第20話 椎名さんと下校イベント

「ねぇ久遠くん、一緒に帰ろう?」


「ええ!?」


 放課後の教室で僕は大声を上げた。それもそうだ、だってこれはいわゆる放課後イベントってやつじゃないか。男子と女子が一緒に下校するなんて、それはもう特別な意味が込められているわけで。僕の心臓は人生百回分なほど跳ねた。

 これがギャグ漫画だったら、たぶんハートマークが物理的に飛び出てるんじゃないかな。それくらい驚いたってことだ。



「あ、あのね。例の私そっくりな子のこともあるし、一人になったらなんだか怖いの。恥ずかしいよね、高校生にもなって……。でも久遠くんしか頼れる人がいなくて……」


「ぜ、全然変じゃないよ! っていうか心配になるのも当然っていうか、むしろ僕なんかを頼ってくれて嬉しいくらいだし!」


「本当? よかったぁ~久遠くんが帰ってる途中でまた私のそっくりさんと出くわしたらややこしいことになるもんね」


「あ、そっちなんだ……」


 椎名さんが一人で帰るのを怖がってると思ってたけど、僕の方を心配してたのか。ちょっと残念というかなんというか。

 まぁ一緒に帰れるならどうでもいいけどね。だって放課後にクラスのアイドル椎名さんを独り占めに出来るんだ。これ以上幸せなことって無いと思う。宝くじ一等賞と天秤にかけられたらちょっと考えるレベルには幸運なことだろう。



「じゃあ、行こっか?」


「は、はい!」


 女子と一緒に下校……もしかして僕の人生で初じゃないか? 小さい頃はよく怜と一緒に帰ってたけど、あれはノーカンだろう。学校から家まで2分もかからない距離で、下校イベントもくそもない。というか当時の怜を異性として意識していた記憶がない。男女の仲を超えた友達、そんな間柄だったはずだ。


 何はともあれ椎名さんとの下校イベント、堪能し尽くしてみせる!



 ◆



「……………………」


 困ったね。人間肝心な時に限ってやらかしてしまう。

 かれこれ10分ほど一緒に歩いているんだけど、全く会話できていない。もうびっくりする程話題が思い浮かばない。天気の話とかするわけにもいかないし、僕の推しのvtuberの話をしても引かれるだけだろう。タピオカの話でも振ればいいのかな? いやそれも古いか……? 駄目だ、女子が好きな話題が分からない。何を話せばいいのか全然思い浮かばないぞ……。


 図書館で一緒に勉強してる時はお互い話さ無くても空気を悪くすることもなかった。現地集合現地解散だったから道中で話す機会もなかったし。でも今回はそうもいかない、どうすればいいんだ僕は!?



「……私、こういうの好きだなぁ」


 ふと椎名さんがつぶやいた。

 何が!? 好きって何のことよ!? 僕のことか! いやそんなわけないだろ、冷静になれ。でもこの状況で好きって言われると男子は勘違いすると思う。椎名さんは男を手玉に取るのが上手な子なんだろうか。そんなことしなくても最初から手のひらの上に乗ってるので安心して欲しい。



「久遠くんって物静かな感じでしょ? だから私も無理に喋ろうってならなくて、自然体でいられるんだ。だからこういう静かな時間って好き」


「そ、そうなんだ」


 なるほど椎名さんからすれば僕は物静かなイメージなんだな。単に陰キャで口下手なだけなんだけど、椎名さんにそう言ってもらえると自分の欠点がプラスに思えるから不思議だ。いや椎名さんが気を利かせて最大限好意的にオブラートに包んでラッピングを施して表現してくれただけの可能性もあるけど。過剰包装しないとまともに語れない僕のイメージって一体……。



「クラスだといつもみんなに囲まれて、なんか面白いこと言わなきゃーとか、こういう時こういうこと言わないとって意識しちゃって大変なの。友達はみんないい子ばっかりだし、盛り上がる空気とか好きなんだけど……ちょっと疲れちゃう」


「椎名さん人気者だもんね。みんなにとっての『椎名さん』ってイメージが作られてて、それを壊しちゃいけないってなるとキツいと思う」


「そうなの……みんなの中の『椎名綾』を演じてるっていうのかな。たまに……自分で自分の殻の中に閉じこもってるような感覚になるんだよ」


「大変だと思う……本当に」


 椎名さんは生まれついての天使だと思っていたけど、そうじゃない。彼女もみんなに求められている天使像を演じているのだろう。まるでデビュー当時はおバカキャラで売ってたアイドルが、ブレイク後も世間体を気にしてそのキャラを維持し続けているかのようだ。〇〇とか〇〇〇とかあの辺の人たち。ウ〇トラ〇ンを演じたことのある〇〇〇〇〇さんは昔はおバカタレントとして人気だったけど、今だとすっかり優しいパパさんって感じになったら凄い変わりようである。


 話題が逸れたけど、椎名さんもそんな悩みを抱えている。だからつい僕の前で本音を漏らしてしまったんだろう。逆に言うと椎名さんからすれば僕はキャラを演じなくてもいい対象ってわけだ。それは果たして好意的に受け取っていいものか。アウトオブ眼中か、気の置ける相手なのか。椎名さん、僕はこのまま突き進んでいいんですか?



