第4話:あなたの声、お借りします!
「シュウ。弟の秋良だ」
「秋良です。よろしくお願いします」
秋良は頭を下げる。
「手塚修司だ。よろしく」
こんな身なりなのに、やたらと姿勢のいい修司が僅かにお辞儀をした。
元々は礼儀正しい人なのだろう。
「早速だが、聞かせたいのは秋良の歌だ」
「確かモノマネが上手いんだったな?」
「よく覚えてたな。秋良、頼む」
「さっきのでいいの?」
「ああ。談話室は全室防音になってるから、遠慮しないでいいよ」
「わかったー。あの、声変わり中なので、安定しないかもですが、宜しくお願いします」
目の前にいるのはPhantomの男性ボーカル――という事で、念のため保険をかけておく秋良。
(アキさん。あなたの声、お借りします!)
さっきよりも上手く歌えたはずなのだが、歌い終わった後、修司も兄も何も言わなかった。
「あの……?」
沈黙に耐えきれず、秋良が上目遣いで目の前に座って考え込んでいる修司を見れば、彼は黙って涙を流していた。
「どうしてだ……ハル?」
修司は兄を睨みつける。
「どうして今まで黙ってた!?」
兄の胸ぐらを掴んだ修司が、切羽詰まったように叫んだ。
(僕、何かしちゃった?)
見ていた秋良は固唾を飲む。
「落ち着け。シュウ。秋良は声変わり中だと言っただろう。本質的に変わったんだよ。前のモノマネには、ここ迄の再現率はなかった」
春樹は胸ぐらを掴まれているというのに至極冷静に答える。
(えっ? 今まで春兄、ちょっと違うって思ってたんだ?)
今までもそっくりに真似ていたと思い込んでいたので少なからずショックを受ける秋良。
修司は春樹から手を話すと、扉を指差す。
「今日は帰れ。……明日、連絡する」
「わかった。じゃ、また明日」
にっこりと笑った春樹は、戸惑っている秋良の背を押すと家路についた。
「ねぇ、春兄。あの人……どうして怒ってたの?」
「怒ってはいない。あれで良いんだ。アイツはアキが亡くなってから半年、必要以外はずっと部屋に篭って出てこなかったんだから」
春樹は寂しそうに笑った。
(アキさん、亡くなったばかりだったのか)
彼女の歌声を思い出して、秋良は悲しく思う。
「シュウ。泣いてたね」
自然とアキの声が口から出ていた。
「秋良?」
名前を呼ばれて春樹を見上げると、兄は顔を真っ青にして一歩退く。
「どうしたの?」
「お前……アキ、か?」
空気が震えるほど緊張している兄を見て、秋良は苦笑した。
(そんなにアキさんに似てるのかな?)
「どう思う? 春」
春兄……と言おうとした所で、何と春樹は秋良を抱きしめてきた。
「アキ。どうして俺を置いてったんだ。ずっと一緒にいようって約束したのに!」
秋良は混乱した。
(もしかして春兄、アキさんのこと好きだったの?!)
秋良は生まれて初めて兄に同情した。
春樹は頭がいいし、運動も得意で、容姿も並外れて格好いいので、可哀想などと思った事はこれまで一度もなかったのだ。
兄は何やら勘違いをしているようだが、ここで夢を壊してはいけないような気がして。
「ごめんなさい。シュウをお願い」
「アキ……!」
春樹が、ぎゅうぎゅうとキツくだきしめてくるので、堪らず秋良は「は、春兄。苦しい」と父の声に戻る。
「秋良なのか?」
「うん……」
「今、何言ったか覚えてるか?」
「え。何の事?」
すっとぼけると春樹は秋良の身体を離して、目尻に浮かんでいた涙を拭った。
「いや、何でもない」
「変な春兄!」
秋良は誤魔化すように笑った。
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