赤と緑の無き世界

押見五六三

赤と緑の無き世界

 私の名は油田あぶらだ揚太あげた博士。もちろん天才だ。今日はその証拠の大発明をお見せしよう。


「博士!本当にやるんですか?」

「勿論。その為にコレを作った」


 彼女の名は天野あまの麩羅々ぷらら助手。もちろん容姿端麗だ。今日は彼女にこの大発明の同乗をしてもらう。


「大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ。さあ、君も乗りたまえ」

「嫌です」

「乗るんだ!」

「えーーー!コレってパワハラですよね」

「違う!君も見るんだ!この世界が如何に恵まれているか、しっかり自分の目で確認するんだ!」


 感の良い方なら、もうお気づきだろう。

 そう!私が発明したのはパラレルワールドを旅する事ができるパラワルカーだ。


 私は渋々乗った天野助手と共に、今からパラワルカーでパラレルワールドに向かう。

 私には研究生時代からどうしても体験したい並行世界が有るのだ。

 それは『赤』と『緑』の無い世界だ。

 その為に長い年月をかけ、このパラワルカーを完成させた。


「さあ、まずは赤の無い世界だ」

「博士!並行世界ですよね?向こうの世界の自分に会ったらどうしたら良いんですか?」

「わからん」

「降ろして下さーい!!」

「失敗が怖くて発明ができるか!さあ行くぞ!」


 泣き叫ぶ天野助手を無視し、私はパラワルカーのスタートボタンを押した。

 パラワルカーは眩い光を発しながら静かに研究所内を走行しだす。走りだして間もなく、周りの景色が一瞬消えたかと思ったら、既に目的の世界に辿り着いてしまったようである。


