第24話 分からないんだよ!
美咲が去って行くのを僕はただ見ているだけしか出来なかった。
それはたぶん、追いかけることに意味があるとは思えないからだ。
おいかけて美咲の手を掴んだとしても、それで美咲の言っていたことが解決するはずがない。
だから僕は、暗くなるまで、公園でただ一人立ち尽くしていた。
「……どういうことだよ、思い出せって。あいつ、未来の僕と混同しちゃってるんじゃないか……」
この公園には少なくない思い出がある。それでも美咲のいう思い出すべき記憶とやらは存在しないだろう。なぜなら美咲はこの世界には生まれておらず、彼女と僕がここにやって来るのは十数年後のことなのだから。
無いものを思い出すことなんて出来ない。それこそ時を超えるような能力でも持っていなきゃ……。そんなこと美咲はわかっているはずだ。なのにどうしてあんなことを言ったんだろう。
あの言葉にどんな思いを込めて…………。
「遠? どうしたんだい、そんなところに突っ立って。こんなにぬらしちゃって……風邪引いても知らないよ?」
気付けば雨が降っていた。どれくらいここにいたのだろう、美咲が去る前は晴天だったのに今ではこんなに降りしきる雨の中、僕はバカみたいに突っ立っている。
たまたま散歩で通りがかったんだろう、怜が傘も差さずに必死に僕の顔をタオルで拭いてくれている。そんなことしたら怜まで濡れちゃうじゃないか。僕なんかに構わなくていいのに。
「このままじゃ駄目だね。うちで雨が止むまで待ってなよ。着替えも貸すよ」
「うん……そうだね」
「だいたい雨の日にこんな所に来るなんてどうかしてるよ。ぼくが通りがかったからいいものを、あのままずぶ濡れだったら大変なことになってたよ。去年の流行病のこともあるんだ、この時期の風邪はバカに出来ないよ」
「うん、僕が悪かった……」
「うむむ、なんかいつもの遠のキレがないね。なにかあったの?」
何もなかった。ただ美咲がよく分からないことを言って、そのまま立ち去っただけ。それなのに僕の心にはポカンと大きな穴が開いたような感覚がある。罪悪感にも似た、不思議な気分だ。
「…………」
怜の家に連れて行かれ、有無を言わさずシャワーを浴びせられた。さっきから僕は怜に何があったのか言おうとしないのに、こうやって面倒を見てくれるのが怜のいいところだ。結局僕は怜のそういう部分に甘えているのかも知れない。
シャワーを浴び終えると男物の下着とジャージが置いてあった。おそらくこれに着替えろと言うことだろう。着てみたところ、これが驚く程に僕にジャストフィットしていた。偶然か、それとも……。いや今は難しいことは考えないでおこう。
「風呂、ありがとね怜……」
「よかった、さっきより大分マシな顔になったね」
「そんなに酷かったの、僕……」
「もうこんな顔。死んでるんじゃないかって思ったよ」
そう言って怜は変顔を決めてみせる。いつもなら笑うところだけど、今日は気分が沈んで上手く笑ってやれない。それを見た怜もまた、少し気まずそうにしていた。
「落ち着いてきたでしょ。ねぇ、無理にとは言わないけど何があったのか教えてよ」
「それは……」
「ぼくは遠のこと、大事な友達だと思ってるんだよ? 心配しちゃ駄目なの?」
ぐいと顔を近づける怜。反射的に胸元や首筋、太ももに目が行ってしまう。本当はそんなところ見たくないのに。怜は友達だから変な目で見てはいけないと分かっているのに。美咲を抱いてから僕の感性が変わってしまったんだろうか。前までが純白だとしたら今はどす黒い内面になっていそうだ。
「どうしたの?」
「いやなんでもない……!」
「もしかして……美咲ちゃんのこと?」
「っ! 何か知ってるの怜?」
「ほらやっぱり」
怜は呆れたような顔をしてやれやれと首を振った。
「美咲ちゃんから聞いたよ。居候先の子と仲良くなって嬉しいとか、自分のことで喜んでくれてかわいいとか。君たち相当のろけてるみたいだね。友達のぼくというものがありながら」
「それは……っていうか怜はどこで美咲と知り合ったんだよ」
「どこって君のクリスマスパーティに決まってるじゃないか。後日連絡が来て改めて挨拶したいですーってね。いい子だよね美咲ちゃん」
「ああ……本当にいい娘だと思う」
でも美咲のことがたまに分からなくなる。だから怖い。美咲のこともだけど、僕に一体なにがあるのか。美咲は僕に何を求めているのかが。
「逆に聞きたいんだけど遠はどうやって美咲ちゃんと知り合ったの。居候って言うけどそれだけじゃないんでしょ」