「ねぇ久遠くん、久遠くんから見た私ってどんなイメージかな。こんな愚痴ばっかりの女の子って嫌だったりしないかな?」


「え……」


 全然問題ないですぅ! むしろウェルカムマイホームな感じでこっちはオールオッケーばっちこーい状態ですぅ! など言えるわけもなく、僕は返答に迷う。どうしよう、素の椎名さんも可愛いし天使だしマジで無問題なんだけど。

 そもそも僕は学校だと椎名さんとほとんど話さないから、彼女が普段どんな感じで話してるのか分かんないや。時々話し声とかは耳に入ってくるけど、まぁ普通の超絶美少女って感じ。正直僕のような下級根暗陰キャ男子に話しかけてくれるだけで、天上の神々と同等の扱いになるのでどうでもいい。女神と天使を下界の民が比較しようなどおこがましいにも程があるし。



「僕は……今の椎名さんも、普段の椎名さんもどっちもいいと思うよ。人間誰だって仮面を被って生きてるもんでしょ。両親に対する態度を先生にするわけないし、上司に対する態度を自分の子供にするはずないだろうしさ。相手によって被る仮面を変えるのなんて、普通だよ。椎名さんだけじゃなくてみんなやってるんじゃないかな」


「仮面……? あはは、面白い表現の仕方だね! それって漫画とかの影響?」


 さらっと僕が漫画読んでるやつ扱いを受けてるんだけど、これってあれだろうか。『漫画とか好きそうw』っていう陽キャ流のいじりだろうか。いや椎名さんがそんなことするわけがない。きっと僕の自意識過剰だろう。


「えっと、姉さんが大学で受けた講義にそういう問題が出たんだって。心理学だったかなぁ……現代社会のペルソナとかそんなんだった気がする」


「へぇ、大学ってそんなこと学んだりするんだ。面白そう!」


「姉さんは単位を取るために適当に選んだ講義だって言ってたけどね」


「その割には弟に授業内容を語ってる辺り、凄く真面目に聞いてるんだね」


「あはは……」


 いや、全くそんなことはない。何せスマホで録音された教授の声と姉さんのノートを見聞きしながら必死にレポートを書いたの僕だからね! お小遣い一万円に目がくらんで請け負ったけど、中々に大変だった。とりあえず現代社会のこの時代、会う人によって態度を変えないとか逆にやべーやつじゃんみたいなことを書いたら成績が秀だったらしく、姉さんから褒められたっけ。

 あの時もらった小遣いをVtuberのスパチャ代に全額使ったんだよなぁ。そのVtuberの正体が姉さんと知って絶望することになったけど。Live2Dのイラストはマジで〇〇れたんだけどなぁ。



「でもそっかぁ、みんなそういうものなんだ。じゃあ……久遠くんも?」


「それは、まぁ。うちの姉さんと椎名さんじゃ態度は違うよ」


「じゃあ眞理子たちもそうなのかな。うん、なんかすっきりした! やっぱり久遠くんと一緒に帰ってよかったよ!」


 喜んで貰えたようで何よりだ。ところで気になるんだけど、その言い方だとまるでもう終わりが近付いてきたかのような感じなのは気のせい? 僕は前に歩いてるのに椎名さんがピタッと止まってるのは目の錯覚かな。こんど遠近両用の眼鏡でも買ってくるか。



「私、うちここだから」


「そ、そうだったんだ。ここが椎名さんの……」


「前にも来たよね……?」


「あれ、そうだっけ? いや来た! 確かに来たことあった! あの時楽しすぎて完全に記憶から消えてたわ……!」


 人間の記憶って恐ろしい。椎名さんの部屋で一緒に勉強できたことが嬉しくて、その前後の記憶が全く残ってない。そういえばなんで椎名さんの家に行くことになったんだっけ。どうでもいいか、あの思いでだけでご飯三杯はいける。



「ふふ、変な久遠くん。じゃあまた明日」


「うん、また……明日」


 終わってしまった。僕の癒やしの一時が。後はもう家に帰って虚無の時間帯を過ごすしかない。ああつまらない、人生ってこんなにつまんないもんだったっけ。そういえば一度自殺しようとしたんだ、普段の生活がいかにつまらないか思い出してきた。最近はずっと美咲がいたから、それすら忘れていたよ。

 しょうがない。この余韻を噛みしめながら家に帰るとするか。美咲のやつ、家に帰ってるかな……。



「ねぇ!」


 僕がきびすを返そうとした時、後ろから天使の声がかけられる。



「今日はありがと! おかげですっきりしちゃった。久遠くんが悩んだ時は、今度は私が助けてあげるねっ」


「う、うん。期待してる……よ」


「じゃあ、その……今度こそ……バイバイ!」


「うん、バイバイ」


 椎名さんは少し照れながら手を振って、僕もつられて手を振ってしまった。まるで小学生みたいなやりとりだけど、甘酸っぱくて最高に青春って感じがした。椎名さんが玄関まで戻っていくところを見届けてから、僕はあの天使の照れ笑いを思い出して帰路につくのだった。


 やっぱり椎名さんは天使、これだけは間違いない。

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