第5話:契約
後日、家の近くにある喫茶店で再び手塚修司と会う事になった。
勿論、引き合い人は兄の春樹である。
この時の修司は髭を剃り、髪も今時風に短く遊ばせた、かなりのイケメンだった。
服装もダークスーツを着こなしていて、とても学生とは思えない。
遠目で見た時に「あの芸能人、誰?」と春樹に聞いてしまったくらいの変貌ぶりである。
「無理強いはしない。だが、真剣に考えて欲しい」
そう前置きされて、修司は「Phantomで歌わないか?」と秋良を誘ってきた。
「ええ? 僕のはモノマネですよ!」
「アキのモノマネで構わない。Phantomには君の声が必要なんだ」
「春兄……」
隣に座っている春樹に助けを求めるように伺うと、春樹はニコニコと通常の二割増しで笑っている。
「俺もシュウに賛成。Phantomにはアキの声が必要だ。間違いない」
春樹の断言に秋良は迷う。
死者を蘇らせる事は出来ないが、Phantomをこのまま世に出さないのは何とも惜しい。
「お手伝いくらいならしても良いかな……」
「やってくれるか! 有り難い!」
修司はテンション高めに秋良の手を握る。
「妹の代わりに歌ってくれるなんて嬉しいよ。叔父さんも喜ぶ」
(おじさん……?)
秋良は、とても嬉しそうな修司を見つめた。
「でも、写真とかビデオとか、そういう感じのには出ません。あくまで声だけです」
これだけは言っておかねば――と秋良は釘を指す。
「何故だ?」
修司の切れ長の瞳に見つめられてドキドキしてしまう秋良。
「だって、恥ずかしいじゃありませんか! 声変わりした立派な男が、女の子の声マネ出来るなんて!」
「ハル。この可愛い生き物は何だ?」
無表情のまま修司は春樹に向き直る。
春樹は口元に笑みを浮かべると、修司の質問には答えずに、秋良に一枚の用紙とボールペンを渡した。
「じゃ、双方納得したと言うことで、秋良。この書類を読んで」
「書類?」
「契約書だ。内容を確認した上でサインを」
「何で春兄が?」
秋良が首を傾げると、春樹はいつものニコニコした笑顔を浮かべた。
「俺がPhantomのプロデューサー兼、新しい事務所の経営者だから」
「えっ!?」
我が耳を疑った秋良に、春樹は苦笑する。
「ハル。弟に話してなかったのか」
「だって、片手間でやってた事だし。あえて秋良に言う必要はないかなって」
呆れる修司を尻目に、春樹は秋良に説明する。
「俺はね。この学園の理事長から、半年前に小さな音楽事務所を任されたんだよ。軌道に乗せてくれって言われてね」
「だから春兄、音源一杯集めてたの?」
「それは逆。俺の趣味を知った理事長が面白半分で任せてきたんだよ。俺はこの学園でシュウと出会ってから、ずっとPhantomのプロデューサーをやってたし、理事長はその事を知ってるからね」
「そうなんだ」
(春兄って思ったよりも凄い事してるんだなぁ。ただの音楽マニアじゃなかったんだ)
なんて思いつつ、書類を読む。
何だか難しい事が色々と書いてあったが、特に気になる項目はなかったのでサインをした。
「ありがとう。宜しくな。秋良くん」
改めて修司が笑顔で握手を求めてきたので、秋良はその大きな手を握る。
「こちらこそ、よろしくお願いします。シュウ……あ、修司さん」
「オレの事はシュウで良いよ。バンドのメンバーは皆そう呼ぶんだ」
「じゃ、僕の事も秋良で」
「わかったよ。アキラ。バンドのメンバーには伝えておくから、次の集まりに来てくれ」
Phantomの集まりに!?
「あ……えっと。春兄も行く?」
急に秋良は心細くなって春樹を見つめると、春樹は苦笑した。
「勿論、行くよ。一緒に行こう」
「良かった」
ホッとしていると修司が秋良と春樹を、じっと見つめてくる。
「お前等、あんまり似てないな?」
「ああ。俺は父さん似で、秋良は母さん似だからな」
そう言って春樹が笑うと、修司は感心しながら頷いた。
「という事は、夏海も親父さん似か」
「そうそう」
当たり前だが、修司は姉の事も知っていた。
「アキのモノマネ聞いた時の夏海の反応、凄かったろう?」
修司は秋良を見て苦笑する。
「あ。まだ秋姉にはアキさんの物真似、聞かせてません。今日、初めてアキさんの声を聞いたので」
「え!? あの夏海が……まだ知らない!?」
思いの外、驚かれてビビりながら頷くと、修司は春樹と顔を見合わせる。
「ハル。オレも出来れば立ち会いたいんだが」
「分かった。今から、ここに呼び出そう」
春樹は、そんな事を言い出した。
声の記憶 宙夢 @hirom115
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