第23話 美咲と別れ

「懐かしいなぁ、公園なんて久しぶりに来たよ」


「そうでしょうね。高校生にもなると遊ぶ場所も増えますし、最近は少子化もあって公園も少なくなってますもん」


「ん?」


「どうかしましたかパパ?」


 何かが引っかかる。美咲の行っていることはおかしくない。だが僕の中の何かが美咲の言葉に疑問を感じたのだろう。一体何に? 自分でも分からない。分からないと言うことはどうでもいいことなんだろうと気にしないことにした。どうせ陰キャ特有の揚げ足取りでもしたくなったんだろう。



「小学生の頃はここでよく遊んだよ。夕方になるまで、毎日ずっと」


「怜さんとですか?」


「うん。当時は僕も怜も友達が少なかったから、毎日二人で遊んでたんだ」


「友達が少ないのは今もじゃないの?」


 それは言うな。もっとも僕は作ろうとすれば友達ぐらい作れる。作ろうとしないだけだ。中学の頃は片手で数える程度の友達くらいはいたんだから。その友達とは高校に進学してから連絡を取り合ってないけど。

 もしかしたら友達じゃなくてボッチが寂しさを埋めるために群れ合ってただけなんだろうか。何か悲しい。



「あ、ここにあったブランコが撤去されてる。他にも何個か遊具が無くなってるような……」


「時代ですかね。公園で子供の笑い声が聞こえると苦情が来るって話も聞きますし」


「んん?」


「どうかしました?」


「いや……」


 まただ。また美咲の言葉に疑問を感じてしまった。僕は何を不思議に感じているのだろう。美咲は一切変なことなんて言ってないのに。喉の奥に小骨が刺さったかのような違和感。気持ちが悪い。



「なんか不思議ですね~。パパとこうやって一緒に公園に来るなんて」


「未来の僕は公園に連れて行ってあげたことは無いの?」


「どうでしょう。あったかもしれませんし、無かったかも知れません。公園なんて子供だけで行くところですし、連れて行ってもらったとしたらそれは物心ついてない頃だと思うもの」


「それもそうか」


 僕にとって公園は幼い頃の思い出の場所だが、美咲にとってはそうでも無いのかもしれない。子供=公園で遊ぶなんて考えはそのうち無くなりそうだしな。僕が小学生の頃だって女子はあまり公園に来なかった。未来なら尚更だろう。

 昔は公園の入り口に置いてあったゴミ箱も今では撤去されてゴミを捨てることも出来なくなった。遊具も半分以上撤去されて随分と寂しい空間に変わってしまっている。おまけに看板にはボール遊び禁止と書かれていた。これじゃあ子供も寄りつかないよな。ゲーム機を持ち寄って通信なんてのも、家で全部出来る時代だし。


 そう考えると美咲はずいぶんと寂しい幼少期を過ごしてきたのかも知れない。公園で遊ぶ楽しさっていうのは大きくなった今でも、いや今だからこそ得がたい経験だった。

 あの大きな滑り台も小学生の小さな体で下から登ってやろうとやっきになったり、ジャングルジムで鬼ごっこをして逃げる時なんか気分はハリウッドスターだった。あの時のわくわく感っていうのは、人生においてとても大事だったと思う。

 だから美咲にも少しだけでもいいからああいう気持ちを味わって欲しい。僕はそう思い美咲に提案した。



「なぁ、一緒にあの滑り台を登ってみない?」


「滑り台を……登る?」


 一瞬目を見開いて驚いた顔をする美咲。こんなに驚いているのは初めて見たけど、滑り台を登る(逆走する)のってそんなにマイナーな遊びかな……。



「滑り台を滑るなんて誰でも出来るだろ? でもあの傾斜を登るって言うのは小学生には中々大変だ。だから登り切った時、僕はすごいやつなんだって達成感を得られるんだよ」


「それって意味あります? 普通に遊べばいいだけなんじゃない?」


 美咲はやや苦笑いをしながら言う。もっともな意見だと思う。



「子供の頃はみんな、自分が主人公だって思ってるんだよ。男子なんかはアニメの影響なんかで特にね。そのせいで身近なことを何かと修行とか困難と思って挑んでたんだ。みんなが登れない滑り台を僕は登った、僕は主人公なんだってね」


