第5話 神使の使い走り

 やこと俺は蔵の中でしばらく途方にくれていた。


「たつきの悪縁のかけらを貰ったら、福を選んでもらおうと思ったのに。なぜたつきの中から悪縁のかけらが出てこないんだろう……」


 やこは困ったような顔をしている。

 耳はペタンと下がり、尻尾はまるで彼女の苛立ちをあらわすかのように激しく揺れている。


「そもそも俺の中に悪縁のかけらとやらは本当にあるのか?」

「絶対あるよ。だって、たつきの体からは物凄い邪気を感じるもん。悪縁のかけらどころか、大禍津日神おおまがつひのかみの寵愛でも受けてるのかってレベルだもん」

「大禍津日神って?」

「この世のあらゆる災いを司る神様」


 勘弁してくれ。

 でも、確かに俺の今までの半生は災いの神に愛されてるレベルの凄まじさだ。案外間違いじゃないかもしれない。


「でも、ちょっと不思議な感じもあるのよね……」


 やこは俺の顔をじっと見ながら言った。


「不思議な感じ?」

「うん。たつきからは邪気も出てるんだけど、同時に清浄な気も感じるの。うまく言えないんだけど、集めた邪気を自分自身で祓えているような……」

「何だよそれ」

「ねえたつき。ちょっと聞きたいんだけど」

「何?」

「今まで、いろいろ悪いこと多かったんだよね?」

「うん」

「死にかけたり、犯罪に巻き込まれたりしたことはあった?」

「……そういえば、ない……気がする」


 確かに俺は超不幸体質だ。

 やることなすこと裏目に出たり、人に裏切られたり、とにかく酷い目に遭い続けてきた。

 しかし、不思議なことに命に関わるような危機にあったことや、犯罪に巻き込まれたことだけは今までに一度もないのだ。


 受験の時に虫垂炎から腹膜炎を起こした時も、発見が早くて命には別状がなかった。

 車にはねられそうになったり、電車にひかれそうになったり、高いところから落ちそうになったことは数知れずあるが、なぜかいつも間一髪で助かっている。


 去年、車の玉突き事故に巻き込まれた時も、俺が乗っていたレンタカーは大破したのに、俺自身はなぜか怪我一つしなかった。


 改めて考えてみると、俺は悪運に遭いやすい代わりに、その悪運にも強かったのだ。


 やこはしばらくの間何かを考え込んでいる様子だった。

 目を閉じて腕組みをして、耳をせわしなくピクピクと動かしている。


「たぶん、たつきならあれを見つけられるかもしれない……」


 やこはそう独り言を言うと、急に俺の両手をぎゅっと握り、とんでもないことを言ったのだ。


「たつき! 神使の使いやってみない?」


 神の使いならぬ「神使の使い」だって?

