第10話 ガラスの靴
早苗が報告書を脇に抱えてフロアを横切る。
足を動かす度にピンヒールと床がパーカッションのごとく軽快なリズムを奏でる。
西日が差し込むフロアの窓際に、その夕日を反射させるような禿げ頭が見える。
目的のデスクの前に到着すると報告書の束を差し出した。
「落合課長、今日の報告書です」
課長の落合が顔を上げると、ふわりと中年特有の脂の香りが漂ってきて、早苗は悟られないように鼻呼吸を止めた。
「おう、そうか」と言って落合が早苗から書類を受け取る。
パラパラと報告書に目を通している落合が、ある部分で手を止めた。
「今日もあったか」
それは同意を求めているというよりかは独り言に近いものだった。
「これで今月は六件目ですね。私、新しいスマホ買いたいんですよねー」
浮かれたような声を上げた早苗に対して、落合が「ゴホン」とわざとらしい咳でそれを制した。
「君はもういいから。後は僕が確認して承認しておくよ」
落合が犬を追い払うかのように手をひらひらと動かした。
「もう、課長ったら、冷たいんだー」
早苗がほっぺをわざとらしく膨らませる。それどころかわかめのように全身をくねくねと揺らしている。
こんな馬鹿馬鹿しい真似をしても嫌味に感じないのは、早苗の天性ともいえる愛嬌のお陰か。
しかし落合は意にも介さず再びしっしっと手を振った。
「わかりましたよー。……あとは、お願いしますね」
早苗は落合に意味深な言葉を掛けてから、軽く微笑んでデスクから離れていった。
早苗の背中を見送った落合は「チッ」と大きく舌打ちしてから、早苗から受け取った報告書を今一度確認した。
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