あわてんぼうのサタンクロース
mao
第1話
「ハァーッハッハッハ! ニンゲンどもめ、貴様らの平穏な生活も今日で終わりだ! 今日からはこの魔界の王サタン様が世を支配してくれよう! さあ、恐怖に恐れ戦くがいい!」
私の言葉を聞いて、目の前にいたニンゲンどもは凍りついたように動きを止めた。
ふふ、あまりの恐怖に声ひとつ出せないか……無理もない、私ほどの偉大な魔王を前にして平然としていられる方がおかしいのだ。
一番近くにいる幼子などまじまじと私を見上げてくる。おい、そんなに見るな。弟子にでもなりたいと言うのか?
「ママぁ、ヘンな人いるよ」
「シッ! 聞こえちゃうでしょ!」
子供がそんな言葉を吐くと、母親と思しき女が慌てたようにその子供を伴って去っていく。
ふっ……この魔王様から逃げるつもりか。魔王からは逃げられないというのは暗黙の了解だろう、これだから低能なニンゲンは困るのだ。
まぁ、ニンゲンは愚かだからこそ見ていて飽きないのだがな。脆弱な者どもが恐怖に表情を引き攣らせる様は何度想像しても――いや、何度見ても至福のひと時だ。
……なんだ、ニンゲンを殺したことがないのではないのか、だと?
バカを言うな、この私は魔王だぞ。魔王様なのだぞ。ニンゲンを屠るのが魔王の仕事だ。疑わしいというのなら見せてやろう。
「ふっ、この私から逃げられるとでも思うのか? 手始めに貴様ら母子から始末してくれよう!」
幼子を伴ってそそくさと逃げていく母親の背中に片手を突き出すと、手の平に魔力を貯めていく。私の恐ろしさを知らしめるには、全力で魔法を撃つのが一番だろう。この辺り一帯は焼け野原になってしまうだろうがな、ふははははは!!
「やだ、なにあれ。コスプレ? それともなんかの撮影とか?」
「目合わせちゃダメよ、ガチのヤバいやつじゃん」
「そのうち、俺の左手がうずく~~!! とか言い出しそう、マジでキモいんだけど」
などと、今度はそんな声が聞こえてきた。そちらを見てみれば、そこには三人の小娘ども。
こすぷれという言葉はよく分からないが、私は侮辱されているのか? だとすれば、決して許すわけにはいかない。
気が変わった。最初に始末するのは、あの無礼な小娘連中にしてやろう。
「おい小娘ども、貴様ら……もしや私を侮辱しているのか?」
「げっ! 声かけられた!」
「やだキモ~い!」
「いこいこ、関わり合いになっちゃいけないやつだって!」
すると、私の質問に答えもせずに小娘連中までもがさっさと逃げ出して行くではないか。いくら私が恐ろしいからと、こうも簡単に背中を見せて逃亡を図るとは――なんと愚かしいのだ。
小娘どもの影響か、それまで私の存在に恐怖し凍りついていた他の者たちまでが慌てたように踵を返して逃げ出し始めた。そうかそうか、そんなに私が恐ろしいのか。
「ねぇ、おじちゃん。さっきからなにしてるの?」
「おじ……ッ!? 誰がおじちゃんだ! 私はサタン様だぞ、魔王サタン様だ!」
そこへ、先ほどの幼子よりもひと回りほど身体の大きい子供が駆け寄ってきた。ニンゲンの年齢で言うのなら……いくつだ、十歳ほどか?
流石は子供、礼儀がまったくなっていない。私のように美しくてカッコイイ魔王様を捕まえて「おじちゃん」とは何事か。
だが、反論してやるとなぜか目の前の子供はこれでもかと言うほどに目をキラキラと輝かせた。それはもう、鬱陶しいほどに。
「サンタさん!? おじちゃん、サンタさんなの!?」
「サン……サン、タ? 私はサタン様だ!」
「サンタさん! サンタさんだ!」
私は「サタン様」だ。断じて「
どうなっている、ニンゲンはこうまで知能が低いのか? 文字ではなく口頭で言っているのになぜ違いに気付けないというのだ!
「でも、見た目はあんまりサンタさんっぽくないね」
それはそうだろう、人違いなのだから。
ともかく、この子供をどうにかしないことには邪魔で仕方がない。無視するにしても、どうにも調子が狂う。この程度の幼子、わざわざこの膨大な魔力を使うまでもない。どうせこの辺り一帯は焼け野原にしてしまうのだから、そのついでに息絶えるだろう。
シッシッと追い払うように手を動かしてやると、今度は何を思ったのかまたしても目をキラキラと輝かせて更に近寄ってきた。
「な、なんだ!」
「え? おいでおいでってしたでしょ? プレゼントくれるんだね!」
「ちがう! どこかへ行けという意味だ! なぜ私がニンゲンの子供に物をくれてやらねばならん!!」
「えー! サンタさんなのにプレゼントくれないの? ボク、ちゃんといい子にしてたんだよ!」
「知るか!!」
私は魔王だぞ、魔王様なんだぞ。その魔王に向かって物をよこせとは、ニンゲンの子供とはこうまでふてぶてしい生き物なのか?