 ちょっとやこが何言ってるのかがわからない。


「神の使いじゃなく、神使の使い?」

「そ。ボクのお使い!」


 やこはそう言ってニッと笑う。


「ちょっと待て、やこの言ってることがよくわからないんだが?」

「つまりね、たつきにはボクと一緒に、あるものを探して見つけてもらいたいの」

「あるもの?」

「うん。もし、見つけてくれたらたつきの願いを今度こそ本当に叶えてあげられると思う」

「やこは一体何を探してるんだ?」

「ボクの探し物はね……縁切りのやいばなの」

「縁切りの刃?」

「そう。ボクはそれをもうずっと探してるの。ボクが仕える神様を助けるために。お願いたつき! ボクに力を貸して!」


 やこはすがるような目で俺に訴えかける。


「待ってくれ。どういうことかちゃんと説明してくれ」

「わかった……ちゃんと話すよ」




 やこの話をまとめるとこうだった。


 やこはとある神様に仕える神使だった。

 しかし、ある時やこの不注意で、神様が持つ「縁切りの刃」を紛失してしまったという。

 責任を感じたやこはお社を出て、ずっと一人で縁切りの刃を探しているというのだ。


 やこの話によると、すべての神様は縁結びと縁切りの両方を行うことができ、そのための神器じんぎを持っているという。

 しかし、対となる縁結びと縁切りの神器のどちらかを失くしてしまうと、その神の力は弱まってしまい、いずれは消滅してしまうらしい。


 やこが自分に縁のない神社に居候し、元のお社に帰れない理由はこういうことだったのか。


「ボクはなんとかして自分がお仕えする神様を助けたいの! たつきならきっと縁切りの神器を見つけることができると思うんだ」

「でも、やこ。どうして、俺ならその縁切りの刃を見つけられると思うんだ?」

「ひょっとしたらたつきは縁切りの刃に何か縁があるんじゃないかって思ったから」

「やこはどうしてそう思ったんだ?」

「だって、たつきの周りにはよこしまな悪縁の気配が濃厚に漂っているのに、いくら祓ってもたつき自身からは悪縁のかけらがひとつも出てこないんだもん」

「それってどういうことなんだ?」

「つまりね、たつきの魂の中に縁切りの刃に似たようなものがあるんじゃないかってボクは考えたの」


 俺の魂の中には何か常人とは違う特別な力があるとやこは考えたようだ。


「悪縁のかけらはね、すべての人間が魂の中に少しずつ持っているものなんだけど、運の悪い人間や、穢れの多い人間ほどかけらを多く持っているものなの。それをお清めして祓ってあげるとね、人の魂の中から悪縁のかけらが出てくるの。それをたくさん集めて高天原にいる鍛冶の神、天目一箇神あめのまひとつのかみの元に持っていくと、縁切りの刃を作ってくれるんだよ」

「へえ……そうだったんだ」

「でもお祓いをしてかけらが出てきても、悪縁のかけらは動物に姿を変えて、すぐに逃げ去っちゃうから刃にできる分量のかけらはなかなか簡単には集められないの」

「悪縁のかけらって、動物に姿を変えて逃げるのか?」

「そうだよ。逃げちゃった子は、また別の人間に取り着いちゃうんだ。捕まえるときも大変でね、おとなしい子ならいいんだけど、凶暴な子もいるから、注意しないと襲われて怪我をしたりするから結構怖いんだよ」


 なるほど。

 だからやこは、先ほどのお祓いの時に俺にじっとしていろと言ったのか。


「ボク最初はね、たつきが物凄くたくさんの悪縁のかけらを持ってると思ったから、かけらを一気に集められるかも、この人大当たりだー! って思って声をかけたの。でも、どういうわけかたつきの中に悪縁のかけらはないみたい」


 なんだか大変申し訳ない気分だ。

 困っている神使の役に立つこともできないなんてどこまで残念なんだよ、俺。ちょっと自分が嫌になる。


「えっと……なんかごめん」

「謝らなくていいよ、たつき。確かにたつきの中に悪縁のかけらはなかったけど、その代わりにボクはたつきの別の可能性に気がついたんだ」

「別の可能性?」

「うん。多分、たつきの魂は何らかの理由で、悪縁を祓う力と、悪縁を引き寄せる両方の力を持ってるみたいなんだよね……。多分、たつきは、不運が引き寄せられても、命を落とすほどの重大な災厄を無意識に遠ざけているんだとボクは考えたの。だから、たつきは不幸体質の割には今まで無事でいることができている」

「うーん……俺としてはあまり素直には喜べないなあ」

「で、ボクはすっごくいいことを思いついたの!」


 やこはそう言って、目を輝かせながら俺の両手をぎゅっと握った。


「たつきに協力してもらって、ボクは新しい縁切りの刃を手に入れたいの!」

「俺に何ができるっていうんだ?」

「たつきは悪縁を引き寄せる力を持ってる。だから、たつきのまわりには強力な悪縁を持つ人が集まってくるはず。そうすればボクは強力な悪縁を持つ人からたくさんの悪縁のかけらを集めることができるってわけ。たつきにはボクのためにそういう人たちを探し出してほしいの!」

「なるほど。でも、それ俺に何のメリットもないよな」


 やこに協力することはやぶさかではない。

 しかし、これでは俺自身には何の見返りもないのだ。

 せっかく一生に一度だけの大きな福を授かれる一期一会の蔵に来ることができたというのに、その恩恵にも預かることができず、何の見返りもないままというのはいくらなんでもあんまりだと思う。

 このままやこにOKの返事をする気には到底なれなかった。


「もちろんただとは言わないよ。たつきがボクのお使いになれば、この一期一会の蔵に自由に出入りすることができるようになるから、縁切りの刃を手に入れることができたら、たつきに大きな福を授けてあげることができるよ」

「そうなのか?」

「ボクは神使だよ? 神様に誓って嘘はつかないもん」

「わかった。協力するよ」

「やった! じゃあ、たつきは今日からボクのお使いだね!」


 やこは無邪気に笑った。耳がピンと立ち、尻尾が嬉しそうにゆらゆら揺れていた。


 こうして俺は神使のパシリ……もとい、「神使のお使い」となったのだった。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る