第21話 帰ってきた美咲、二度目の過ち
「ただいまー」
「おう、おかえり。今日は遅かったな。寄り道でもしてたのか?」
「別に。いつもと同じ時間だよ」
嘘だ。父さんの言うとおり、今日はいつもより帰宅時間が少し遅かった。でも素直に女子と一緒に帰ってたなんて言えば、家族全員から根掘り葉掘り聞かれることになる。だから僕は嘘をつく。家の中くらいストレスフリーでいたいのさ。面倒なことは学校だけで十分だ。
「そういえば美咲は? 帰ってきてるの?」
「美咲ちゃん? そういえば見てないなぁ。もしかして彼氏の家にでもお泊まりしてるのかもな」
「そんなわけっ……!」
父さんの的外れな物言いに思わず大声を上げそうになった。しかし寸前のところで堪えて飲み込んだ。
美咲は未来から来た僕の娘だぞ。現代に彼氏を作ってそこで寝泊まりするなんて、あり得ない。そんなことをするような子じゃない。まだ出会って数週間しか経ってないけど、そんな気がする。
「なんだぁ? もしかしてお前寂しいのかぁ~」
「そ、そんなんじゃないよ。ただ……こうも頻繁にいなくなると、少し心配だなって思って」
「父親みたいなこと言うなぁ遠矢。大丈夫だよ、美咲ちゃんみたいな子は世渡り上手だろうから。俺も昔はあんな美人な女の子とよく遊んだもんさ」
「余計心配になるよ! というか今の話、母さんがいるところで絶対しないでよ。冷め切った夫婦仲が更に悪化しそうだし」
「大丈夫だって。母さんともそんな感じで出会ったから。いやぁ、当時の俺はモテモテだったんだぞ? 遠矢ももう少し遊びを覚えて、女の子と仲良くならなきゃな」
「父さんが若い頃酷いやつだったってのはよく分かった」
この父親、クズである。いや普通に考えて息子にそんな話するってどうなんだろう。ウザい先輩の武勇伝を聞かされてる気分だ。本人は格好いいと思って話してるけど、聞いている側は全然面白くないやつ。まぁ帰宅部の僕には先輩なんていないんだけど。
「夕飯までもう少しかかるからゆっくりしときなさい」
「はいはい、とりあえず二階に荷物を置いてくるよ」
まったく、こんな男が父親だなんて僕も可哀想なやつだ。昔はヤリ〇ン、今は脱サラYouTuber。凄い人生の落差だよ本当に。育てて貰ってるから面と向かって文句は言わないが。でも1mgでいいから女遊びの才能を分けて欲しいなぁ……なんて思っちゃったりして。
「あれ……」
自室に向かっている途中、ふと違和感を覚えた。何に? と聞かれたら答えに困るけど、とにかくおかしいのだ。というのも僕の部屋は階段を上ってすぐにあるんだけど、ドアが少しだけ開いていた。そんなこと別におかしくないだろ、なんて思うかもしれない。でもこれはおかしいんだ。
僕の家族は全員大雑把な性格だ。けれど変なところにこだわりがあったりする。要は偏屈な人間ばかりというわけだ。テレビのリモコンが所定の位置にないと怒るし、洗面所の鏡に水滴がついてると前に使ったのは誰だと問い詰める。そして部屋のドアが少しでも開いてたら、舌打ちしてガチャンと閉める。これは家族全員に染みついた癖みたいなものだ。
だというのに僕の部屋のドアが開いている。ちなみに言っておくと、今朝僕はきちんとドアを閉めた。つまり誰かが僕の部屋に出入りしたということになるんだけど、さっきも言ったとおり家族はドアをきちんと閉める性格だ。だからこそドアが少し開いているということに違和感を覚えてしまう。
「母さんが掃除でもしたのかな……」
いやあの人は掃除の後もきちんとドアを閉めていく。なんなら僕の秘蔵のエロ漫画コレクションもジャンル毎に整理して、おすすめのサークルはこれ! というメモ書きまで残す人だ。こんな雑なことはしない。
なら姉さんか? 姉さんは家族の中で一番いい加減な性格をしている。Vtuberで活動しているけど、ゲーム配信の著作権絡みで一度大きな炎上をしている。その後も似たようなやらかしをしているけど、ファンからは『大変だったね』とか『今度は気をつけてね』とスパチャ付きで慰められて終わりだ。ちなみに僕もその時赤字でスパチャした。スパチャのレッドカーペットが爽快だった。あの時のお金を返して欲しい。
でも姉さんは姉さんでたまに異常な程察しがいいからなぁ。自分がやったと特定されるような痕跡は残さない気がする。何気にVtuberの方でも特定されてないし。よくあるデマサイトで【正体は声優の〇〇だった!?】って記事を見かけた時は死ぬ程笑った記憶がある。
というわけで姉さんも容疑者から外れる。父さんはそもそも息子の部屋に入ってきたりしないので除外。じゃあ一体誰なんだろう。もしかして窓を閉め忘れて、風でドアが開いたのかな。
そんな風に考えながらドアノブを回すと――
「あ~パパ! 帰ってきたんですね!」
「美咲……?」
美咲がいた。探しても探しても見つからなかった美咲が、僕の部屋にいた。
「どうしてここに……いや、どうやってここに来たんだよ……。玄関に靴はなかったぞ」
「そんなのどうでもいいじゃないですか。それより半日ぶりのパパだ~、会いたかった~♪」
美咲はベッドから飛び跳ねて僕に抱きついてきた。甘い香りが僕の鼻腔をくすぐる。それだけで何かもう、今までの疑問とか全部どうでもよくなった。美咲はここにいるんだ。それでいいじゃないか。そんな考えが頭の中を埋め尽くす。
もう考えるのは疲れた。美咲がいて、直にふれあえて、僕のことを愛してくれる。それでいい。それ以外の余計な考えはいらない。ノウミソガミサキニシンショクサレルヨウダ。
「ねぇパパ、私いっぱい頑張ったんですよ? いっぱい、いーっぱい頑張ったんです。だから褒めて? 私のこと、たくさん褒めてください♥」
「うん、美咲は偉いね。凄くいい子だ」
「うふふっ、やっぱりパパの手はやさしくて温かくて気持ちいいです……。ねぇパパ、頑張ったご褒美にまた……アレをしてほしいです」
「あれって?」
「もう、言わせないでくださいよ……パパったらいじわるですね」
美咲はもじもじと体をくねらせながら、顔を赤く染めている。その姿が窓から射す夕日と相まって最高に綺麗だった。ギャルゲーのCGかと思うほどの、名場面を切り抜いたかのような光景。まさにヒロインといった感じの姿に僕は言葉を発することが出来なかった。
美咲の手が僕の服の内側に入れられ、艶めかしい手つきで胸元まで到達する。美咲の手から媚薬でも出ているんじゃないか、そう感じてしまう程に僕は興奮していた。
「ここまでしてぇ、まだ分からないんですかぁ……パパ。この前の続き……しよ♥」
「…………っ!」
「あ。ドアは閉めちゃいましょうね」
そして僕は二度目の過ちを犯した。正直自分の本能が勝手に暴れているようで、怖かった。獣としての血が目覚めたかのような、生まれ変わった……いや退化したような気分だ。だけど美咲の言葉が、表情が、仕草の一つ一つが僕の内側に浸食して僕という人間性を変えてしまう。抗いようがなかった。
行為中の美咲が僕を見る目が、どこか遠くのものを見ているような感じがしたのがやけに印象に残った。
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