「はぁ……パパも何だかんだ言って男の子なんですね」


「そう、だったんだけどね。まぁそういうわけで、童心に戻ってあの頃のように遊びたくなったんだ。美咲も公園に来たってことは、何かしら思うところがあるんだろう?」


「それは……ええ、きっとあるんですよ。未練が……」


 未練……それは何に対するものか。聞くか迷ったがここは黙って口を閉じた。美咲の中にも色々な思いでがあるはずだ。本人がそれを思い返しているのに、僕が口を挟むのはよくないだろう。



「分かりました。じゃあ挑んでみましょうか」


「一応転けてすりむかないように気をつけてね」


「大丈夫~」


 あれ、まただ。脳内に流れてくるノイズ、僕の知らない記憶が溢れて……いや甦っている? 以前にも誰かとこんな会話をしたような気がする。いや、そんなはずは無い。だって小学生の頃、僕は怜と二人だけで遊んでたんだ。怜は僕の滑り台逆走を冷めた目で見守るだけで、挑戦しようとしたことは一度も無かった。だからこんな記憶は無い。

 無いはずなのに、美咲が滑り台を素足で登っていく姿を見ていると、頭の奥からノイズつきの記憶が出てくるのだ。



【いくよ~。わぁっ! 出来なかった~】


【大丈夫? うわぁ、足怪我してる。お家に帰った方がいいよ。大人の人に手当てして貰わなきゃ】


【お家は……かえりたくない。服汚れてたらすごく怒るもん。怪我してたらすごく叩かれるもん。だから帰らない。もっととおちゃんと遊んでたい!】


【仕方ないなぁ〇〇ちゃんは。なら今度は僕のスーパー逆立ち滑り台アタックを見せてあげる!】


【すごいすごーい! とおちゃん、うちのお父さんよりすごいね~!】


 なんだ、この記憶は。もしかして未来の僕の記憶か? 美咲と関わったことで未来の情報が僕の中に流れてきたっていうのだろうか……。いや違う。少女は(おそらく)僕に対して家に帰りたくないと言っていた。それはつまり、僕が滑り台で遊んでた次期――今から10~5年前くらいの話だ。

 だから今の記憶は僕が実際に体験して忘れていた記憶のフラッシュバックというわけだろう。未来の自分から過去に自分に記憶を転送するなんてSFびっくりな技術、あるわけないしな。


 今の記憶が正しいとするなら、僕は怜以外の女の子とも遊んでいたことになる。それでもきっと短い期間だったんだろうと想像できる。だって仲がよかったなら顔くらい覚えているし、名前だって言えるはずだ。中学の友達の下の名前も覚えてない僕には正直怪しいけど。



「んんぅ~!!」


 ふと現実に戻れば美咲が滑り台逆走チャレンジに励んでいた。だが悲しいことに中断までは登れたようだが、それ以上は無理そうだ。手足の細い美咲には無理だったかも知れない。たぶん後数秒で下にずるずると落ちてきそうなのでキャッチする準備をする。そして……。



「わわ……きゃっ!」


「ナイスキャッチー」


「パパ……! あ、ありがとうございます」


「まぁ父親としてはこれくらいはね。で、どうだった? 童心に帰れたかな」


「単刀直入に言うと疲れました。手足が痛いです……はぁ」


「ありゃ、残念……」


 僕の気配りも余計なお世話だったらしい。小学生ならともかく女子高生にこんなことさせても面白いわけ無いよなぁ。まぁでも久々に公園に来たし、僕も挑戦してみようか。



「えいっ、よっ、とっ……っと。あれ、こんなにあっけなかったっけ。昔はもっと苦戦して死に物狂いだったんだけど」


「それはきっと……パパの成長期が来たからじゃないですか……はぁ」


「現実って残酷だなぁ。あの時は確かに僕がヒーローだったのに、今じゃクラスの隅の冴えない男子」


 クラスといえば当然椎名さんのことを思い出す。そして椎名さんは以前そっくりさんの被害に会っている。もしや、いや半ば確信していることを僕は聞きだそうと思う。もちろんただの勘違いであることが一番いいんだけれど。



