第8話 デイ・ドリーム・クレーマーⅠ

「お電話ありがとうございます。こちら月光生命セックス保険コールセンター、担当の松島です」


 いつものように美智子が電話に出る。


「あなた、女性よね?」

 電話の向こうから、中年くらいと思わしき女性の声が聞こえてくる。


「はい。いかがいたしましたか?」


 女性でないと言いにくいことでもあるのだろうか。事実、セックス保険の案件はナイーブな問題が多いため、同性の担当を望む顧客もいる。


「あなた、そんな仕事をしていて恥ずかしくないの?」


「……はい?」


「人の性を商売にするだなんて、はしたない!」

 相手の女性の口調が突然強くなる。


「あの、お客様?」

「あなたみたいな女性がいるから、世の中の女性の立場が無くなるのよ! セックス保険だなんて。それに、そこで働いている人のほとんどが女性よね? 違う?」


「え、ええ。まぁ、こちらには女性の社員も多くおりますが……」


「ほらみたことか! そもそもね、日本には根強い女性蔑視の歴史があるの。いまだに私たち女性は社会的弱者なのよ! あなたがそんなところで働かされているというのがいい例だわ!」


「は、はぁ」


「女性をそんな性的な場所で働かせるだなんて! いいこと? 今すぐこの仕事を辞めなさい! 他にやりがいのある仕事なんてたくさんあるわ! これはあなただけの為じゃないの! 世の中のすべての女性のためよ! いい? 分かったわね!」


 女性はそうまくしたてると、一方的に電話を切った。


「……なんだったんだろ?」


 美智子は無機質な電子音を聞きながら、しばしの間呆然としていた。

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