壊れた人形

夜表 計

第1話 見えない絵

 キャリーバック1つと抱えている絵が一枚。それが私の全財産。

 十年来の親友に裏切られ、家と財産を取られてしまった私は自動販売機にもたれながら、街を虚ろな目で見渡す。

 ビルや壁面に写し出されたI.G社の広告。

 自動歩行補助機能を使用しての拡張会議に参加している通行人。

 静音自動車が行き交う交差点。

 機械仕掛けの蝶が映し出すホログラム。

 この街は静かだ。聞こえてくるのは通行人の足音、企業の宣伝、それから自動販売機の微かな駆動音。

 ふわふわとして、雲のような曖昧さを私はこの街から感じる。

 言葉では表すことができない現実感の無さ。私は本当の現実を想像しながら、絵にぶつけてきた。そのほとんどは無価値のレッテルを貼られてしまったけれど。

 元親友曰く、私の絵は潰れたトマトのように原形が分からず、ノイズがかかっているそうだ。けれど、時折評価される絵は高値で買われていた。

 年に数枚、そういう絵が描けていたから私はそれなりにお金持ちだった。親友に裏切られるまでは。

 そういうわけで今の私は何の気力も無く、絵を描く熱さえどこかへ逃げてしまった。

 生きることの理由を私は見失ってしまったのだ。

「綺麗な絵だね」

 突然の声に私の頭は真っ白になってしまった。

「貴女が描いたの?」

 私の目を覗き込む女の子が目の前にいた。

「え、あ、えと――」

 やっと頭が機能してきたかと思ったら、言葉がうまく出てこず、また頭が真っ白になってしまった。

「その絵、宇宙から見た地球?」

 女の子はしゃがみながら私の抱えている絵に視線を落とす。

 見えている。この女の子には私の絵がハッキリと見えている。

「わ、わかるの!この絵が何なのか見えるの!」

 驚きと興奮のあまり声を張り上げてしまい、女の子は驚きながらも頷く。

「う、うん。宇宙ステーションみたいな所からの景色に見えるけど」

 あぁ、見えているんだ、この子には。これまで誰一人として認識出来なかったこの絵をこの女の子は認識できるのだ。

 なんて、幸運。何という、救い。

 理解してくれる人間が一人だけでもいるだけでここまで心を救うものなのか。

「ありがとう!」

 嬉しさのあまり女の子を抱きしめてしまった。初対面だというのにここまで馴れ馴れしくしてしまい、恥ずかしくなってしまった、しかも年下の女の子に。

 これ以上迷惑をかけないように身体を離そうとすると、背中に腕が回され、離れかけた身体が再びくっつく。

「どういたしまして」

 耳元で女の子の優しげな声が私の心に響いてきた。

 ここ数ヶ月、こんな駄作は描くな。もっと売れる絵を描け。など、金の亡者となってしまった元親友の言葉ばかり聞いていたせいで、温かな言葉が心に染みてきてしまった。

 抑えていた感情の蓋がそのたった一言で溢れてしまい、私は通行人の訝しげな視線など気にもせず、女の子に抱きしめられながら大声で泣いてしまった。



//Log-1

 絵を抱えている汎用市民を発見。

 絵からは第一級秘匿情報を検知。

 通行人の視覚マスキングは正常に作動。

 情報の拡散は防げているもよう。

 市民番号G-9752833-ヴィヴィアン・ノーズを第一級監視対象として登録。

 平行して、ヴィヴィアン・ノーズの〈人生録〉の作成を申請―承認。

//

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

壊れた人形 夜表 計 @ReHUI_1169

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