「美咲、聞いてもいい?」


「はい~……どうしましたパパ~……」


「どうしてこの前、学校の校門にいたんだ? それも椎名さんの振りして」


「なんのこと、ですかね。私はその日は普通に……」


「普通に学校に行ってた、か。でもおかしいよ、調べたんだよ僕。転校生の顔や他にも前学期に転校してきた生徒とか、もしくは学年問わず美人で有名な女子をかたっぱしで」


「ずいぶんと熱心なんですね。もしかしてパパにも春が来そうですか?」


「いなかったんだよ。美咲、君の名前が、顔が、うちの学校には一切。これってどういうことなの? あの日僕の前に現れた時、確かにうちの制服を着てたよな」


「あちゃ~そこまで調べられていましたか。残念です。パパはもっと杜撰な人だと思ってたのに」


 それは間違いじゃない。だって僕は最初そんなことをする気はなかったんだから。きっかけは椎名さん、僕の意見を聞いて徹底的に資料を洗い出してくれた。先生にも顔が利くから写真付きの名簿も見せて貰えた。その中にもやっぱり美咲はいなかった。偽名を使ってる可能性も考慮したけど、美咲と一致しているのはただ一人、椎名さんだけだった。

 つまりあの日、怜のメッセージで僕が困惑してた時に学校に現れたのは、学校の生徒としてではなく部外者として侵入してきたってことだ。朝の会話の時も同じだろう。きっと登校時間だけ椎名さんになりすましていたのが美咲だ。


 どうしてそんなことをしたのか。その原因をそろそろ問い詰めても良いんじゃないか。



「パパ、どうして私がこんなことしたか分かります?」


「僕と椎名さんをくっつけて幸せな未来をつくるためだろ……?」


「ならちょっとおかしいとは思いません? だって娘がパパに抱いて貰うよう求めますか普通。父と母と幸せに暮らしたいと願った私がですよ?」


「そ。それは僕が悪い……。美咲は大事な娘なのに、変な目で見て、手を出して……最低だと思う」


「ん~私は最高に幸せだったからいいだよパ・パ♥ ただこの公園に来た理由を全く思い出してくれないのは悲しかったなあ」


 頭の中の違和感が限界を迎える。ちりちりかりかりとおぼろげな記憶を呼び起こそうと必死に脳みそがフル回転している。何かある。美咲がこんなことをしている理由がどこかにあるはずなんだ。なのに思い出せない。



「思い出して……」


 小さく、そして寂しそうな声で美咲はそう言った。言い終えた後、まるでステージから降りるように公園から出ていこうとした。僕は思わず追いかけて細い腕を掴んで泊める。



「ど、どういうこと……なのさ……」


「パパ、別に怒ってないし軽蔑もしてない。ただ今日のことは残念だったってだけ。もし思い出してくれたら今度こそ全部話すからね」


「まだ、まだあるぞ……怜の写真の件とか。僕の部屋から消えたこととか……君は本当に未来から……」


「未来から来た連れ子かどうかってそんなに大事? じゃあそうだね、パパのために二つ、答えを用意しておくから」


 答え? それってどういうことだ。大体何を持って答えって言うんだ。美咲、君は一体何を目的に……。



「じゃあねパパ。私しばらくもどらないから。もし会いたくなったら、色々思い出してからにしてね」


「思い出すって、未来のコトなんて思い出せないよ……!」



 こうして美咲は去って行った。残された僕はただひとり、公園のベンチに座りっぱなしになるのだった。

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