「博士……ここは……」

「赤の無い世界だ」

「博士!ここは何処の国ですか?国旗が……国旗が真っ白です!」


 建物の屋上ではためく謎の物体。ただの真っ白な布に見えるが、それは彼女が言う通りこの国の国旗だ。赤の無い世界の日本国旗だ。


「赤が無いから真っ白なんだ。決して漂白剤の使い過ぎじゃない」

「そんな……」

「見た前、アレを」

「アレは何です?灯籠ですか?」

「ポストだ。赤が無いから灰色にしたんだろう」

「アレじゃ目立たないからポストだと気付きません!」

「ポストだけじゃない。ホラッ、消防車なんか水色だ」

「うっ!あ、あんなの消防車じゃ無い……」

「この世界には『赤』が無い。『赤』って言葉も概念も無いんだ。だからこの世界には“赤ちゃん”って言葉は存在しない。実の母親でも赤ちゃんの事は“乳児”と呼ぶ」

「他人行儀すぎます!それじゃまるで血の通っていない……博士……ま、まさか!」

「おっ!気付いたかね?そうだ。この世界の人間の血は赤くない。赤い血潮は流れてないんだ」

「人間なのに赤い血が通って無いなんて……」

「さあ、次は緑の無い世界だ」


 私達はパラワルカーに再び乗り込む。次の世界にも一瞬で着いた。

 そこでまず目に飛び込んだ物は……。


「は、博士!!た、大変です!山や森の木々が全て枯れてます!!」

「いや、違う。ここは緑の無い世界だ。だから葉っぱの色が全て茶色なんだ」

「じゃあ、枯れたら何色になるんです?」

「枯れても茶色だ」

「区別つかないじゃないですか!それは困ります!」

「そうだ。非常口マークが無いから出口が見つからず非常に困る世界だ」

「みどりのおばさんは?みどりのおばさんは何て呼ばれてるんですか?」

「児童通学監視員」

「ええっ!?それじゃあ、ぜんぜん親しみが湧かない!じゃあグリーン車は?」

「良い席」

「ショボッ!だったら豪華車両で良いんじゃ……」

「さあ、次は赤も緑も無い世界だ。覚悟はいいか?」

「初めから覚悟はないです」


 問答無用で私と彼女を乗せたパラワルカーは赤も緑も無い世界に到着。そして我々は目の前の景色に愕然とする。


「は、博士!!青いッ!全てが青いッ!海や空だけじゃなく、町や大地や人までも全て真っ青です!こ、これはどういう事です?!」

「やはりな……」

「えっ?やはり?」

「赤と緑が無いという事は、光の三原色の二つが無いという事だ。だから色は残る青だけになる。つまりここは中間色の黄色やオレンジ色なども無い世界でも有るんだよ」

「そんな!!信号はどうなるんですか?」

「止まれも注意もない。ただ進むだけ……」

「交差点大変……」

「まずい!隠れるんだ!」

「どうしました?」

「この世界の私達だ!」

「ええっ?!」


 前方を見ると、この赤も緑も無い世界の私達が並んで歩いていた。

 その姿は二人とも青一色だ。


「アレが私!?顔色悪すぎだわ!ちゃんとファンデーションを……」

「化粧しようにも青しかない」

「服のコーディネートが悪い!もっとオシャレを……」

「ここでは青い服しか売ってない」

「元気なさすぎよ!私、もっと明るく!!」

「気持ちも何時いつもブルーなんだ……」

「そんな……」


 天野君は青菜に塩のように、その場に崩れ落ちた。よっぽどショックだったのだろう。


「先生……私帰りたい!元の赤も緑も有る世界に帰りたい!!」

「わかった。帰ろう」


 私達は戻る。

 元の赤も緑も有る世界へ……。

 そう、見慣れた日常に……。


「真っ赤な太陽!緑輝く草木達!赤と緑が有る世界って何て素晴らしいの!!世界には赤と緑が絶対に必要!私、赤と緑が有る世界に生まれて本当に良かった!」


 そうだ……私は天野君に当たり前のように生きてる日常が、どれだけ恵まれた世界なのか分かって欲しかった。赤と緑の有る幸せに気付いて欲しかったのだ。勿論他の色も大事だ。だが赤と緑が有ってこそ世界は成り立つ。人類はそれを忘れちゃいけない。


「どうかね?赤や緑の大切さを分かってくれたかね?」

「ハイ!最初は嫌がりましたが、今は博士のパワハラカーに乗せてもらって本当に良かったと感謝しております。有難うございました」

「天野君!」

「ハイ!」

「パラワルカーだ」


 私達は研究室に戻る。私はヤカンを手に取り、お茶と食事の為にお湯を沸かした。


「でも博士、どうして赤や緑の無い世界に行きたいと思ったんです?」

「人間の発明や文化は、ちょっとした感動や疑問から生まれるもんなんだよ」

「それはどういう意味です?」

「40年以上前、私がまだ研究生だった頃、いつも世話に成っていた食品が有る。とある日に私は考えた。『もしこの世に赤と緑が無かったら、私の大好きなこの食べ物はどうなる?』それがパラワルカー研究への切っ掛けだ」

「その食べ物って?」

「これだ!君も食べてみたまえ……」


 私はお湯を入れたばかりの緑の其れを彼女に渡した。

 そして赤の其れにもお湯を入れ、自分の手元に置く。


「カップ麺……」

「五分待つように」


 そうだ……このカップ麺が無ければ、私の世紀の大発明は無かっただろう。

 改めて礼を言いたい。

 有難う【赤いきつね】。

 有難う【緑のたぬき】。


「美味しい!!」


 天野助手は満面の笑みでこだわり出汁だしのしみた具を頬張り、からんだ麺を啜る。そして旨味のきいたつゆを全て飲みほした。彼女の口から幸せの溜息が漏れる。

 私はその幸せしみる姿に自分の若かりし頃を重ねる。私もこんな笑顔で毎日夜食を食べていたっけ……この楽しみが有ったからこそ毎日毎日研究に明け暮れても頑張れた。

 あの日がしみる……。


 懐かしんでいたら彼女が急に空に成った器をジッと見つめだした。そして眉をひそめながら何かを考えだす。


「博士……」

「どうした天野君?」

「もし、この世にきつねたぬきが居なかったら……」



〈おしまい〉

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