾は銀糸で魔法円マジックサークルが縫い込まれた革手袋をはずし、ポケットに仕舞い込み、そして両手を軽く開いて見せた。


発動体はつどうたいを持たない魔術師など怖くあるまい?」


「あんたが普通の魔術師だったらね。なぜ、その男を繋いでいるの?」


「餌だ」


「はあ?」


 事もなげに答えた乾の言葉に耳を疑い、思わず美星は聞き返した。

だが乾は顔色ひとつ変えずに同じ言葉を繰り返した。


「餌だ。今のところはな」


「どういうこと?」


「この男が理由も定かではないままに、呪詛じゅそをかけられ続けている。それはわかっているな?」


「そうね。美星、その流星錘を止めて、まずは話を聞きましょう」


 美波の求めに渋々とした様子で美星は錘を振り回すのを止め、コンクリートの屋上に叩きつけるように錘を落とした。


「まさか、呪術師を引っ張り出すための餌ってこと?」


「さすがはソロール・ディアーネ。察しがいいな」


「私の魔法名マジカル・モットーを口にするのは止めて欲しいわね。あなたに言われるとけがれそうだわ」


「これは厳しい言葉だな」


 乾はくつくつと笑い、ポケットからシガレットケースを取り出すと、『いいかね?』とひと言断りを入れてから葉巻を取り出し、吸い口を切ってから指を弾いて火をつけた。


「この数週間以内に、この男のように呪詛をかけられ続ける呪術被害者が続出しているのを知っているかね?」


「彼一人ではないってこと?」


「その通りだ。生きて会えたのはこの男一人だが、私が知る限りで5人の被害者が出ており、呪詛に負けた魔術師や巫術師ふじゅつしの死者が数名出ている」


 ひと月にも満たない期間に、立て続けに同じ人間が立て続けに呪われ続けるなど、二人は聞いた事もない。


「まずは原因を探ろうとこの男を調べて見たが、なにひとつ出てこない。標しと思われる魔術痕は見つかったが、それがなんのための標しなのかも分からぬ」


「あんたが無能だからじゃないのか?」


 美星の皮肉に乾は冷笑で応じた。


「あり得んな。〈7=4〉セブン・フォー位階いかいは伊達ではないのだよ」


 魔術師は11の位階と呼ばれる階級を持ち、人間の肉体を持ったまま到達できる位階は〈7=4〉とされている。そこから先は肉体を解脱したものだけが到達できる位階であるため、乾は事実上最高位階を持つ魔術師ということになる。


「その男――後藤信二の会社での評判は普通。恋愛関係の相手もいない。至って平凡な人間だ。であるにもかかわらず、呪詛をかけ続けられている」


「そうね……。巫術の従魔をけしかけられること2回。そして死霊術ネクロマンシーをかけられること1回……」


「それに西洋魔術の召喚獣をけしかけられること2回。軽度の呪いが1回を加えてくれたまえ」


「はあ?」


「私と出会った時、コボルドに襲われかけた。さらにゴブリンと思しき小鬼が1回。呪いの痣に肌を焼かれること1回だ。今は痣に焼かれたショックで気絶しているが、そのうち目覚めるだろう」


「他に情報はないの?」


「カーマイン。呪詛に負けて死んだ魔術師がそうもらしていたそうだ」


「カーマイン……」


 カーマインとは日本語で洋紅色と言われる、わずかに紫がかった赤色のことでクリムゾンの語源。カイガラムシから取れるコチニール色素を原料とする赤だった。


古代魔術エルダー・マジックの領域ってこと?」


 そんな色の言葉から、美波がすぐに古代魔術の可能性を導き出したことに乾は目を丸くして拍手した。


「さすがは、じゃじゃ馬と違って鋭い。生物原料であるために、カーマインは宗教的には忌避する団体も存在する赤。帝制ローマ時代の魔術では、同族の血を混ぜて作り出す色に例えられた。つまり、同族殺しだ」


「話がまったく見えないんだけどさ。なんなの?」


 中華系巫術師の美星には、古代魔術など理解の範疇外だった。


「古代魔術とは中世欧州の暗黒時代以前の魔術のことよ。失われた魔術と言われるくらい、記録がほとんど残ってないの」


「そりゃ、キリスト教徒が破壊の限りを尽くしたからでしょ。ウチの国だって、焚書ふんしょなんてたびたびやらかすもんだから、貴重な道術の文献が失われているしね」


「そう。その中に色相魔術しきそうまじゅつと呼ばれるものがあり、それが今言ったカーマイン――同族殺しの魔術があったとされているわ」


「でも、同族って……どういうことさ?」


 さすがにその質問に美波は答えられずに乾を見たが、彼もまた首を横に振るだけだった。


「それが解明できていれば苦労はしない。一族皆殺しの術とも言われている」


「じゃあ、被害者になんらかの血縁があるってこと?」


 三人の視線の先にいる信二は、眉間にシワをよせて苦しそうな顔をしたまま、まだ意識を失っていた。

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呪詛狩りのカーマイン くしまちみなと @minato666

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