第9話 ちゃらっちゃらへらっへらしおって
すっかりロビンにのぼせあがっているレギーナにアーノルドが一言。
「それは女で遊び慣れているのではないか?」
青天の霹靂。
城下町が一望できる城の屋上にて、兄が日光浴がてら剣の素振りをしているというので、そこにのこのこ出掛けていってロビンがいかに素晴らしい人だったかを語り聞かせていたら、これである。
兄が平然とした顔で藁の束を斬っていく。恐ろしいほど、すぱん、すぱん、と束が切れて床に落ちる。
「お前はおちょくられている。手の平の上で転がされているのであろう」
「そ……そんな……」
「女の相手に慣れているからそういう態度なのだ。くにに帰ったら愛人がいるに決まっている、それも大勢な」
レギーナは明るすぎる夏の空を見上げて呆然とした。
そんなレギーナに構わず、アーノルドが続ける。
「ちゃらっちゃらへらっへらしおって。お前のようにうぶな娘をもてあそんで、女に不自由のない暮らしを送っているに違いない。お前、遊ばれるなよ」
「ロビン様は、そんな人じゃ、ないもの……」
言いつつ、そこまで断言できるほど彼のことに詳しいわけではない。
そういえば、彼は実家の王国ではどんな暮らしをしていたのだろう。両親であるパランデ国王ならびに王妃、そして兄であるケヴィン第一王子というのがいる、というのまでは一応知っているが、そういう上っ面のプロフィールしか知らないのであった。
アーノルドが鼻で笑った。
「次男というのは大概そういう奴だ」
テオドールの顔を思い浮かべた。
確かに、ちゃらっちゃらへらっへらしていた。
「ロビン様にそんな浮ついたところなんてない……はず……」
「婚約者になるかもしれないお前の前ではお行儀よくするに決まっている」
「それは……そうかもしれない……」
「であるから、簡単に気を許してほいほいついていくのではないぞ。警戒心を持て。簡単に心を開くな。こちらから騙してやるつもりで――というのはお前は向いていないと思うのでやめたほうがいいかもしらんが、気をつけろ」
ロビンが複数の女性を侍らせているところを想像してしまった。
こういう妄想をする時はだいたい色っぽい年上の女性ばかりをイメージする。色気だ。レギーナにはないものである。
無意識のうちに自分の胸をつかんだ。なくはない。
が、何かが足りない。
世の男性をみんなめろめろにするくらいの大人の色気が欲しい!
……挑戦する前からすでに無理な気がする。
いやいや、問題は乳の大きさではない。それこそ胸の大きい女性がいいなどと言い出す男はこちらから願い下げだ。
「ロビン様はそんな下品な方じゃなーい!」
自分の胸を揉むように持ち上げたまま叫ぶレギーナを見て、アーノルドが「お前こそその下品な振る舞いをやめろ!」と怒鳴った。
アーノルドのせいで不安になってしまった。
そういえば、ロビンは城での宿泊を遠慮して城下町の宿屋に滞在している。
どこの何という宿屋か教えてくれたのでそんなに変なところではないはずだ。
とは思うが、宿屋の主人を口止めすれば女を連れ込みたい放題ではないか。
レギーナは平民の着る木綿のドレスに着替え、金の髪を隠すために帽子をかぶると、侍女のひとり、同い年のエラという娘を伴って密かに城を出た。おしのびで町に出て密かにロビンを観察しようという作戦だ。
宿屋の近く、建物の陰に身をひそめる。宿屋の出入り口をにらむように見つめて、人が出てこないかチェックする。
「やめましょうよレギーナ様」
エラが不安げな声を出しながらレギーナの服の袖を引っ張る。
「アーノルド様のおっしゃることを真に受けないでくださいませ。あの方はお嬢様のことが心配なあまりロビン様を必要以上に警戒なさっているのです。私たち城の者は誰ひとりとしてロビン様をそういう男性だとは思っていませんよ」
「わたしだって思っていません」
「じゃあ城に帰りましょう」
「未来の旦那が第三者とどういうやり取りをする人なのかチェックしておいてもいいじゃない。社交的な方かどうか。わたしたち、一応王侯貴族というやつなのですから」
緊張しているレギーナの耳元で、エラがささやいた。
「こっそりご婚約者殿の素行調査をするなんて知られたら嫌われますよ」
ぐさっと刺さった。
「……確かに、ちょっと卑怯な振る舞いかもしれないわね」
「そうですよ。ね、お嬢様――」
しかし、その時だった。
宿屋から数人の男性が出てくるところが見えた。
レギーナは建物の壁にぴったりと身を寄せつつ、首だけを伸ばして様子を窺った。
ロビンだ。ロビンが護衛官と思われる若い男性を三人ほど連れて出てきた。
