第12話 デイ・ドリーム・クレーマーⅡ

「お電話ありがとうございます。こちら月光生命セックス保険コールセンター、担当の松島です」


「……松島さん?」


 電話に出るなり、相手方が美智子の名前を繰り返してきた。


「はい、松島ですが?」

 自分の担当の顧客だろうか、と美智子が声の記憶を辿る。


「アナタ! まだ辞めてなかったの!」

 ヘッドホンから突如として響いた大声に、美智子は思わず顔をしかめる。そして、その声の主に思い当たる。


 ――ああ、この前の変なクレーマー。


「どうして? 私はこの仕事を辞めろと言ったはずよね! それなのに何故まだ続けているの!」

「あぁ、いや、あの……」

「そうだわ! 私は英会話教室を経営しているんだけど、松島さん、英語は得意かしら?」

「え、えぇ。多少大学で学んでおり――」

「英語は素晴らしいわよ! しかも私の教室は子供たちを対象にしているの。未来ある子供たちにグローバルな意識を持ってもらう。こんな素晴らしいことほかにあるかしら?」

「それは素晴らしいこと――」

「セックスを免許制にするだなんて恥ずかしいことしているのは世界中を見てもこの日本だけよ! あぁ、恥ずかしい! それもこれもこの日本が欧米に比べて遅れているからよ! 男性が卑猥ひわいなことを常に考えているからこそ、セックスを規制するようなことになるの! いいこと? だからそんな卑猥で情けない仕事はさっさと辞めるのよ!」

「いえ、私は私なりにこの仕事を」


 そこまで言いかけた美智子の言葉を最後まで聞かないまま、電話は乱暴に切られてしまった。


「あああああ。だからなんなのよぉぉぉぉ」


 ヘッドホンを静かに外してから、周りをはばからず駄々っ子のように手足をバタバタと振り回す美智子の姿を、隣の早苗が驚いた表情で少し見た後、触らぬ神にといった様子で静かに自分のデスクへとフェードアウトしていった。

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