払っても払っても懲りずに纏わりついてくる、なんとしつこいのだ!
仕方がない、子供など殺す必要もないと思ったが……こうまでしつこいのならば、致し方ないというもの。
鬱陶しいまでに目を輝かせてこちらを見上げてくる奴の眼前に片手の平を突き出すと、そのまま魔力を込めていく。
「よかろう、そんなにプレゼントがほしいのであれば地獄への片道切符をくれてやろうではないか!」
「じごく? きっぷ? どこか行けるの?」
「ふははは! 子供とは幼稚だな! そんなことも分からぬのか! 地獄とはあの世、即ち貴様はこの場で死ぬというわけだ!」
「しぬ? ボク死ぬの? そっかぁ……じゃあ、パパとママに会えるかなぁ……」
「…………」
この小僧は! これから死ぬと言うのに嬉しそうに――それはそれは大層幸せそうに笑い始めた!
一体なんなのだこの子供は! なぜ死ぬと言われてそうまで喜ぶ!? 何ひとつ理解ができん!
* * *
「はいこれ、サンタさんのぶんね」
「……」
結局あの後、ファンファンと耳障りな音を立ててやってきた白黒のおかしな物体から武装したニンゲンどもが降りてきたため、やむなく撤退することにした。このサタン様をあの程度の武装でどうにかできると思ったら大間違いだがな!
しかし、あろうことか撤退する私をあの子供が追いかけてきたのだ。逃げても逃げてもしつこく追い回され、気が付いた時には『コウエン』とやらに辿り着いていた。ここはこの幼子のようなニンゲンの子供が遊ぶために集う場所らしい。
コウエンに置かれている四角い箱から何かを取り出した奴は、円柱型の物体を差し出してきた。
なんだこれは、何かの武器か? 触れてみると何やら生暖かい。生き物か? ニンゲンはあのような箱に生き物を飼っている……?
表面を見てみてもニンゲンたちの言葉は解読が難しい。「ココア」と書いてあることだけは読めたが、意味は分からなかった。
「ボクのパパとママね、ボクがまだ小さい頃に交通事故で死んじゃったんだぁ」
「……コウツウジコ? なんだそれは、何かの魔法か?」
「サンタさんそんなことも知らないの? あ、そうか、サンタさんはいつもトナカイのソリで移動するんだもんね!」
これは馬鹿にされているのだろうか、ソリとはなんだ? それも私の知らない生き物か? どうやらニンゲンについてもう少し情報を集める必要がありそうだな、帰ったら早速他の者たちに調べさせよう。
……まあ、それはともかく。この子供の親は既に死んでいるということか。だから私が殺そうとした時に、死ねば親に会えると思って喜んだと……。
ふん、実に愚かしい。何かと思えばそんなことか。
しかし、殺して喜ばれるというのも癪に障る。……仕方ない、この子供は見逃してやろう。不本意極まりないことだが。
代わりに同い年くらいの子供でも殺して憂さを晴らしてくれようではないか。
だが、辺りを見回してみても、私とこの小僧以外に人影が見当たらない。
「……おい小僧、ここはお前くらいの子供が集まって遊ぶ場所なのではないのか? どこにもいないではないか」
「そうだよ、でも今日はクリスマスだからみんなパパやママと一緒にお買いものに行ったり、おうちでパーティーする準備をしてるから忙しいんだ。こんな日に公園で遊ぶ子供なんてそんなにいないよ」
子供は私の投げ掛けた疑問に当然のように答えた後、ちょうどコウエンの外を通りかかった母子を見てほうっとひとつ白い息を吐き出した。
母親と手を繋いで歩く女児の表情には隠し切れない嬉々が滲み出ている。奴はそれを眺めているようだった。羨ましそうに見えるのは、恐らく勘違いなどではないのだろう。
憂さ晴らしにあの母子を殺すか? いや、そんなことをすればこの小僧が喜ぶかもしれない。それはそれで気に入らない。
「……ボク、サンタさんに会えた時すごく嬉しかったんだ。パパもママもいないし、おじさんとおばさんはいるけど、ボクはもらわれっ子だからどこまで甘えていいのかわからないんだ、だから寂しくて」
「いや、私はサンタさんなどではないと何度言えば……」
どれだけ訂正しても、この小僧は私を
だが、実に奇妙なニンゲンだ。何を考えているのかまったく理解できない。
「……私に会えて嬉しかった、だと? 私に会いたいなどと思うようなニンゲンは今までいなかったのだがな」
「ええぇ、そうなの? ヘンなの、会えたらプレゼントもらえるのに」
「おい、先ほどから言っているプレゼントとは何のことだ」
「サンタさんって言ったらプレゼントでしょ、サンタさんはクリスマスになると世界中のいい子にプレゼントをくれるじゃないか!」
なんだその頭のおかしい生き物は。何のために世界中の子供にプレゼントなど与える? 駄目だ、やはり何ひとつ理解できん。