今日は彼もまた高級品質の服ではなかった。木綿のシャツに麻のズボンをはいている。顔立ちや所作が上品なので良家の子弟であることは隠し切れていないが、せいぜいいいところのお坊ちゃんといった風情だ。
護衛官たちも似たり寄ったりの恰好をしている。おそらく同じように平民に身をやつしているつもりなのだろう。
旅をする青年の友達グループに見えなくもない。
「なんだか、向こうもおしのびみたいな雰囲気だわね」
「まあ、こういうところにお泊まりですからね。何か思うところがおありなのでしょう」
四人が市場のほうに向かって歩き出す。
「エラ」
「はい」
「ちょっと、あの四人の後を追いかけて」
エラがぎょっとした目をレギーナに向けた。
「お嬢様はどうなさるんですか」
「宿屋の旦那に宿ではどんな様子か聞いてみる」
「ええーっ」
親指と人差し指で丸を作って、「わたしもちょっと口止め料を払いつつ」と言いながら建物の陰を出た。エラも慌ててついてきた。
「絶対見失わないでちょうだいよ! いいわね!?」
「もうっ、知りませんからね!」
エラがレギーナと別れ、市場のほうに向かって駆け出したのを見届けてから、宿屋の中に入った。
宿屋のグレードは上の下といったところだろうか、広くて開放的な玄関ホールに二階の個室へ通じる大きな階段があって、全体的に清潔そうな、居心地の良さそうな雰囲気だった。宿泊料は高くなさそうだが、センスがいい。
番台に小走りで近づき、そこに立っていた宿屋の主人に「恐れ入ります」と声をかけた。
宿屋の主人が振り向く。
レギーナの顔を見て驚いた表情を作り、「レギ――」まで言ったところで、レギーナは自分の唇に前に人差し指を立てた。
「わたしがここに来たことを絶対絶対ひとに言わないでちょうだい」
「どうしてまた? おひとりなのですか? お父様やお兄様はご一緒ではないのですか」
「ナイショよ、絶対ナイショにしてちょうだいよ」
顔に顔を寄せる。
「今若い男性が四人出てきたじゃない?」
すると宿屋の主人はあっさり答えた。
「ロビン王子とそのお付きの方々ですよ」
「あら、特に偽名などを使ってお泊まりというわけではないのね」
「そりゃそうでしょう、王子におかれてはご公務の一環なんですから。本来は侯爵のお客様なんですし、我々は最大限の礼をもっておもてなしさせていただいております」
そして、「ただ」と付け足す。
「私たちも仕事ですからね。お客様のプライバシーに関わるようなことは申し上げませんよ」
見透かされているらしい。
「ちょ、ちょっとだけ! ちょっとだけでいいからロビン様がここでどうやってお過ごしになっているのか教えてちょうだい!」
「なりません。私たちはプロなのです。たとえこの町のご領主様のお姫様が相手でも口を割りませんとも。どんな拷問を受けてでもです」
レギーナは仕事人の誇りというものに感動した。ナスフ侯国はこういう人々に支えられてできている。それは嬉しくありがたい。
けれどそれとこれとは別だ。
「お願い! ロビン様がここに女を連れ込んでいるかだけでも教えて! わたしは未来の妻なのよ!」
宿屋の主人がからっとした声で笑った。
「浮気調査ですかい? それならご心配なく。具体的なことは申し上げられませんが、この宿ではお客様にご家族以外の異性と同じ部屋をお使いにならないようお願いしております」
レギーナはほっと胸を撫で下ろした。
が、そんなレギーナに宿屋の主人がこんなことを投げ掛けた。
「ま、そこのところを信用できないんじゃご結婚なさらないほうがいいね」
またもや、ぐさーっ、と刺さった。
エラといい、宿屋の主人といい、厳しい。
「ち……違うの。お兄様が変なことをおっしゃるから――」
「お嬢様は男が信じられないんですかねぇ」
そう言われてみると、そうなのかもしれない。
「十回も婚約がだめになったからかな……」
しゅんと落ち込んだレギーナに、宿屋の主人が微笑みかける。
「お嬢様は魅力的なお方ですよ。あまり自信を失われないようにね。ロビン王子はきっとわかってくださっているからこの町に滞在されているんでしょう」
「そうだといいのだけれど……」
「さあ、城に戻られたらいかがですか。おひとりでふらふらなさってはみんな心配なさいます。私もです」
「ありがとう……」
しょぼしょぼとした足取りで宿屋を出た。
通りに出て、先ほど隠れていた壁の角を見てから、エラに尾行させていることを思い出した。
慌てて市場のほうに向かって走り出した。
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