「流石幼馴染、鋭いなぁ……」
「女の勘って言って欲しいけど。で、どんな出会いだったの」
「…………」
僕は観念して美咲との出会い、そして未来の話を怜に話した。もちろん未来では怜が僕のストーカーになるという話は伏せておいた。
信じて貰えるとは到底思っていない。だが一応これらの出来事は全て事実なんだというのを怜にも知っておいて欲しかった。
だが怜の反応は――
「それ、本気で信じてるの」
「やけに冷たいな」
「いやだって、そんなのおかしいに決まってるよ! 普通に考えて、未来の娘が父親の自殺未遂を止めるために一人で未来からやってきた? なにそれ、ぼくだったらまず母親が変な男に食われるのを阻止するけど」
「それはでも、美咲なりの考えでさ。僕とその……美咲の母が早々にくっついた方が幸せになるんじゃないかってことで」
「第一美咲ちゃんと未来の遠は血も繋がってないんだよね。なら仮に遠が結婚して子供産んでも、美咲ちゃんが生まれてくるわけじゃ無いでしょ」
「あ……」
当たり前の事実を忘れていた。猫型ロボットの漫画でせ〇しくんが言っていた、歴史を変えても将来的につじつまが合うから大丈夫とかいう言葉が頭にあったせいで、そんな常識的なことを考えられなかった。
いやあの漫画のSF自体は大変時代を先取りしている面白いものばかりなんだけどね。
「じゃ、じゃあ美咲はなんのために未来から……」
「そもそもたかだか十数年後にタイムマシンが完成してると思う? してるならもっと未来人があふれかえってるでしょ。仮に完成してても倫理的に許される? 一般家庭が使えるまで普及してる? 親の結婚相手変えるなんてことに使わせて貰える? いやいや無理でしょ」
「た、確かに……そうだろうけど……」
でも美咲の必死さは確かなもので、僕はその熱意に次第に惹かれていって……。
「それとこの前のLIME、あれなんだったのさ」
「LIME……?」
「ほらぼくがリストカットしてるとかどうとか」
「あ。ああそれは……ほら」
僕は以前怜から送られてきた画像を本人に見せてみる。どうみてもグロテスクな写真だけど、証拠として見せなければならない。申し訳ない怜。
「はぁ~……」
写真を見ると怜は溜め息をついた。この写真について何か分かったんだろうか。
「遠」
「はい」
「それ加工」
「はい、ええ!?」
加工ってtikt〇kやSNSで流行ってる、自撮り写真を綺麗に加工するあれ? 発光のバランスとか写真の色味を変えて美人に見えるようにするやつ。
「ほら。これが元写真」
「え……ほ、本当だ。僕に送られてきたのと同じ構図だ」
怜のスマホには恐らくこの血の写真の加工前――元データの写真が表示されていた。そこには寝ている怜を誰かが写真に収めるという、ありふれた日常の風景があった。
それじゃあ僕に送られてきたあのおぞましい写真の数々は……あの文字は……未来とか関係なく、単なるいたずら?
「遠。ちょっとスマホ貸して。……やっぱり」
「やっぱりって何か分かったのか」
「あの日美咲ちゃんが泊まりに来てたんだけど、朝起きたらスマホが無くなってたんだ。仕方なく学校に行ったけど、帰ってきたらベッドの下にスマホがあったの。朝探したときには無かったのにさ」
「ベッドの下…………あ」
そういえばあの時、僕が怜の家に来たあの日。もう部屋を調べ尽くした後に美咲はもう少し部屋を調べるって言ってベッドの下で何かしていた。もしかしてあの時スマホを置いたんじゃないか。
だとしたら、まて。おかしくないか? だってそれだとスマホを持っていたのは、あれ?
「つまり美咲が怜のスマホから僕宛てに悪質な写真を送って……一緒に怜の家にいってスマホを返した?」
「そういうこと、なんだろうね」
「何で? 何のためにそんなことする必要があるんだよ! わけわかんないよ、これじゃあまるで怜が僕を脅してる見たいじゃないか!」
「さっきの公園でも美咲ちゃんに思い出せって言われたんでしょ。つまり何かあるんだよ。美咲ちゃんと遠、二人の間にさ」
「でも、美咲は未来の娘で初めて会ったばっかりで、全然……!」
「落ち着いて。無理に考えなくていいから、ね?」
僕は頭を抱え、その場に倒れ込んでしまう。分からない。分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない!
もう何も分からない!
美咲の全てが分からないんだよ!
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