新卒俺、入社する

4カ月の本社初期研修を終え、俺は無事日本支部に戻って来られた。

新卒でアメリカ研修なんて、高待遇な会社だなぁと呑気に思っていたけど、現実は全然違いました。

そりゃあ、元々運動部出身で体力だけには自信はあったけど、研修は濃密すぎて正直死ぬかと思ったよ。

毎朝5時起床、7時まで基礎トレとランニング。

7時から8時までに朝飯と講義や訓練の準備をして、

8時から17時の昼飯1時間以外の日中8時間はずーっと講義と訓練。

講義は中学生かよって思う正しい敬語、依頼人への接遇マナーから始まり、プログラミング、ネットワークの基礎知識、銃の取り扱いに近接格闘訓練、警護シミュレーションに立哨訓練。

説明会で聞かされたより、数倍キツかったな。


一番辛かったのは敬語や接遇マナーの講義以外は日本語禁止な所。

俺さぁ、英語ってそんなに得意じゃないんだよ。

特に話す方。

学部だって文系の社会学部だし。

内定貰った時も入社テストの点数が足りなかったらしく、採用担当者から『ウチは英語必須だから入社までに勉強するように』と、オンライン講義用のアカウントを渡された位なんだよ。

で、研修中は飯だろうと趣味の話だろうと簡単な質問だろうと日本語禁止だ。

スマホやPCも支給されてるし、ネットワークも好きに使えるけど、これも英語で使えってさ。

ちなみにうっかり日本語話すとペナルティで次の日の基礎トレとランニングに話した単語数×5が加算される。


17時までの講義が終わると、18時の夕飯までにシャワーと洗濯。

半年もシャワー生活で湯船が恋しかったよ。

夕飯食ったら寝るまでが自由時間だけど、大体は次の日の下調べや予習や復習の時間。

学生時代より勉強したよ。

それプラス夜間訓練として週1回の夜間立哨まであった。

これを4か月間だぞ。

俺、すっげー頑張った。

あ、休みはちゃんと週2日ありました。

自主練や補講で休めた記憶があんまりないけど。

そういやキツイ研修の割に結局、脱落者は一人もいないんだよね。

怒鳴られたり、怒られたりってのはほとんどなかったし、頑張れたのはパートナーがいたのも大きかったな。

その辺が脱落者0の理由だったりするのかな?


で、今日からようやく日本支部のある横浜のビルへ初出勤。

向こうで貰った社員証をセキュリティゲートに通して、集合場所になっている会議室に向かった。

会議室は前方は一段高くなっていて、演壇が設置されており、向こうで受けた研修室の作りと似ていた。

座る席は向こうの講義での席順なので、どこを向いても見知った人ばかりで少し安心する。

席には初期研修で使っていたノートパソコンとタブレット、スマホと無線機が置いてある。

今日は所属課長の挨拶と社内体制の説明、あと俺たちの歓迎ランチ会とあったけど。

と、思案してると黒のスーツ姿の男二人が入ってきた。

あーこれこれ。やっぱいいなぁ、カッコいい。

俺、これに憧れてHRFココ入ったんだよ。

本当はSPなりたかったんだ、俺。

でも警察採用落ちたから、民間受けたんだ。

新卒のスーツじゃなく、早くあっち着たいなぁ。いつ着られるんだろ?

っとヤベぇ!

起立して敬礼、ぽやっとしてワンテンポ遅れたかも?

気づいてないのか、気づかないフリをしてくれたのか二人はさらっと返礼して、一人は俺たちに座るよう指示を出す。


「みなさん、初期研修お疲れ様でした。僕は藍野主任のパートナーの紫藤です。今日は司会進行とみんなのアテンド担当です。何かあったら相談来てくださいね!」


こっちは紫藤さんっていうのか。

身長は俺と一緒くらいかな?

