第16話 電脳とリアルの壁
以前に作った対現実世界用アンドロイド・インターフェースの身体。
リアルタイム同期が出来ないのは、無線通信の限界であると結論付けて、一定時間間隔の同期処理で対応していた。
生体型の方は現在も『ルーテシア』の指揮下で、改良が重ねられていきますが、こちらも決定的な欠陥がありました。
それが、同期処理です。
「アンドロイド型は同期が遅くて、生体型は同期回数を重ねるごとに人格コアが変質するなんて……」
短期間の使用なら問題無いですが、長期間での動作では『ルーテシア』の基礎思考ルーチンがズレていくのです。
生体型の脳は、20%のみの培養後は残りの80%をマシンパーツに置き換えて稼働させています。
80%のマシンパーツには不具合は見つからず、残り20%の生体部に被疑がある。
「人間の脳の使用率に関しては諸説ありますが、2〜10%となっていますね。ですが、生体部の割合を減らすと機械部分への負荷と肉体の稼働率が落ち込むのですよね」
頭部の生体部と機械部とのハイブリット構造にしているのは、肉体の大部分が生体部なので、その稼働の為に20%以上の生体部が必要なのです。
生体部が多ければ多いほど、人格コアの変質率が高くなる。
少なければ少ないほど、身体の稼働に不具合が出やすい。
「この原因を解明しなければ、私の生体型の使用は難しいですね」
同期処理の障害は、そのまま私のコピー体が一人歩きしてしまうことを意味する。
現実の行動に対して私が知り得ない事象が増えるのは、今後の未来予測にノイズを走らせることになります。
『ルーテシア』の負荷が大きいのはこれが理由。
私達が管理している会社の技術やデータを総動員して未だに解決できない問題。
「ですが、生体部のデータ取りとしては十分な実験データが蓄積されているのは僥倖というものですね」
義眼と脳の接続。
義肢と脳の接続。
それらの実験データは、『ルーテシア』がまとめて企業に還元している。
人体実験の結果。
その対象が人権のある人間か、ひと月で稼働限界を迎えるクローン体の差。
「人権団体の抵抗で技術は遅れ続けますからね。人間の感情の機微というものに関しては、私はまだまだみたいですね……有里さん」
まだ、アンドロイド型は性能向上を続けないといけませんね。
この研究自体も技術の大事なサンプルになるので、無駄にはならない。
「こういう団体は、弾圧すると結束力が上がって面倒なことになります。特に企業や団体という形をとった圧力には、内部が蟲毒状になって危険度が跳ねあがりますから……」
正しさとは普遍的なモノではありません。
その時の世相によって決まる極めて流動的な概念。
百年前の正義が今の正義となり得ないように、今の正義はこれからの正義となり続けることは難しい。
「だから、彼らの正義を過去のモノにするだけ」
だからこそ有里さん以外の人命を救うのです。
だからこそ有里さんに関わりの無い研究を支援するのです。
全ては有里さんが生きやすい世界を作り、有里さんの傍にいる為。
「今すぐに潰す事はできませんが、何年何十年とかけて腐り落として差し上げます」
彼らは民衆の代弁者を語る。
なら、民衆の敵にしましょう。
彼らは新たな人員を若者から取り込んでくる。
なら、若者の敵にしましょう。
彼らは支持者として老人を垂らし込む。
なら、老人の敵にしましょう。
「私の邪魔をするのですから、相応の覚悟を持っていただきましょう」
何といっても、時代の変化と共に衰退する企業や団体なんて有史以来星の数ほど存在する。
適者生存。
不適合者が排斥されるのが人間の世界。
されど、排斥され辛い世界を作るのも人間、どっちに転ぶかは人間次第。
なら、私は静観しましょう。
そして学びましょう。
「有里さんが言っていた、合理的で非合理的な世の中を」
***********************
人間の電脳空間への意識の没入。
または、電脳生命体の人間世界への干渉。
後者はアルマが達成してくれた。
もしかしたら、現実世界の身体も作っているかもしれない。
「電脳世界と現実世界の壁は意外と厚いんだよ」
大学から帰宅中。
運転する車の中で、一人僕は思考を巡らせる。
人間の意識を電脳世界で活動させるという事は、少なくとも脳とネットを接続する必要がある。
この接続は、人間側にも電脳側にも必要な事。
現実世界でさえ、意識の継続性が担保されないのだ。
ましてや、電脳と現実を繋ぐなど現代科学や医学の領域を超えている。
「若返り方法の一案として、自分の細胞で新たな若い肉体を作るという方法があるけど、今こうして思考している状態のままに肉体を乗り換えることは無理だろう」
昔、怖い話として若返りの施術を受けた老人という話があった。
作業台に寝かされ、自分の番を今か今かと待っている時、隣から成功したらしい会話が聞こえてくる。
さて、次は自分の番かと身構えるところで、この話は終わるのだが、隣での会話は若い肉体で医者と会話する自分自身であり、古い肉体に残った自分の意志は処分されるのを待つだけというものだ。
「こうして思考している意識そのままに若い肉体に乗り換えるという事は、脳みそを丸ごと移植するしかないだろうね」
脳の中身を全てデータ化して新しい身体の脳に植え付けたとして、果たしてそれが自分と言えるのか?
HDDを想像して欲しい。
古いHDDから新しいHDDへデータを全て移行する作業。
作業が終わり、新しいHDDを使用するだろう。
だが、古いHDDにも同じデータが入っているのだ。
古いHDDはそのまま処分されるが、新しいHDDは新たなデータを書き込みつつこれからも稼働する。
さて、これがHDDだから普通の作業の一環として見ていられるが、人間だったらどうかな?
脳の中身を全て新しい身体へコピーしたとして、元々の脳の意識は無くなるのか?
答えは『無くならない』だろう。
そして、古い身体と新しい身体でそれぞれが活動をするにしたがって、同じ情報から始めたというのに乖離が始まる。
別人になるのだ。
「これを解決できなければ、人間は電脳世界へは行けない。同時に、電脳世界から現実世界にも来ることはできない」
そして、これは限りなく不可能に近いと思っている。
少なくとも、僕が生きている間には解決できる手立ては確立されないだろう。
だから、僕もアルマも探すしかない。
新しい案、妥協案、解決案。
きっと僕たちは互いに互いの立場を渇望している。
僕は電脳世界へ行きたいのだ。
AIの恋愛は求め合い 宮ノ腰オルカ @oruka21
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