[このタイトルでお話作ろう!参加作品]自分のイマジネーションの限界を目指す
バルバルさん
あこがれのノーティ
朝の陽ざしが、カーテンの端からこぼれ私の顔を照らし、携帯端末から目覚ましの音楽が鳴る。
それを合図に、私の意識は覚醒していく。
私の名前は岡見由香。とある大学で化学系の学科を専攻している大学生だ。
ベッドから起き上がった私は、寝間着姿のまま冷蔵庫の前へ行き、ボトルコーヒーを取り出す。そしてコップに注いで飲む。冷たいコーヒーが眠っている頭を冴えさえてくれる。
そのまま、トースターに食パンを放り込み、ジャムなどを用意しながら携帯端末を起動させる。
そのままSNSアプリを開き、お目当ての相手からのあいさつを探すが、無いのを見てハァ、とため息を吐く。
わたしには彼氏がいる。高校時代から付き合っている大切な男性が。
だが、高校を卒業してから少し疎遠になってしまったというか、中々……いや、まったく会えない。
こうして、SNSアプリで文通する以外のつながりがほとんどなくなってしまった。
私も彼も、何度も会おうとしたのだが、相手の都合、私の都合が絶望的にかみ合わず、結局実際に会えずにいる。
まあ、今はSNSアプリも進化しているので、通話など出来ないわけではない。が、やはり実際に会いたいものだ。
しかも、最近相手からの連絡が少なくなってきている気がする。
気のせいかもしれないが、ここ数週間、こちらからの連絡に相手方からの返事が遅いし文量が少ない。
これは、もしかしたら関係が冷めかけているのかもしれない。
まあ、遠距離恋愛などこんなものかと三割ほど諦めつつも、残りは彼のことを信じている。
そして焼いたパンにジャムを塗りながら、テレビをつけると、最近人気のバンドグループ「ノーティ」についての特集が組まれていた。
私もこのグループの大ファンなので、運が良かったとつい笑顔になる。
特に私のお気に入りなのが、仮面シンガーのNAO。素顔を隠している彼のミステリアスさに惹かれてやまない。
言っておくが、私の一番は彼氏である。ただ、二番目はNAOだ。そこは譲れない。
一度でいいから、ノーティのバンドを大会場で見たいのだが、それは難しいことも事実。なにせ、大人気バンドだ。チケットを買うのも争奪戦だし、近場で中々ノーティのライブがないのだ。
ああ、でも一度でいいから行ってみたいなぁ……
◇
大学での私は正直地味なのだろう。化粧っ気も薄いと自分でもわかっている。
研究室に入り浸り、先輩たちから勉強を教えてもらうのが日課だ。
一日が過ぎ、今日も勉強、疲れたなぁ……と部屋に戻ると、郵便受けに手紙が。
中を見れば、それは彼氏からで。なんと、ノーティのライブに行こうというではないか!そして、一緒に入っていたのはライブのチケット。
確かに、私は彼にも自分がノーティの大ファンだと伝えてはいたが、こうして取りづらいチケットを取ってくれるなんて、冷めているのではと思った朝の自分を蹴飛ばしてやりたい。
SNSアプリでお礼を伝えるが、そこでハッとする。
こんな地味な見た目で、行ってよいものかと。
服も、髪も、バッグも、流行りの「は」の字もないもので。これではさすがにダメだろうと、急遽友人に頼み、ショップへ共に向かった。
勉学一筋の私は化粧や服についての流行など全く無知なので、化粧に詳しい友人の存在はありがたかった。彼女が言うには。
「素材は最高なんだから、これで彼氏さんも惚れ直すこと間違いなし」
らしいが、そう言われると少し恥ずかしい。
さてさて、化粧品や衣服を買い、上手な使い方、着こなし方を伝授してもらっていると、時間はあっという間に過ぎていき、ライブの日となった。
◇
ノーティのライブ当日。私は都会に遠出した。周りからチラチラ見られるのが恥ずかしいが、友人曰く、胸張っていれば全然オーケーらしい。
都会では軽いお上りさんになっていたが、何とか会場に到着し、彼を待つ。
だが、もうすぐライブが始まるというのに、こない。
SNSアプリで連絡を取っても、返事は無い。
どういう事だろうと内心焦っていると。アプリに返信が。
会場に入ってほしい。絶対後悔させない。という文が書かれていた。
私は頭にクエスチョンマークを沢山浮かべつつ、彼が来ないまま会場に入った。
ライブは本当に大盛り上がりで、とてつもなく、これ以上なく楽しめた。
特に、生のNAOを見れたのには大感激だ。
ただ、と思う。これで隣に彼がいたらなぁ……と。
結局。ライブ中に彼が来ることは無かった。ライブが最高だっただけに、最低に残念だ。
そう思っていると、SNSアプリに再び一言。
「この番号を会場の関係者入り口の係の人に見せて。*********」
今日は疑問が浮かびすぎて忙しい日だ。私は混乱しつつ、関係者入り口の係の人に見せると。
「お待ちしておりました。こちらへ」
なんて言われ、奥へと連れられて行く。すると、そこに立っていたのは。NAOではないか!
私が驚きと緊張でガチガチに固まっていると、彼は口元の開いたマスクに手をかけ、ゆっくりと外す。
そして、こう言った。
「久しぶり、やっと会えたね」
えっと思った。なんで、仮面を外した素顔が、彼の、私の彼氏、南直樹の顔なのだ!
私が驚きで口をぱくつかせれば、彼は笑って。
「あはは。高校卒業後、俺は芸能界入り目指して頑張ったんだ。頑張って、頑張って……で、やっと由香に言っても恥ずかしくないくらいに大きく名が売れたから。ごめんね、最近中々返事できなくって」
そう言われると、何も言えなくなる。ただ、理由のわからない涙があふれてくる。
それを見た彼が慌てて拭いてくれるが、止まらない。
感動だろうか、驚きだろうか。喜びだろうか。感情がごった煮になって、心からの涙があふれる。
「由香、化粧したんだね。着こなしやコーディネイトと合って、滅茶苦茶にあってる」
まあ、普段の由香も好みだけどね、なんて言葉でやっと気持ちが落ち着き、私は一言。
「私と直樹じゃ、もう釣り合わないかな」
と、ふと落ち着くとともに浮かんできた疑問をこぼすと、彼は。
「釣り合うか釣り合わないかじゃないよ。離れていて、会いたいと思うかどうかさ。由香は、会いたいと思った?思わなかった?」
と、優しく笑む彼に。私はまだ涙の浮かんでいる瞳で、震える声で。
「会いたかった。会いたかったよ。馬鹿」
と言ってやった。
あこがれのノーティのシンガーは、私の愛しい、会いたいと思える彼氏でした。
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