物言いがなんか優しくて、和むわ。


「みなさん、ようこそHRF Security & Research 日本支部へ。

俺は2課長代理の藍野です。職位は主任。現在2課は課長不在なので、俺が今年の新卒を担当します。

まあ、まずは初期研修お疲れさま。明日からいよいよ課員について実務研修スタートだが、みなさんの奮闘に期待します。どうぞよろしく」


この人が藍野主任か。

俺だって180あるのに、この人俺よりデカイなぁ。

圧がすげーよ。


「じゃあ、スケジュール通り5分後から説明会始めます。資料は各自イントラからダウンロードしておく事」


周りがバタバタと音を立てているのに合わせるよう、俺もノートパソコンを開いてログオンし、指定のフォルダからデスクトップに資料をコピーする。


「ダウンロードしながら聞いてね。それらは今日から好きに使ってください、無線機以外は持ち帰りも自由だけど無くしたりしない事、僕のオススメはスマホは身につけ、タブレットはカバン、PCは自席に置いておくのが一番身軽だよ。自席とロッカーは午前の説明会が終わったら案内します」


紫藤さんの説明が終わると同時に、コピーのプログレッシブバーも完了を示していた。

ファイル名には番号が振ってあるので、一番若い番号を開いておく。


「そろそろ時間だけど、資料ダウンロード終わらない人は?」


紫藤さんはぐるりと俺たちを見渡す。

誰も手を挙げた者はいなかった。


「では、説明会始めます。藍野主任、お願いします」


紫藤さんは演壇を藍野主任に譲り、前方脇に置いてある椅子に座った。


「まずは日本支部の体制について。現在、ここ日本支部は5課体制です。君たちや俺のような警護員は1課・2課・3課に分かれて所属しています。警護員で採用後は2課で何かしらのリーダーライセンスが取れたら、他の課に振り分けている。勿論希望は聞くから安心していいぞ。女性警護員は基本3課に所属してもらうが、ここも希望があれば考慮するので、その時は相談してくれ。4課と5課はちょっと特殊なんで後でまとめて説明する」


へぇ、じゃあ今の俺たちはみんなこの人とおんなじ2課って事か。

ところでリーダーライセンスって何だろ?


「リーダーライセンスは有効期限3年の社内資格だ。これがないとウチの社では依頼人の前で立哨一つだってさせない。ライセンス研修期間中は別だけど。なので早く一人前になりたい奴はさっさと課内の仕事を覚えてリーダー研修を受けるように」


うへぇ、まだ研修ってあるの?

つか、有効期限が切れるとか何?


「ライセンスに有効期限があるのは、警護員や調査員の質の維持や法令変更に対応するためだ。何事も胡座をかくなという事だ。ライセンスには有効期限が切れる3カ月前から更新研修が受けられるから、各自のスケジュールと相談して必ず受けること。うっかり切らすと、また研修からやり直しになるから、予定に入れるなりして、自分が忘れないようにしておくんだぞ」


「リーダーライセンスはエスコート、強襲強行、情報戦略防衛、バックアップ、調査潜入、監査がある。内容は資料の通りだ」


ふむふむ、結構あるな。

希望とか職位によって必須があるのか。

警護員希望の俺だとエスコートは必須って訳だ。


・エスコート:

護衛業務、4号警備全般、警護員は必須


・強襲強行:

銃火器を使用した作戦参加に必須


・情報戦略防衛:

IT機器を利用した情報戦職員向け


・バックアップ:

警護員のアシスタント業務、5課員は必須


・調査潜入:

情報収集の為の潜入や基本的な企業調査、4課員は必須


・監査:

課内の監査員用、課長以上は必須


「君たち当面の次の目標は、2課で先輩の指導を受けてライセンス研修受講の許可を取り、警護員必須ライセンスのエスコートを取って現場に出る事だな。

ああ、ここにいる紫藤は正に今、エスコートのライセンス研修中だ。後でどんなもんか聞いて参考にするといい。初期研修終えられた君たちなら、そう難しい事はないから心配しなくていいよ」


