第22話 娘の尿我慢顔さいこう
三学期が始まってようやく最初の休日が訪れた。まったく学校というのは退屈でしょうがない。一週間のうち約7割を無駄にしているようなものだ。休日の自由な時間だけが僕を癒やしてくれる。
「ねぇパパ、私いきたいところがあるんです」
突然ベッドで横になっていた美咲がそんなことを言い出した。正直僕はインドア派なのであまり外出は好きじゃないんだけど、美咲が言う以上聞いてあげるのが親としての務めだろう。もっとも親としては失格と言われても仕方ないことを僕はしてしまっているのだが。
「出かけるの? どこに行きたいんだ」
「あまり遠くまでは行きません。パパが疲れちゃいそうですし。ちょっと歩けば着く場所ですし、どうですか?」
どう、と聞かれても判断に困る。僕はどこに行くのかを聞いたのに、それに答えずに返事を求められてもなぁ。美咲はよく僕の質問をはぐらかしてる気がする。そんないじらしいところも可愛く思えるから、僕はよっぽどの親バカなんだろう。
そんなわけで着替えて出かける準備をする。財布ヨシ、スマホヨシ、とりあえずこんなもんでいいか。美咲はこの前買った服を身につけていた。何を着ても美少女だが、その服はより一層美咲の美しさを引き立たせていた。目の保養になって助かる。
「よし、じゃあ出発しよう」
「あの……先に外で待っててくれませんか?」
「どうして? なにか忘れ物でもあるの? もしそうなら僕も一緒に探そうか」
「大丈夫! いいからパパは先に行ってってば!」
不思議なことを言う。一緒に出かけようと行ったのは美咲だろうに、先に行ってろと言う。もしかしてデートの待ち合わせ気分を味わいたいとか、そんなのだろうか。いや僕たちは親子なんだしそんなわけないか。
「外で待ってるのも暇だしここにいるよ。今日は天気がいいけど寒空で待つのは堪えそうだし」
「ねぇお願いパパ……お願いだから私の言うこと、聞いて?」
「そんな可愛くおねだりされても……。というかどうしてそんなことお願いするのさ。単純に理由が気になる」
「……だから」
美咲がぽつりと消え入りそうな声でつぶやいた。けれどその言葉が僕の耳に届くことはなかった。
「え? なんだって?」
「だからぁ……トイレに行きたいから外で待ってて! 恥ずかしいから言わせないでください……もう……」
「あー……はい」
いくら娘とはいえ年頃の少女。お花を摘みに行くことを自己申告するのは恥ずかしいだろう。これは僕の察しが悪かった。見れば美咲は内股でもじもじと身じろいでいた。なんか、いけないものを見ている気分になるな……。
「なに見てるの……パパぁ……」
「い、いや何でも! それじゃあ僕は先に外出てるよ!」
気のせいか美咲の言葉に色気が混じっているような気がした。おそらくダムの決壊が近いんだろうけど、その我慢している様子がやけに扇情的だった。
僕は若干のもうしわけなさと、そして新しい性癖の開拓を感じて自室から出ていくのだった。
◆
「母さん、ちょっと出かけてくるね」
「気をつけていくのよ~最近事故とか多いから。母さんはちょっと忙しいから、お昼ご飯は外で済ませてきてね」
「わかった……どうせネトゲだろ」
「なんか言った?」
「い、いや別に。じゃあ行ってきまーす」
母さんの冷たい微笑から逃れて玄関を出る。ああ怖かった。あの人マジで人生謳歌してるなぁ、旦那の稼いだ金で姫プとかうらやましいことこの上ない。僕も結婚相手から好きなだけ小遣いを貰って遊びたい。あれ、途端にクズっぽい感じになったぞ? 男が言うと酷さが数割増しになるから不思議だ。
「おまたせしました。じゃあ行きましょうか」
いつの間にか美咲は僕の隣に立っていた。無事出したいものを出せたのだろうか。小とか大とか聞く気は無いけど。
そういえば親に美咲が帰ってきていることを伝え忘れてたな。まぁ大丈夫だろう、二階の廊下は足音が響くし、階段から降りたらリビングから見えるはずだ。誰かしら目にしているだろう。
美咲は服装をチェックし、髪を整えて上目遣いで僕を見上げる。
「休日デートですね、パパ♪」
「出かけるだけだよ。で、結局どこに行くんだよ」
「パパも知ってる場所ですよ。というよりパパの方が詳しいはずです」
「え、なんだろう……。未来人の美咲が知ってて、僕の方が詳しいこの辺にあるもの……はっ、もしかして未来ではコンビニはセブン一強になってしまい、ファミマやローソンが絶滅危惧種になってるとか……!」
「そんなの見に行こうとします……?」
「コンビニのスイーツの違いとか興味あるよ!」
「確かにおいしそうですが違います。本当に分かってないみたいなので、ついてきてください」
「お、おう……」
美咲は僕より数歩ほど先を歩く。僕はそれを追い抜いてしまわないように歩幅の調整に気を使う。こういう時女の子を歩道側に歩かせて、男が車道側をあるくんだっけ。駄目だ、東京のテレビ局が作ってる番組じゃ、車道と歩道が一体化しているここらの住宅街には通用しない! とりあえず危なくないように、手を繋ぐか。
「ん……手、あぶないだろ」
「わたし……そこまで子供じゃないです」
「でも寒そうじゃないか。人肌でもカイロ程じゃないけど役に立つぞ」
「ふふ、パパったらそんなに私と手を繋ぎたいんですね~♥ ホント、恥ずかしがり屋なんだから~」
別に美咲のことを思っての行動であって、美咲と手を繋ぎたいとか全然思ってない。むしろそういう初々しい青春デートは椎名さんと……。あれ、椎名さんと青春デートってどんなことやればいいんだろう。この前の無口な下校時間の二の舞にならないようにしっかりと勉強しないとな。
「あはっ、パパの手あったかい」
「美咲の手は冷水みたいに冷たいね」
「知ってますか? 手が冷たい女の子は心が超絶天使な美少女なんですって」
「まじか」
今度椎名さんの手を握ろう。
「パパの手を握ったの、久しぶり……」
「そう……なのか?」
「うん。前はもっと……くて、……で……だったけど、今は男の子って感じの手になってるね」
美咲が僕の手を握り、指の間をぬるっと触ってきて、爪や手の大きさなんかを確認する。未来の僕と比較しているんだろうか。その結果次第で僕の成長具合が今後分かってしまうんで、ちょっと怖い。
「うん! やっぱりパパの手はやさしい手だね」
「ううん? まぁ何だっていいさ、出かける場所は決まってるんだろう?」
「はい、じゃあしゅっぱつしんこーですね!」
「お、おいおいどこに行くって言うんだ?」
「それはー」
美咲はいたずらそうな笑みを浮かべて振り向きながら口にした。なんかアニメ会社のシャフトが多用してる演出みたいな感じだ。目のアップから全身をスローでアップしていき、顔の角度がやばいくらい傾けた後に、本日の目的地を告げた。
「第三号公園です」
「え……と、そんだけ?」
「はい、私にはそこだけで十分です」
意外なことにも美咲ご所望の休日デートの行き先は公園ということに落ち着いた。
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