しかし、この子供は私がその頭のおかしい生き物だと信じて疑わない様子。ジッと物欲しそうに見つめてくる無垢な眸は、正直見ていて気分のいいものではない。
「何度も言うが、私はサタン様だ。断じてサンタさんではない」
「……ちがうの?」
「先ほどからそう言っている。プレゼントがほしいならサンタさんに言え」
どうやら、やっと人違いであることを理解したらしい。小僧は暫く呆然と私を見上げていたが、やがて小さい頭をしょんぼりと垂らして俯いた。
……別に私が悪いことをしたわけではないのだが、なぜか異様に胸の辺りが痛む。この子供と会ってから調子が狂ってばかりだ、実に腹立たしい。
すると、コウエンの出入り口辺りから声が聞こえてきた。
何事かと見てみると、そこには一人の女が立っている。小僧はその女の姿を認めると「あ」と小さく声を洩らして、数歩そちらに駆け出した。
「おばさんだ、ボクもう行かなくちゃ」
「そうか」
「じゃあね、サタンさま。ココアあったかい方がおいしいから早めに飲んでね」
……ココアとやらは生き物ではなく飲み物なのか。
随分と温くなってしまったが、まあいい。後で火で炙ればすぐに熱くなるだろう。
じゃあね、と手を振って走っていく小僧の背中を見てようやく解放されると思ったのだが――このままというのも妙に落ち着かない。咄嗟にその小さい背中に声を掛けた。
「おい小僧」
「え? なに?」
「……プレゼントには、何がほしかったんだ?」
誤解のないように言っておくが、これは別に絆されただとか親切心だとかそんなものではない。ただ、施しを受けたままにしておきたくなかっただけだ。それ以外の理由などあるわけがない。
すると、小僧は意外そうに目をまん丸くさせて身体ごとこちらに向き直った。大きな目を何度も瞬かせて、やがて「へへ」と照れくさそうに笑う。
「パパとママ」
「なに?」
「……パパとママに、ほんのちょっとでいいから会わせてくださいってお願いしたんだ。でもサタンさまに会えたからもういいや。ちょっと寂しいの忘れられたし楽しかったよ、ありがと」
この小僧、両親は確か死んだと言っていたな。サンタさんとやらは死者の蘇生もできると言うのか。一体何者なのだ、そいつは。
しかし、サンタさんにできてこのサタン様にできないわけがない。私の膨大な魔力を以てすれば死者の一人や二人、あっという間に蘇生させてやろうではないか。……ただ、専門外だから帰ったら蘇生魔法を学ぶ必要があるな。
なに、今はできないのかだと?
やかましい、私は魔王様だぞ。魔王は破壊と殺戮が仕事のようなもの、蘇生だとか再生は管轄外なのだ。
「小僧、次のくりすますとやらはいつだ?」
「え……来年だよ、来年の今日」
「らい……らい、ねん……?」
「ええっと……365日後?」
ほう、あっという間ではないか。いや、ニンゲンにとってはそうでもないのか?
まあいい、その間に蘇生魔法も完璧に修得できているだろう。らいねんとやらにココアの礼をしてやろうではないか。蘇生させて、再会させた後に親子共々この手で屠ってくれるわ!
「ふっ、小僧よ。らいねんの今日を楽しみにしているのだな。その願い、サンタさんの代わりに私が叶えてやろう」
「えっ、ほんと!? 来年も会いに来てくれるの!?」
「そういうわけでは――いや……まあ、そうなるのか……」
「やった! ありがとうサタンさま! ボクいい子にして待ってるからね!」
すると、小僧はそれはそれは嬉しそうに手を振って今度こそ女の元に走っていった。
残された私は……何とも言えない複雑な気持ちのまま、暫くその姿を眺めていた。
……なんだ、この胸の奥がむず痒いような奇妙な感覚は。
また会いに来てくれるのかと言われて、喜んでいるというのか? この私が?
「……馬鹿馬鹿しい、そんなはずがあるまい」
予定と随分狂ってしまったが、世を支配するのはらいねんとやらまで待とう。ニンゲンに関する情報の不足を補ってからでも遅くはあるまい。
しかし、ニンゲンどもの世界とはこんな珍妙な場所だっただろうか。勇者の姿がどこにも見えないではないか。
「(……まさか、来る世界を間違えたか? いや、私はサタン様だぞ。そのような間違いを起こすわけがない)」
ともかく、一旦帰ることにしよう。
帰ったらニンゲンの情報を改めて収集し直して、蘇生魔法の修得と……ああ、ココアとやらも火で炙らねばな。
らいねんとやらがニンゲンたちの最期だ! その時こそ、このサタン様の偉大なる力の前に恐怖するがいい!
あわてんぼうのサタンクロース mao @angelloa
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