アレより楽なのか。

確かにちょっと安心だ。


「次は給料上げたい奴、出世したい奴はよく聞くように」


俺、耳ダンボ。

ここは研修期間だって普通の新卒よりちょっと高め設定だった。

もっと貰えるって事だ。

奨学金の返済が楽になるのは嬉しい。


「役職はこのライセンスにも連動している。1つ以上で主任、2つ以上で課長、3つ以上で部長昇進の最低条件だ。他にも要件は色々あるけど詳細は社内規定を見てくれ。俺は今エスコートと強襲の2つ保持で、3つ目のプレッシャーをかけられてる所だ」


2つあるのに主任?何でだろ。

そういや課長代理って職位にもなかったような気がする。

ああ、そうか。監査が足りないんだ。

課長以上必須ってあったから。

で、紫藤さんは研修終えたら独り立ちって事か。


「じゃあ次、さっきまとめて説明すると言った4課と5課についてな。4課と5課は社内だと調査員と呼ばれてる。社名のresearchに当たる部分だな。

4課は企業調査や案件調査、諜報活動がメインだ。場合によっては課員が対象企業に直接潜り込んで調査したり、ハッキングなんかもやっている。

一応言っておくが、ハッカーもハッキングも悪じゃない。悪さをするのはクラッカーとクラッキングだ。間違えると4課に叱られるぞ。

5課は警護員が警護に専念するためにつけられるアシスタントだ。君たちにもこれから一人つく。彼等は警護計画の下調べや交渉、警護員の報告書作成や経費申請、ロープロ用の服装の準備など、ありとあらゆる業務や俺たちの身の回りの世話までやってくれるけど、どこまでやるかは必ず二人で話し合って決定しなさい、ああ、これは俺からのだ。命令無視して、5課から苦情が来た奴は俺が容赦しないから覚悟しとくように」


藍野さんはニヤッと笑った。

ひえっ!

怖っ、怖いですよ、藍野主任、いや課長代理!!


「次は実際の依頼と案件とその受け方について。依頼は一旦部長が内容に目を通し、部長が直接統括するものと、案件統括に回すものに分けられる。本社からや極秘案件なんかは部長が統括してるな。一般案件は案件統括が統括する。案件統括は各課の課長達で構成していて、2課は俺が案件統括です。受けたらリーダーを指名するので、指名されたらチームを作って案件に当たって下さい。スケジュール次第だけど、君たちがリーダーになって俺をメンバーに指名する、なんて事も一応出来るけど、俺みたいなのは単価が高いから予算と相談してメンバーを決定すること」


これは随分とシミュレーションさせられたな。

予算と人員のバランス見て警護計画立てて実施するってやつ。

て、言うか俺達が課長代理を使っていいんだ。

ちょっと妄想が捗るわ。

『おい、藍野、ちょっと来い』とか?

やってみてぇーー!


「最後にリーダーが出来ること、懲罰権の説明だ。例えばリーダーの指示に従わない奴が出たら、リーダーは解雇以外の懲罰を与える事ができる。懲罰が理不尽だと思うなら、必ず案件統括に申し出ること。案件統括は仲裁なり監査を行い、訴えを評価して場合によってはリーダーの交代を命じる事もある。ちなみにリーダーは案件統括の俺が懲罰権を持ってるから、リーダーになったからとあまりメンバーをイジメたりしないように」


