第25話 結末
私はパパが好きだった。小さい頃からずっと私をかわいがってくれた、優しくて素敵なパパが大好きだった。あるとき私とパパが血のつながりの無い親子だって知って、もっと好きになった。
でもその好きは普通の好きじゃなくて、特別な好きだということだった。
だから私は――
◆
気付けばいつかの橋に来ていた。外はいつの間にか雨が降っていて、僕は傘もささず全身をびしょ濡れにしていた。
「どうしてこんなところにいるんだろう……」
自分が何をしにここに来たのか分からない。美咲の考えていることが何も分からない僕は逃げ出して、自然とここに足を運んでいた。
「そっか。結局僕はここに来る運命だったんだ……」
以前ここに来たのは自殺をしようと思った時だった。今回もそうなのだろう。僕は現実に耐えきれなくなるとここに逃げ出してしまう癖があるらしい。もっとも逃げる先には何もなくて、死という終わりが待っているだけなんだけど。
でもこんなわけの分からない現実でずっと生きていくより、死んだほうがよっぽどいい。そう思ってしまうほど今の僕は気が滅入っていた。
「ここから飛び降りたらもう何も考えなくていいんだよな……」
手すりを掴む手に力が入る。あと少し、この手すりを乗り越えたら死ぬことが出来る。
「何をしているんですかパパ」
これまたいつかのように後ろから声をかけられた。振り返らなくても分かる、美咲だ。
美咲の表情はとても冷ややかで、まるで僕を見ていないかのように冷め切っていた。
「見たら分かるだろう? 死ぬんだよ」
「またですか。男ってどうしてそんなに死にたがるんでしょう」
「つらいからだよ。こんなにつらいまま生きていくなら死んだ方が楽だって思うから自殺するんだ」
「何がそんなに辛いんですか」
美咲の平坦な声に酷く苛つく。その虚無な表情を歪ませられたらどれだけ愉快だろう、そんなよこしまな思いを抱いてしまう。
「美咲のことが分からない。何を考えているのかもそうだし、美咲の目的も……僕に言った話も全部」
「それって死にたくなる程ですか?」
「もちろんさ……だって怖いだろ」
恐怖という感情は自分には理解の及ばないことに直面したときに抱くものだ。今の僕には美咲の全てが理解できない。だから美咲を恐れてしまう。そんな子が僕と一緒に暮らしているんだ、死にたくもなるだろう。
「なぁ美咲……君は本当は……何を考えているんだ?」
僕はずっと聞きたかった……聞けなかった言葉を投げかける。
「君は未来から来た僕の娘だと言った。でも僕が椎名さんと結婚して子供を産んだとしても、君は生まれない。それに怜のスマホの件、あれは何だったの? 僕に何か恨みでもあるのか」
情けないことに声が震える。誰かにここまで強く当たったのは初めてだ。怒りという感情に飲まれて、自分が自分じゃなくなるみたいだ。
「君は誰なんだ……?」
「そうですね、私のことを疑うのはまぁ仕方ないです」
美咲はあっさりとそう言った。しかし自分が疑われていると分かってなお、美咲の表情は変わらなかった。
「じゃあ問題です。パパ、私は誰でしょう」
美咲は少し悲しそうな顔をしてそう言った。
「美咲は……美咲だろ」
「そうです。でもそれじゃあ答えになりません」
「椎名さんの娘……」
「ええ、でもパパが知りたいのはそんなことじゃないんですよね」
「ああ……美咲の本当の目的が……真実が知りたい」
正直、真実を暴くのはとても怖い。美咲が何を考えて、何をしようとしているのか。その全貌を知ってしまうのがとても怖い。だけど聞くしかない。知らないことの方がよっぽど怖いから。
僕の表情を見て察したのか、美咲は重い口を開いて語り出す。
「例え話をします。ある、父親が大好きな女の子がいました。その女の子は幼い頃からずっと、パパと結婚したいと言っていました」
「ある日、タイムマシンで過去にいけるようになりました。彼女は若き日の父親に協力する振りをして本当は肉体関係を結び、この時代で父親と結ばれることが目的だったのです」
「こんなんでどうですか?」
美咲は笑いながら言う。血の繋がっていない父親と結ばれるのが自分の望みなんだと。確かにそんなことが目的だったら、僕には言えなかったのだと理解できる。
しかし続いて美咲は別の例え話をし始めた。
「あるところに母親と二人で暮らしている女の子がいました。父親に捨てられた可哀想な女の子は、ある日その父親が別の女性と結婚していることを知りました。しかも自分そっくりの新しい娘まで出来ていたのです。腹違いの妹は父親とあんなに幸せそうに暮らしているのに、どうして自分は……と彼女は嘆きました」
「父親のことが許せない彼女は復讐の機会をずっと待っていました。あるとき彼女は偶然にも腹違いの妹の通っている学校を知りました。妹について調べていると、妹はどうやら同じクラスの男の子のことが好きなようです」
「そこで彼女は思いつきました。妹の目の前で自分がその男の子を奪ってやったらどんなに楽しいだろう!」
「そして驚くべきことに男の子は女の子の小さい頃のお友達でした。もっとも男の子は忘れてるみたいですが」
「……こんなところでしょうか」
美咲は冷め切った目で僕を見る。
「結局……どっちなんだ」
「さぁ……どっちでしょうね」
「ふざけないで真面目に答えてくれ……」
僕は美咲なんて知らないし、会った記憶も無い。なら答えは一つしか無いじゃ無いか。しらばっくれても無駄なのにどうして嘘をつくのだろう。
そしてどうして……そんなに悲しそうな顔をしているんだろう。
「パパの答え次第でどうにでも変わります。変われます。だから答えてください、パパにとって私は何?」
「君は……」
「私は……だぁれ?」
「僕の……!」
「私は……だぁれ」
自殺しようとした僕が急にモテ始めた件〜未来の娘を名乗る美少女がパパと呼んできます〜 taqno(タクノ) @taqno2nd
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