背中合わせの恋人(終)

 雪が降りしきる中、ダウンジャケットを羽織った晴乃と僕は病院の屋上に来ていた。


 晴乃の後遺症とやらもなんとか治りそうで、というより今となっては後遺症など見る影もない。ただ、検査が未だに耐えないことから入院生活が続いている。




「なんか、今日は寒いね」


 雪が降りしきる中、外にいるのだから寒いのは当たり前だろう。なんで分かりきったことを口にするのだろうか。恐らく、会話を途切れさせたくないのだろう。




 晴乃は、僕の身体に身を寄せて白濁した吐息を漏らした。


「大丈夫?」


「まあ、それなりに大丈夫だと思うよ」


「あっそ」


「ん?冷たいね、さては空気を読めるようになったな~!」


 晴乃は僕の横っ腹を指でつついてきた。最近になってようやく、この行動が鬱陶しいと思えるくらいに元通りになってきた。


「晴乃は空気を読み間違えてるけどね」


「あはは、確かに」と呟いた晴乃は笑いやむ気配すらなく笑い続けていた。




 そして、笑いやむと直ぐに話し出す。


「ねえ、知ってる?」


「内容によるけど」


 晴乃は、きゃははと笑い出す。何故だか僕の返答は彼女にとって面白いらしい。自分では全く分からないのだが、一樹や夏希にも独特だと言われたこともあった。




「私と楓って夏希に背中合わせの恋人って言われてるんだよ?」


「なにそれ。どういう意味だろうね」


「ほんっと、そうなんだよね。意味を聞いても答えてくんないんだよ、まあ何となくは分かるけどね」


 そう言って拗ねる春乃には悪いが僕はその意味を知っている。




 それはかつて、晴乃自身も口にしていたことがあったかもしれない。


 僕らはいつでも見ている方向が真逆で、だから晴乃はお互いに進んだ先でまた会おうなんて事を言ったのだ。けれど、夏希のいう背中合わせの恋人は少しばかり改良された意味を持っているのだろう。




 数ヵ月前、夏希が破った晴乃宛の手紙。その一節に僕はその事を書いたのだ。




 僕と晴乃は出会った頃から陰と陽。光と闇。北と西。つまり、いつでも真逆を見ている。でも、何故だろうか、違う方向を見ているのにものすごく近く感じて何でも分かってしまいそうになる。


 見てる方向は違うのに、君の温もりを強く感じてしまう。僕らはきっと、向く方向が違うだけでいつでも触れあっていたんじゃ無いかと思うんだ。




 まるで、僕らは背中合わせの恋人だね。




 思い返すと気持ちわるくて。意味がわからない文なだけ笑けてしまう。


「なに、ニヤニヤしてるの?」


「ん?あー晴乃に言いたいことあったの思い出してさ」


「なぁに」




 晴乃が目を開けたとき確かに感じた。命の重さや生きていることの素晴らしさ。人と話すことのできる大切さ。


 人の生きる理由は、結局のところ多すぎてわからないというのが正解だろう。道徳に答えが決まっていないように人生に答えは決まっていない。




 ただ、自分の生きる理由だけはきっと誰しもが見つけることができる。人のためとか、自分のためとか。怖さとか欲とかそういったものを全ての取っ払った先に残ったものそれが、きっと人の生きる理由なんだ。




「僕は晴乃がいる限りは生きていたいな」


「ふーん、私も!」


 満面の笑みで僕を見上げる晴乃に見とれてしまった。そして、もうひとつ話し合いたい事を思い出した。




 雪がやみ、屋上から見える真っ白な世界に視線を向けたまま僕は呟いた。


「愛って何だろうね…」


「愛…か。んー、そりゃーもうこれしかないでしょ!」




 残雪に染まる風景が見えなくなり、ふいに目を閉じた。唇には何か柔らかい感触が残り、再び目を開けると、ニヒヒと頬を赤く染めた晴乃が笑みを浮かべていた。


「まあ、これも愛だね」


 そっと、肩を抱き寄せると胸が熱くなり冬の寒さすらも感じなくなった。


 どうやら、僕らはもう背中合わせの恋人ではないみたいだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

背中合わせの恋人 心月みこと @kameyama8986

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