すみません、すみません。

妄想が過ぎたようです。

誠に申し訳ございません。


「最後に、1課から3課の説明だ。君たちが志望する課を決めるプレゼンみたいなもんだから、気楽に聞いてくれ。

まず1課、ここは難易度高めの案件が多い。そのため個人に対する要求も結構高めだ。厳しい環境を望み、自身の単価を釣り上げたいなら1課は最適だ。

その証明に歴代の日本支部長は1課から出ているな。

今の黒崎部長も1課出身だ。

次はウチの2課、君たちのような新卒や中途を受け入れてライセンスを取らせる事が目標の、まぁ教育隊的な存在だ。

指導がメインだから案件数はそれほど多くなくて、プライベートが取りやすいのもウチの自慢だ。

案件難易度はそれほど高くないものから、そこそこまで色々とある。

指導者志望の奴はぜひ2課に来てくれ。歓迎するよ。

最後に3課、潜入警護や4課依頼の潜入調査などがメインた。

女性と顔に自信のある奴にはオススメだ。

ここの案件は依頼人の秘書に化けたり、研究所の職員になったりと通常の護衛案件では経験出来ない事が多い。

そのかわり1課とは違って色々な業務知識やマナーなんかが必要だから事前準備が結構大変だな。

案件難易度は2課と同じくらいだな。

色々な職業を経験してみたい奴にはオススメの課だ」


うーん、どうしようかな。

プライベート取りやすいって言ってたから2課がいいな。

でも俺、指導とか向いてるのかな。

とりあえず現場に出られるようになったらもっかい考えよ。


「じゃ、最後に質問ある奴はいるか」


誰も手を上げない。

まぁ、こんなにいっぱい説明されたんじゃ消化するのでお腹いっぱいだよ。


「まぁこれから毎日顔を合わせるから、疑問点、質問は指導につく先輩に聞くなり、そこの紫藤に聞くなりしてくれ。俺の説明は以上だ」


藍野さんと交代で紫藤さんが演壇に立った。


「では、説明会は終了します。各自荷物持って42階に移動してね。自席とロッカー教えるから」


俺たちはぞろぞろと42階に移動する。

高層階で横浜港が一望できて、えらく眺めがいい。

うーん、贅沢だ!

フロア内はちょっとびっくり。

だだっ広いのに、すっごいスッカスカ。

みんな現場だから当たり前か。


「警護員フロアにようこそ。ここが1課から3課までの警護員が使ってるフロアだよ。君たちは所属課決まるまではフリーアドレスだから、空いてる席を好きに使って構わないよ。但し、同期で固まるのは禁止。いろんな人と交流持って欲しいから、最低2日に一度は違う席に行くこと。じゃ好きなとこ選んで荷物置いてきて。ロッカーの鍵は持ってきてね」


「じゃ、次はロッカーと制服ね。女性はあっち。中にいる人が案内してくれるから、そのまま入って」


キターーーーー!!

制服キターーー!!

超絶嬉しい!!

頑張って良かった!


「男性はこっちね」


俺はウキウキでついていく。

紫藤さんは、ずらりと並んだロッカーの一角を指し示した。


「今後は出社したら制服着ること。社内勤務とロープロ警護以外は基本的に制服着用のこと。

いざという時、武器をすぐ取れるようにするため、制服のジャケットは基本開けること。」


「この辺が君たち用、各自名前のロッカーの鍵開けて、それに着替えて22階のカフェテリアに集合。歓迎ランチ会だよ」


俺、話半分で自分のロッカーを開けた。

ハンガーにかかった俺用の制服。

動き回るのと、護衛するVIPは連れて歩く護衛にもきちんとした格好や品位を要求する場合が多いから、それなりの品とサイズ感で本人にぴったり合うようオーダーで作るんだそうだ。

そっと袖を撫でてみた。

さらりとして俺のセット売りのリクルートスーツなんかより、ずっと手触りがいい。

ジャケットの裏には4箇所もポケットがある。

現場だと鞄なんて持てないから、必要な物をしまえるように沢山ついてると採寸した時に聞いた。


早速リクルートスーツを脱いで真新しい制服に腕を通した。


(オーダーって、やっぱりすっげーな)


ジャケットも開ける事が前提の設計らしく、開けててもそれほどだらしなく見えないし、生地に伸縮性があって軽く腕を曲げたり伸ばしたりしても、全く気にならない。

このままサッカーでもバスケでもできそうな具合の良さだ。

ロッカーの鏡に映った自分を覗き込む。

ひとつ希望を叶えた自分が映っていた。


(うん、これから、頑張ろ)


研修はこなすだけで精一杯だったけど、エスコート研修も頑張ります。

めっちゃ頑張ります。

だから願わくば指導役につく先輩が、紫藤さんみたいな優しそうな人に当たりますように。

俺はロッカーの神様にお願いして、ロッカールームを出た。

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HRF Security & Research 社内情報&社内用語集 ななしあおい @nanashiaoi

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