地獄
夜が怖い。
私は今、宮原亜純と一緒に暮らしている。憂宇子を失いこの先どう生きて良いのか分からなくなっていた私のもとに、亜純が半ば押し掛けるように転がり込んできたのだ。
「憂宇子さんに、寿朗さんのことを頼むって言われたんです」
たしかに彼はそう言った。私は何の疑問も抱かずに、彼の存在を受け入れた。
最初に肉体関係を持ったのはいつのことだったろう。それからほとんどなし崩しで恋人同士のような仲になった。同性と交際したことがない私を、亜純は軽やかにリードした。寿朗さんの幸せが俺の幸せなんです、と彼は以前ホストのバイトをしていたのも納得の端正な顔に優しい笑みを浮かべた。それから憂宇子ちゃんの幸せでもあるんです、と付け足されたが、私はあまりきちんと聞いていなかった。今はひどく、後悔している。
亜純はほぼ毎晩私を抱く。ほかに比較対象がないからなにも分からないのだけど、亜純はおそらくうまいのだと思う。若さに押されるようにして気を失うまで抱き潰され、それから見る夢には必ず憂宇子が現れる。憂宇子は天女のように後光を背負い、生きている時には一度も見たことがないたぐいの笑みを浮かべて私を見詰める。
亜純に抱かれる私を見詰める。
頼むから見ないでくれと懇願するが、願いが聞き入れられたことは一度もない。四つに這い、尻に亜純を受け入れ無様に喘ぐ私を憂宇子は見詰める。ひっくり返されたカエルの標本のような格好で亜純に貫かれる私を、憂宇子は見詰める。亜純の性器を喉奥まで受け入れて涙を流す私の髪を憂宇子はさも愛おしげに撫で、私には見えない場所で亜純と口付けを交わしている。ふたりの舌が絡み合う濡れた音が私の鼓膜を震わせる。
憂宇子、きみが本当に愛していたのは亜純だったのか。私との結婚を間違いだったと思っているのか。だからあの終わりを選んだのか。私がきみを追い詰めたのか。憂宇子。すまない。きみを追い詰めた上にきみが愛した男に体を許す私を、きみは憎んでいるんだろう?
「そんなはずないじゃない。大好きよ、寿朗」
飲みきれなかった亜純の精液をぼたぼたと溢す私のくちびるを指先で拭いながら、憂宇子は言う。
「ふたりに愛されて、とっても幸せだった! 幸せなまま死にたかったの!」
毎晩。毎晩憂宇子はそう言って笑う。
亜純の膝の上で彼の性器に貫かれ、背中から回された手、節くれだった指先で乳首を捻られながら私は泣き喘ぐ。
許して、助けて、許してくれ。誰か私をこの地獄から救いあげてくれ。
毎朝、泣きながら目を覚ます。亜純はセックスを終えると、つまり私が気を失うと私の体を清めて別室(かつて憂宇子が書斎として使っていた部屋だ)に引き上げてしまうので、泣き腫らした私の両目を知っているのは私だけだ。会社はフレックスタイム制を採用しているので、亜純と朝から顔を合わせることはない。亜純は大抵正午ぐらいに出勤し、それから一日の仕事を自分のペースで片付けて帰宅する。食事は一緒に摂ることもあれば、別々に食べることとある。
そうして、また、夜。
私はあまり長く生きられないような気がしている。
「だめよ、ちゃんと天寿をまっとうして。寿朗なら大丈夫」
情けなく勃起した私の性器を愛撫しながら、憂宇子が笑う。天使のように。神様のように。
ハッピーエンド 大塚 @bnnnnnz
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